第48話 研一の告白

「なあ、雪。ちょっといいか?」


 壱は炎を振り払い、尻尾の直撃を避けながら、大声でそう叫んだ。


「何? うるさくてあんまりよく聞こえないけど?」


 ダース・ドラゴンが動くたびに、ドン、ドンという重低音が響く。炎の、ボォォォォ、という騒音も合わさった。


「もし俺が、こいつらのプログラムにやられたら、俺はもう戻ってこれない。だからその前にお前に言っておかなくちゃならないことがある」


 壱がドラゴンの牙を、天叢雲剣あめのむらくもで振り払った。

 雪は耳に手を当て、眉をしかめた。


「だからー、何? さっさと言ってー!」


 壱は吐かれた炎を、バック転で避けてから、ドラゴンの頭の上に飛び乗ると、一瞬だけ雪の方を見た。


「俺…………お……と」

「え? 何? よく聞こえない」

「だから、俺……れと」

「は? 何て?」


 壱はドラゴンの頭を思いっきり蹴飛ばし、飛び上がる。そのまま、青白く光る尻尾を一突きした——ここも違う。


「このクラッシュから抜けたら、俺と付き合ってくれ!」


  雪は一瞬何を言っているのよくわからなかった。

 それはほんの数秒のことだったのかもしれない。だが、それはまるで果てしない時間が過ぎた様にも思えた。しばらくぼーっと固まっていた雪は、とつぜん顔面の目、口、全てを開いて大声を出した。


「えーーーーーーーーーーーっっっっ!!??」


 雪は学校の帰り道、まるで熊にでも出会ったかのように、目を丸くして後ろに仰け反った。


「そんなに……そんなに驚かなくてもよくね?」

「だってほら……そんなこと1ミリも想像してなかったから——。それにほら、それって今言うタイミング??」


 ……1ミリもかよ。俺はもうちょっと想像してたけどな……


 ダース・ドラゴンの口は開かれ、壱の首をかみちぎろうとしていた。それを天叢雲剣あめのむらくもで必死に抑えながらそう思った。

 それを見届けながら、雪はやっと声を絞る。


「……そ、そうね! 考えといてあげる!」


 ……考えといてあげる!? 何だよその、上から目線は……こっちは死ぬか生きるかの戦いだっていうのに……


 全力でダース・ドラゴンの顎を突き放すと、その顎が細長い首ごと一瞬後ろに大きく反り返る。

 その時だった。

 首の付け根、白いその腹との境目に小さく光る青白い玉を見つけた。壱はすかさず地面を蹴ると、そこをめがけて天叢雲剣あめのむらくもを突き刺す。

 

——どうだ……?


 やったか? そう思ってふと見上げると、ダース・ドラゴンと目が合った。

 大きな鋭い目に、人間の胴体など一瞬で食いちぎれる牙。その冷血動物の眼光がじっと壱の背後を睨んでいた。

 敵の懐に潜り込んでしまった壱は完全にダース・ドラゴンの射程範囲内に入っていた。


——しまった!


 目にも止まらぬ速さでドラゴンの首が壱を襲う。

 次の瞬間、壱のまさに目の前。その獰猛な顔面が、まるで動画の停止ボタンを押されたようにピタリと止まる。

 それから、その顔面の細胞一つ一つがゆっくりとひび割れ始め、その隙間から眩い閃光が放たれた。そのままダース・ドラゴンが一つ雄叫びをあげようとしたシルエットのまま、塊は空中分解し、大きな鍵穴が現れた。そしてそれは瞬く間に大きくなると、その空間全てを飲み込んだ。


「第2階層、クリアです。危ないところでした」


 壱は、ふう、と一息つくと、肩についた埃をぱんぱん、はたいた。そしてゆっくりと雪に目をやる。

 その視線を浴び、ぼーっと壱の姿を見ていた雪は、はっとした。それからもぞもぞしながら俯いた。顔を赤らめている様にも見えた。


「なあ、雪?」

「へぇっ!?」


 雪はびくんとしてその声に答えた。

 あきらかに微妙な空気が二人の間を走っていた。

 しばしの沈黙の後、壱は口を開いた。


「俺、何があってもお前のこと守るから」


 研一は今まで自分のために戦っていた。

 数々のオルタナでスキルを磨くことも、オルタナクレストだって全て自分の名声のために魂をつぎ込んでいた。


 でも今は違う。

 研一は今初めて、誰かのためにその命を懸けている。

 助けたい、雪をどうしても無事な姿で返したい。その思いだけが今の研一を動かしていた。


「ありがと……がんばって——ね」


 壱は右手に持っていた天叢雲剣あめのむらくもをゆっくりと鞘に戻した。


「あぁ」


 ありがと、頑張ってね。

 その言葉が研一には遠く聞こえた。どこか他人にかけるような、そんな距離感。きっと生まれて初めての研一の告白は失敗に終わったのだ。それでもいい、やることは変わらない。落ち込んでいる暇はない、次こそが本番なのだから。


 残るは最深層。そこにカオスを起動させる最後の心臓部位の.exeファイルがある。第2階層で、この手応え。その先にある最深層がどれだけ危険なものなのか、それは研一達も少しは予想できていただった。

 しかし現実はそれを遥かに上回るものであることを、この時まだここにいる誰もが知らなかった。


02:42:45

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