たゆたう水平線

「あっ、大石クンだー。元気ー?」

「元気だよー。久し振りー」


 久々に星港のど真ん中に立ち寄ると、懐かしい顔に出くわす。インターフェイスの定例会で月に1度は会っていたけれど、それがなくなればご無沙汰。

 目についたカフェに入ると、観葉植物が多い。席が人目に付きにくいという印象。プライベートな空間みたいになってて、ゆっくりするのに良さそう。

 アタシはカフェラテ、大石クンはココアで一息。互いの近況や、就活についての話がメインになっていた。他に共通の話題があるというワケでもないし、定例会時代からそこまで深くは突っ込んでこなかったから。


「大石クンだったらどこでも就職できそうだよね、人当たりいいし星大だし」

「うーん、どうだろう。自分がないって言われるし。それを言ったらヒビキは秘書検定持ってるんだよね。資格があるのはすごいよ」

「玉の輿を狙うならそれ相応の現場に潜入しなきゃいけないからね」

「ヒビキなら自分で働いた方が稼げるんじゃないかな」


 そう言って大石クンは笑った。去年、麻里さんにも似たようなことを言われたっけ。玉の輿もいいけど自分でお金を生み出す術を知っていないと生き抜けない、と。

 玉の輿願望は実際にあるし、そんな人がいそうな合コンにも顔を出している。だけど何だかんだ最終的には自分だとも思っている。己を磨かずして転がって来る玉の輿なんかない。


「俺、最近はバイト漬けだよ、稼ぎ時だし。就活は気が向いたときにって感じで」

「えっ、それって大丈夫?」

「学費のこともあるから。でもあんまり残業がなくてさ。あっても1時間くらいで。朝の7時半から夕方の6時半でしょ? 早出の分と合わせても全然稼げないよ」

「大石クン、さすがに働きすぎじゃない?」

「ありがとう。体力には自信あるから大丈夫だよ」


 大石クンは学費を自分でもある程度捻出しているという話は聞いていたけど、長い休みには朝から晩まで働き詰めと聞いて少し心配になる。いくら体力自慢だとしても。

 夏に向舞祭の練習で駆り出されていたのが痛手だったらしく、春で取り返さないと、とのことだった。社畜とはちょっと違うかもしれないけど、それにしたって学生の働き方じゃない。


「でも最近はちょっとしんどいかな」

「ほらー、体休めなきゃ」

「体っていうより、気持ち? 体は耳鳴りがあるくらい」

「アタシで良ければ聞くよ。って言うか耳鳴りってストレスじゃない? 気持ちがしんどいなら余計だよ」

「耳鳴りは霊が通ってるって言うし父さんか母さんが見守ってくれてるのかな、くらいのつもりでいたから。でもそんな、いい話じゃないし悪いよ」

「そこまで聞いたのに言ってもらえない方が気持ち悪い」

「ごめん。それじゃあ少しだけ、いい?」


 今まで深くまで突っ込んでこなかったからなのか、アタシは大石クンの本当の意味での弱音を聞いたことがない。いつもニコニコしてて、みんなのことを考えてるっていう印象で。いわゆるいい人。

 大石クンの悩みも実にいい人らしい。バイト先で、みんなの愚痴を受け止め続けているうちに、自分がしんどくなってきてしまったということ。でも、自分にはその問題を解決も出来ないし、話を聞くくらいしか出来なくて、と。


「俺が何か悪いんじゃないかとか、何も出来なくてすみませんって思っちゃって。忙しいからみんなピリピリしてるし」

「みんな大石クンが受け止めてくれるからって勘違いしてるよね。愚痴とかって、聞いてる方がダメージ受けるのに。まあ、アタシもよく愚痴るから人のことは言えないけどさ」

「ごめんねヒビキ、こんな話聞かせて」

「いいよこれくらい全然」


 すると大石クンは、俯いたままふらふらと、向かいの席からアタシの隣にすとんと腰掛け直した。気持ち正面に向き合って、無言のままスーッと肩に降りて来る頭。今まで、人に迷惑をかけまいとしていた緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。


「大石クン、大丈夫?」

「あっ、えっと、ごめんっ!」

「いいよ」

「えっ?」

「アタシで良ければ。まだしんどいんだよね」

「それは……でも」

「カフェじゃなんだし、2人になれるところに行こう?」

「……うん。ごめん」

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