第126回『もみじ』→落選

 秋とは思えないほど暑い昼下がり、公園の喫煙コーナーで一服中の俺に掛けられたのは、「おまたせ」と聞いたこともない女の声だった。振り向く俺の頬は、いきなりのビンタに襲われる。

「何すんだよ!」

 俺の顔を確認して、女は青ざめた。

「ご、ごめんなさい。あの、その、人違いで……」

 人違いだって? そんな理不尽なことってあるかよ。

「本当にごめんなさい。この埋め合わせはしますから。あっ……」

 何かを見つけた女の視線を追うと、車椅子も入れる公園の大きなトイレだった。

「ちょっとあそこに行きませんか?」

 言われるまま二人で個室に入ると、女はブラウスのボタンに手を掛けた。

「えっ?」

「私の背中でよければ……」

 目の前に現れた女の綺麗な白い肌。俺があっけに取られていると、女が俺の表情をうかがう。

「ごめんなさい。これじゃ叩きにくいですよね」

 そう言いながらブラを外す女。恥ずかしそうに手で隠す胸を見ないようにしながら、俺は意を決して女の背中を平手打ちした。

「いっ……。これで恨みっこなしですよ」

 そそくさと服を着てトイレを後にする女の透き通るような背中を、俺はしばらく忘れることが出来なかった。

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