最初の前から始めましょう

 放送部が使っているミーティングルームの奥へと進んでいく。部長席には、日高の後を継いだ柳井健太郎の姿がある。書類に目を通し、仕事をする部長。その響きには感動するけど今はそうじゃないわ。


「失礼するわ」

「宇部さん。今日は何の用で」

「文化会の抜き打ち査察です。文化会新会計の久留米雄一郎、鉄研の3年です」

「文化会新監査の宇部恵美です。部長がいるならちょうどいいわ。会計帳簿を出してもらえる?」


 萩さんから文化会監査に推薦され、その仕事を引き受けた。文化会役員としての仕事をするときには制服のブレザーを身に着けるのが規則。それに袖を通して最初の仕事は、各部活の抜き打ち査察。

 査察に関する令状……抜き打ちで各部活を回るという書類には、それを許可するという学生課の判がある。チェックをするなら抜き打ちでなければ意味はない。


「また急ですね、会計帳簿の査察だなんて」

「急だから意味があるのよ」

「一理あります」

「部費は部の規模に応じて惰性で割り振られていたけど、各部活に振られている予算の使い道と成果を精査して、年ごとに部費を改め直すことになったのは知っているわよね」


 ――などと尤もらしい理由はつけたけれど、真の目的は放送部の帳簿を見る事。追いコンの件で日高がやりたい放題した証拠を掴む。それでなくても放送部はきな臭い。他の役員からも膿を出すなら出せと言われている。

 もちろん、文化会一きな臭い放送部をマークする目的もあるけれど、部費の使い道や成果を調べるというのも大事な目的。今の私は真に監査たるべき。やることを履き違えてはいけない。


「宇部さん、12月からがそれまでと比較して酷く曖昧ですね」

「代替わりで担当者が変わったからね。でも、それを抜きにしても記載が雑すぎるわ。部長、会計に改善するよう伝えてもらえるかしら」

「わかりました」

「それと、ここに不自然な筆跡があります。一度書いた物が消されたような。フリクション系かと」

「何が書いてあったのかしらね。フリクションなら復元出来るわ。やりましょうか」

「そんな筆跡まで見ますか」


 わからない程度に、舌打ちがひとつ。坊や、聞こえてるのよ。


「覚えておきなさい、公的な記録に消えるペンを使うのはご法度よ」


 鞄から取り出したのは、コールドスプレー。高温下で透明になる性質のインクは、温度を下げることで色を復元することが出来る。擦って消された筆跡を完全に戻すことは難しいそうだけど、ある程度見えればいいのよ。

 激しく噴射される冷気に、消えていた文字が浮かび上がって来る。浮かんできたのは「追いコン」「24000円」「※後日朝霞班から徴収」の文字。浮かび上がった物は、証拠としてカメラで撮影。


「追いコンに朝霞班はいなかったわ。これはどういうことかしら。部長、説明を求めます」

「……宇部さん、こんなことをするのが誰なのか、貴女ならわかっているはずだ」

「もちろん目星はついているわ。ただ、証拠がないのよ」

「日高班の参加費として部費から引かれた分は、日高班から徴収するよう長門に指示しました。朝霞班からは一銭も取るなとも」

「話はわかったわ。日高らから正しく徴収が行われたと結果で示してちょうだい」


 内部告発者の所沢怜央の話と合わせても、柳井はシロと見てよさそうね。現に、長門からの「余剰金の返却」を受け取らなかったそうだし。これは日高によって行われた部費の横領。そう考えるのが妥当かしら。


「この件は引き続き調査を継続しましょう。放送部にも、部として協力してもらえると嬉しいのだけど」

「わかりました。出来る限り協力します」

「私はどんな不正も許す気はないの。時間はかかっても、どれだけ遡っても、必ず明るみに出すわ」

「それは、俺に対する牽制ですか。俺はあのような悪政を繰り返すつもりはありません」

「結果で示しなさい。志が立派でも、結果が伴わなければ意味はないのよ」


 これは自分に向けた戒めの意味が強い。日高の首を狩るつもりではいたけれど、結果として野放しにしてしまった。放送部の監査としては未熟だったけれど、文化会の監査として1年後にきっちりと結果を出したい。証拠品として放送部の会計帳簿は一旦預かることにした。


「とりあえず、改めてまた1年よろしくお願いするわ。久留米君、次の部に行きましょう」

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