愛しの彼女は我が妹がお好き

小林コリン

第1話そうだ、恋してみよう。

 メークインはジャガイモだけど、メークラブはつまりセックスだ。

 なんでラブがすなわちセックスになっちゃうんだろうな。愛のないセックスなんてありふれてるし、セックスのない愛だってたくさんあるのに。

 それどころか、むしろメークインの方がよっぽどセックスっぽい気がする。だって「作る」に「~の中で」だぞ? どう考えてもできちゃう感じじゃん。

 実際、十六歳童貞の俺だってやっぱり愛を知っている。

 え? なんで知ってるって言い切れるかって? そんなの決まってるじゃないか。今まさに、それが俺の胸に燃えさかっているからだよ!

 ああ、彼女を見つめていると湧き上がってくるこの熱い思い。これが愛じゃないというのなら、一体なんであるというのか!

「性欲じゃないかな!?」

「違わい!」

 隣を歩く柑奈かんなの身も蓋もない発言を慌てて否定する。うさぎじゃあるまいし、そんなにやたらめったら発情したりしないって。……多分。

「もー、そんなに溜まってるなら私に言ってくれればよかったのにー」

「言ったら何をしようっていうんだよ」

「それはもちろん……ぽっ」

 双子の妹である柑奈は、しょっちゅうこんな冗談をかましてくる。

 身内である俺相手だからこそ言えることだろうし、何か実害があるわけじゃない。それに何より、こういう冗談を言っているときの柑奈はやたらと楽しそうだ。だからまあ、多少の心労で済むなら特に咎め立てする必要もないかなと思っている。

 そんな柑奈と一緒に桜並木の下をのんびりと歩く。十分弱の通学時間。脇を走る二車線の車道もこの時間はほとんど往来がない。動くものといえば真っ青な空を泳ぐ雀と、爽やかな風に散らされる桜の花びらだけ。

 俺が初めて倫徳りんとく学院高校の制服に袖を通してから、二度目の春がやってきた。ちなみにさっきも言ったけど、誠に遺憾なことながら俺の人生にはまだ一度も春が訪れていない。

 ――それならこっちから迎えに行ってやるしかないな!

 と決意したのが昨日のこと。

 基本的に俺はちゃらんぽらんな人間だ。今まで勉強にも部活にも、他の何にも真剣に取り組んでこなかった。その日そのときの気まぐれでやりたいことをやって、刹那的に生きてきたわけである。今までは一度だってそんな生き方を後悔したことはなかった。

 でも高校生活もとうとう二年目に入った。大半が進学を選ぶ倫徳学院にも、進路希望調査なんかのせいで将来を意識するような空気がちょっとずつ生まれつつある。俺もそれに当てられたのか、何かしなくてはという気持ちが少しだけ芽生えてきた。

 だからといって俺の本質まで変わるわけじゃなく、やっぱり勉強やらバイトやらなんていう大変そうなことに打ち込もうとは思えない。だけど心の奥に芽生えた、この何もしてないことへのプレッシャーはなんとかしたい。

 そこで思いついたのが恋である。

 恋といえば青春の代名詞の一つ。充実感は申し分ないだろう。きっと「何かしてる」感は十分に得られるし、楽しそうだ。それにちょうど俺には入学時からずっと気になっていた人がいる。だからこれを機に積極的にアプローチすることにしたのだ。

 今まさに、好きな人ができたという話を柑奈にしていたところだ。

「それでそれで、相手は誰なの?」

 そう尋ねてくる柑奈はなんだか妙にソワソワしていた。トイレなら家で済ませておけばいいのに。

「隣のクラスの水野さんだ。まあ、まだ話したこともないんだけど」

「あー、水野さん」

 得心した様子の柑奈。そう、水野みずの璃里花りりかさん。学年の、いや校内の誰もが、ひょっとすると他校の生徒までもが知るほどの美少女だ。きっと俺以外にも多くの男子生徒が水野さんに恋焦がれているはず。

「いけると思う?」

「んー、地学の森野先生の髪の毛ほどの可能性?」

「ゼロかよ!」

 森野先生のつるつる頭を思い出して悲しくなる。

「だって水野さん、恋人どころか友達すらまともに作らないって話だよ?」

「そうだけどさ……」

「それに実は私ちょっと面識あるんだけど――」

 柑奈が「面識ある」と言った瞬間、俺は反射的に柑奈の前にひざまずいていた。

「お願いします。紹介してください」

 額を地面にこすりつけながら嘆願する。恥も外聞も母さんのお腹においてきた!

「えー、どうしよっかなー」

「この辺見へんみ仁太郎じんたろう、柑奈さまが首を縦に振ってくださるまでここを一歩たりとも動かぬ所存であります」

 石の上にも三年なんて甘っちょろい。今どきはアスファルトの上に一生ってくらいの覚悟がないとな。夏は照り返しの熱さで焼き肉の気分を味わえる豪華特典付きだ。

「じゃあねー、チューしてくれたら紹介してあげる」

「よしわかった! 舌はどうする!?」

「承諾した上に自らサービスを!? いつもはつれない仁くんにそこまでさせる水野さんが憎い! 羨ましい! ぐぎぎーっ!」

 柑奈が悔しげに地団駄をふむ。

「キスじゃ足りないのか? だったら俺は何をすればいい! セックス? 妊娠? それとも出産か!?」

「あとの二つは生物学的に無理だよ!」

「そんなことやってみないとわからないじゃないか!」

 前例がない? 自分が最初の例になる覚悟もないやつに、一体何を成し遂げられるというんだ! お、俺今ちょっといいこと言った?

「さあ、なんでも言ってくれ! 俺はやるぞ!」

 自信に満ちた笑みを浮かべて両腕を広げると、柑奈はため息をついてから申し訳なさそうに頬をかいた。

「えー……正直に白状するとね、実は本当にちょこっと話したことがあるだけで、向こうが私のこと覚えてるかどうかも怪しいくらいなの。だから紹介は無理だと思う」

「むう、そうか……」

 それを聞いた俺はさっさと立ち上がって制服の汚れを払った。

 ちょっと熱くなりすぎてしまったぜ。せっかく突破口が見つかったと思ったのに。世の中そううまくはいかないか。

「でも少し話してみての印象だけど、少なくとも道のど真ん中で土下座するような人とは絶対気が合わないと思うよ」

「いや、そこは俺の頑張り次第じゃないか? そんなこと言い出したら道のど真ん中で土下座するようなやつと最初から気が合う人なんてほとんどいないと思うし」

「私がいるよ!」

 まあ、柑奈はなあ……。二卵性とはいえ一応双子なわけだし。いや、世の中性格の合わない兄妹が多いのも知ってるけどさ。

「お、噂をすれば」

 高校の校門に面した通りまでやってきたところで、正面から歩いてくる水野さんの姿を見つけた。

 ああ、なんてきれいなんだ。一般人とはオーラが違うから遠くてもすぐわかる。

 俺がぼんやりとながめているうちに、水野さんはそのまま校門を入っていく。

 おっと、こうしている場合じゃないな!

「よし、早速いってくる!」

「早く帰ってきてね!」

「お前は新妻か!」

 ツッコミだけ残して、俺は小走りで水野さんを追いかける。

 うーん、後ろ姿すら輝いて見える。本当に美しい。

「おはようございますっ」

 横に並び、全身全霊の優しさを込めた声で爽やかに挨拶すると、水野さんが顔をこちらに向けてくれた。

 目を引くのは透き通るようにきれいな肌。いくらか青白くも見えるけど不健康という感じはせず、きめ細やかで輝いて見える。薄くて形の良い唇は桜色。その脇にあるホクロが白い肌の上でチャームポイントとして際立っている。目はくりっとしていて人形のよう。

 長い髪は見つめていたら吸い込まれそうなほど黒い。それが白い肌を両頬の脇で挟んでオセロのようにはっきりしたコントラストを作り出している。豊かな胸、引き締まったウエスト、肉付きのいいお尻、しなやかな美脚。どれもこれもが目を引きつけてやまない。

「おはようございます」

 しかしそんな可愛い顔を見せてくれたのはほんの一瞬で、短く挨拶を返すとすぐに前に向き直ってしまった。しかもさっきよりややうつむき加減。

 まあ、知らないやつに対する反応としてはこれが普通かな。よし、この不自然さと不審さバリバリの状態を少しでも和らげられるよう、まずはきちんと名乗ろうじゃないか。

「えっと、俺二年三組の辺見っていいます」

 俺が自己紹介をすると、驚いたようにもう一度こちらを見た。

 なんだろう。別にそこまで珍しい名字でもないと思うんだけど。

 どうしたのか尋ねてみようかとも思ったけど、水野さんはすぐに興味を失ったようにまた前を向いてしまった。

 さて、どうする。何かお近づきになる糸口は……。

「えー、いい天気ですね」

「そうですね」

 今度はこちらを見ずに相槌を打つ水野さん。

 俺は馬鹿なのか? 天気の話をして誰とお近づきになれるっていうんだ。地学の森野先生か? 既婚の中年ハゲ親父じゃないか!

「ちなみに僕は能天気です」

「そうですか」

 駄目だ。話題がないのに何か話したくてしょうがないから、意味不明なセリフが勝手に口から飛び出してきてしまう。これ以上続けたらもっととんでもないことを言いそうだ。

 こういうときは……。

「すみませんでしたあっ!」

 それだけ言い残して、後ろからついてきている柑奈の下にダッシュで逃げ帰った。

 惨めだ。惨めすぎる。これ絶対第一印象最悪なやつだよ。もしかしたらこの先まったく相手にしてもらえないかもしれない。行動力があるのは長所だけど軽率すぎるのは短所だって小学校の先生に言われたじゃないか!

 しかしこの程度でくじけるほど俺のハートはやわじゃない! めったなことじゃ傷ついたりしないのさ。さあ、ここから挽回していこうぜ!

「しくしくしくしく」

「おー、よしよし」

 袖で涙を拭う俺の頭を柑奈が優しく撫でてくれる。

 これは違うんだ。確かに俺のハートはくじけてない。体の方が勝手に泣きだしてしまっただけなんだ。大丈夫、大丈夫。俺はできる子だ。

 俺は気合で涙腺をしめると、深呼吸して笑顔を作った。よし、いけるぞ。

「ありがとう、柑奈」

「どういたしまして!」

 しかしこれがかの有名な水野さんの氷の壁か。危うく凍死するところだった。

 でも今まで何人もの男子が玉砕してきたんだ。正攻法でいったところでこうなるのはわかりきっていたはずじゃないか。なんとか攻略法を見出さなくては。

「よし、まずは水野さんについて徹底リサーチだ!」

 俺は握りこぶしにグッと力を込めて、決意を新たにした。

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