かりそめの歌
「好きな人が出来たの」
初めて聞いた時は驚いた。
家も隣で、小・中・高校とずっと一緒で、今は同じクラスで、塾も一緒。
会っていない時間の方が短いくらいの中、そんな素振り見たことなかった。
「え? だれ?」
クラスメイトだろうか。それとも同じ塾の誰か?
おもいつく男子の顔を頭に浮かべてみるものの、どれもしっくり来なかった。
「知らないと思うよ。この間、先に帰った日があるでしょ。その時に会ったの」
あの日は、塾での授業の途中で気分が悪くなって、親に迎えに来てもらったからめずらしく別々の帰宅だった。
だから、知れなかった。
照れたように、そして幸せそうに笑う姿に、あの日以上に気分が悪くなった。
その日から、気づけば「好きな人」の話ばかりになった。
制服から学校を割り出して、伝手をたどって名前や学年を調べて、その度に楽しげに報告された。
どうでも良かった。
一緒に帰っているときに、一度だけ「好きな人」を見かけたことがあった。
ひっそりと「あの人」と囁いて教えてくれて、そのあとは無言になった。
ただ、目は「好きな人」を追いかけて、潤んでいるようにも見えた。
本当にどうでも良かった。
*
「胡散臭い顔」
初めて見かけた時もそう思ったけれど、近くで改めてまじまじと見ると尚更。
あまり男っぽさのない中性的な顔立ちで、整っていて、やさしげな雰囲気を醸し出してはいるけれど、だからこそ余計に胡散臭い気がする。
周囲からの評判も良いみたいだし、頭もいいし、……好みにもよるとはいえ、とりあえず顔もいいとなると出来すぎていて、作り物めいている。
ノートは一応ひろげているが、シャーペンは机の上に転がっていて、板書する気配はない。
まっすぐ前を向いているので講義を聞いてはいるのだろうけれど、あまりにも動きがないところを見ると、実は目を開けたまま寝ているのかもしれなかった。
*
「同じ大学に行こうと思うんだ」
そんなことを言い出したのは、三年になって一度目の進路調査を出す時だ。
成績も同じくらいだし、特に行きたい学部もなかったから、無理せず行けるところに一緒に行こうねって話してたのに。
「付属の大学にそのまま上がるらしいって聞いたから。少しでも近くに行きたいから」
どこに行くか知ってるのって聞いたら、そう言って、はにかむように微笑った。
私たちのその時の成績ではとうてい合格なんて出来ない、高望みな大学で、普通にムリでしょ、って思った。
「でも、がんばりたい。だから頑張るの」
その言葉は嘘じゃなく、受験勉強に本腰を入れ始めた。だから私もそれに付き合った。
バカバカしいとも思ったけれど。まぁ、上を目指して悪いってこともないだろうっていうことにして。
*
講義はいつの間にか終わっていて、隣にいた胡散臭い顔は席を立って、教壇にいる講師と親しげに話をしていた。
慌てて追いかけると、ちょうど話が済んだようで、軽く頭を下げてその場を離れるところだった。
廊下ですれ違う顔見知りらしき人たちと挨拶をかわしながら歩いていく、その少し後ろを追いかける。
付属高校から上がってきたせいなのか、友人知人は多いようだ。
ここ数日、ずっと見ていてわかったのは、誰に対してもにこやかで、人当たりが良いし、親切。頼まれごとも嫌な顔一つせず、それどころか自分から手を差し伸べたりする。
それなのに特定の親しい誰かはいないようなのが、少々不思議。というか胡散臭さに拍車をかけている。
今もお昼休みだというのに食堂にも向かわず、校舎を出て、だからといって帰るわけでもなく敷地の裏手の人気のない方へ進んでいく。
そのまましばらく歩いて、人気がないどころか、こんなところに足を踏み入れる学生はいないだろうというような敷地の外れ、木々に覆われた森のような場所に入ると、ようやく足を止める。
「こんなところで何をする気なんだか」
ぽそり漏らした声に反応したかのように振り返られて、思わず自分の手で口をふさいだ。
「何の用?」
まっすぐな視線がこちらを射貫くように見る。
「……なんで」
目が合うはずがない。気付くはずがないのに。
「これだけ間近でじろじろ見られたら気付くでしょ、普通」
いつも、にこにこと優しげなイメージからはかけ離れた、どこか不機嫌な声。
ほら。やっぱり胡散臭いと思ったんだ。ヤな奴だったんだって、伝えたい。
「普通じゃないよ。だって、私、死んでるんだもんっ。幽霊が見えるなんておかしいでしょっ」
特に持病もなかったし、事故にでも遭ったのだろうと思う。実際何があったのかを確かめるのが怖くて家に帰れずにいたら、いつの間にかここに来ていた。
「まぁ、そうだね。で、僕に何か用だった?」
笑顔を見せない。そりゃ、幽霊に付きまとわれたら不気味かもしれないけれど、少しはやさしくしてくれてもいいと思う。幽霊なんだから。もう、死んじゃったんだから。
「別に。友達があなたのこと好きだっ言ってたから、見に来ただけだし」
ただ、それだけだ。がっかりしただけだ。
「そ。じゃ、用事は済んだね。もう、帰りなよ」
そうなんだけど。正しいのかもしれないけれど。
「こわい」
「なんで?」
どこに帰ればいいんだろう。居場所なんてどこにもないのに。
「勘違いしてるみたいだけど、キミはまだ生きてる。だから自分の身体に還るだけ」
「え?」
伸ばされた手の平で視界がさえぎられる。
真っ暗な中、ちかちかと光る星が一つ、ゆっくりと近付いてきて、それにのまれた。
楽しげに笑いながらやってくる二人を避けるように少し廊下の端に寄る。
すれ違いざま、向けられるひそやかな好意の視線を気づかないふりでやり過ごす。
無事に還れたことがわかって安堵し、そして彼女にあの時の記憶が欠片でも残っていないことを強く願った。
この場所で、生きていくために。
【終】
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