―僕と僕―
爆発の衝撃で飛ばされたティアを僕は受け止めた。
「ッ……ありがとう、シュウ」
「一体……何が起こったんだ?」
辺りには爆風によって巻き上げられた砂が舞っている。その奥に人影のようなものがうっすらと見える。やがて、砂煙が晴れていき、その面影が垣間見える。露わになったその人物に僕は唖然とするより他なかった。
「シ……シュウ…………?」
ティアは目の前の人物に困惑していた。
それは、当然の反応だと思う。なぜならば、砂煙の奥から姿を現した人物は他ならぬ僕だったのだ。いや……正確には僕ではない。僕は僕であり、目の前の少年が僕であると仮定するならば僕が二人いるということになる。しかし、そんなことは有り得ない。だから、眼前に立っている少年は僕に酷似した誰か、ということだ。
やがて、砂煙が完全に晴れた。
僕とティアの目の前に威風堂々として立っている少年は、額にねじれていない白いハチマキを巻いている。灰色のコートを身にまとい、黒のマントをたなびかせている。服装は異なるものの、少年の顔つきは僕そのものと言っても過言ではないくらいそっくりだ。それだけでなく背格好までもが僕のそれだった。
その時、先ほどまで倒れていたゼルネスが突然立ち上がり少年に【エメトボルテックス】を放った。
「貴様は……ここで殺しておかねばならん!」
虹色の光線が少年を貫く寸前、少年は腰の剣を抜いた。
「【リフレクト】」
そう呟いて払った少年の剣先は、向かってくる光線を反射し、虹色の光線はゼルネスに向かっていた。
突然自分に向かってきた光線に動揺したゼルネスはその場を動く事さえできない。
「お……おのれ……」
光線はゼルネスの腹を貫通し、蛇口を開いたかのように赤いどろどろとした液体が流れ出す。
少年は腹を押さえているゼルネスにゆっくりと近づいていく。
少年の足元で痛みに悶え苦しむゼルネスは枯れるような声を絞り出して言った。
「はあはあ…………ゼ……ロ……カタストロフィ……なんて……バカな真似は……」
少年はゼルネスを見下すように見つめると
「ゼルネス、きみはずいぶん頑張ったね。きみのこれまでの計画は実に見事だったよ。この少女が現れるまでは…………ね」
わずかに笑みを浮かべた少年はゼルネスの心臓に剣を深々と突き刺した。
ゼルネスは断末魔のような叫び声をあげて物言わぬ屍となった。
目の前で起きた衝撃的な光景に僕は思わず目をつぶってしまう。
「あ……あなた……その剣は……」
ティアは少年が持っている剣を指さして言った。
僕は目を開けてティアの指した剣を見た。それは、ボロボロに崩れたはずの伝説の剣――ゼロに酷似していた。形状や装飾などは同じであるが、刀身はどこまでも透き通るような蒼い色をしている。
「シュウ、ティア、それにユーリとフロルも……ありがとう。君たちがオーブを集めてくれたおかげで僕はこうして復活することが出来た。……感謝するよ」
少年の声色は僕のそれと同じだった。しかし、僕はその声をどこかで聞いたことがあるような気がした。
「もしかして…………ゼロ……?」
「その通りだよ。僕の名はゼロ。伝説の剣に封印されていた英雄さ」
「シルフィローゼが殺した、イルブリーゼの王様が言っていた歴史に出てきたあの英雄?」
ゼロは空を見上げてこう言った。
「確かに僕は英雄と呼ばれていた」
「でもゼロ……きみは僕に言ったじゃないか。自分は古の英雄が使った剣だって」
ゼロはフッと笑った。
「嘘じゃあない。あの剣は昔、僕が使っていた剣でもあり、僕自身でもある。僕はきみにオーブは僕の分身のようなものだと、そう言ったよね。でも違うんだ。オーブは正確には僕の記憶のかけら。きみたちが全てのオーブを集めてくれたことで僕は記憶を取り戻したんだ」
どういうことだ? ゼロが古の英雄?
「あなた、何故シュウに似ているの?」
「僕が聞きたいくらいだよ。でも……確かに僕とシュウは似ている。だからこそ話すことが出来たのかもしれない」
その時、フロルが突然叫んだ。
「シュウ、ティア下がれ!」
その声で僕たちはすかさず後退した。目の前を蒼の剣が横切る。
「さすがだね……一瞬で僕が放った殺気を感じ取るなんて」
「ゼロ! 急に何するんだ!」
「……カタストロフィを起こすのさ。僕はそのために復活した」
「カタストロフィ?」
「世界の破滅とでも言っておこう。僕はもうこんな世界うんざりさ。だから壊す。きみたちはたぶん僕の邪魔をする。だから殺す。それでいい?」
この少年は何を言っている? 頭がおかしいのか? だが、ゼロが放つ殺気は本物としか思えない。世界の破滅を目論むのはゼルネスだったはずだ。なぜ、英雄が?
その時、剣になっていたポポは小鳥の姿に戻ってゼロに向かって言った。
《――カタストロフィを起こすわけにはいきません!》
「……時の使徒か。邪魔だ、失せろ」
蒼い剣がポポを切り裂いた。剣先からは血がしたたり落ちている。ゼロは指に付着した血をペロリと舐めた。
《――私は……愚かでした。こんな……ことが》
ポポはそう呟くとポトリと地面に落下した。
「ポポ!」
「ゴミのようだね。シュウ、ティアを渡せ」
「嫌だ! きみにティアを渡すわけにはいかない!」
「そうか……きみとは友達になれると思ったのになあ……残念だ」
ゼロは剣を構えて飛び込んできた。しかし、ユーリとフロルがそれを止めた。
「シュウ、ティアを連れてここから逃げるのよ!」
「バカ野郎、早く行け!」
くそ! 僕はティアの手を引いて駆け出した。
「シュウ、戻って! ユーリとフロルが!」
ティアは涙を浮かべてそう叫ぶ。
しかし、僕の足は止まらなかった。目の前には白い光が見える。あの光はきっと時のきざはしに繋がっていて、きっと元いたところに戻れるはずだ。
「ティア! 早くこの中へ!」
「あたし嫌よ! シュウは……シュウはどうするの?」
「僕は……ここでゼロを迎え撃つ」
「でも、ポポちゃんがいないのよ。あんた丸腰じゃない!」
「それでも少しは時間を稼げるはず……。早く行くんだ!」
しかし、僕の考えを吹き飛ばすようにゼロは僕の目の前に現れた。両手にがくりとうなだれたユーリとフロルを抱えて。
ゼロは二人をどさりと落とす。
「退屈しのぎにもならない。僕をなめるなよシュウ」
「ゼロ……」
ゼロは蒼剣で僕の左足を横切りした。剣が振られるその速さに僕は反応できなかった。切られた左足を焼けつくような痛みが襲う。
「ぐあああ!」
「シュウ!」
ゼロはティアに睨みをきかせた。
「ティア、僕と一緒に来るんだ。きみがうんと言うまで、僕はシュウを切り刻むよ」
「ティアこいつの言うことに耳を貸すな! 早く逃げて!」
瞬間ティアと僕の目が合った。彼女のうるんだ瞳は彼女が何を言わんとしているかを物語っていた。
「わかったわ。ついていけばいいんでしょ」
「待ってティア! 行っちゃ駄目だ!」
「やはり、きみは賢いね。どうするべきが最善かを分かってる。さあ行こう。世界の終末へ」
ゼロは蒼剣で空を切り裂く。すると、そこには裂け目が現れた。ゼロの後に続いてティアも裂け目の中に入っていく。その時、一瞬ティアは僕の方を振り返った。振り返った彼女はあふれだしそうな涙を堪えて何かを呟いた。
僕にはこう聞こえた。
「待ってる」
ゼロが開けた裂け目はすぐに閉じてしまった。
ティアがいない。
声をかけても、フロルもユーリも返事をしない。
冷たくなったポポが地面に転がっている。
「うわああああ!」
あふれでるような思いに呼応するかのように大粒の涙を流して、僕は泣いた。
その時、低くしゃがれた声が聞こえてきた。
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