いつか、時間が緩やかに

「はー、さすがに少し緊張した」

「あたしも緊張しました」

「でも、追い返されたりしなくてよかった」

「宏樹さん、うたちゃんがごめんなさい」

「いいよ、大好きなお姉ちゃんがどこの馬の骨ともしれない男に取られちゃったんだし、警戒されたり威嚇されたり、品定めされるのはしょうがないでしょ」


 今日は、あたしの家に宏樹さんが挨拶に来た。宏樹さんと付き合うことになると、こういう機会を設けようという話になって。公認になれるかはともかく、顔を見せておいた方が親御さんも安心しないかなという宏樹さんの心遣いだった。

 無事に挨拶を終えて今は宏樹さんの部屋。まだ新しい部屋の台所には慣れないけど、少し広くてコンロが2つついてるのはとても嬉しい。前の部屋はコンロが1台だったから。ここで料理をすることも増えるから、マイエプロンとスリッパを置いてある。

 結果、お父さんとお母さんは沙都子をよろしくお願いしますと終始和やかなムードで宏樹さんのことを認めてくれたし、いつでも遊びに来てくださいと歓迎してくれた。だけど、問題はうたちゃん。

 ただいまーと帰ってきたうたちゃんに宏樹さんを紹介すると、まずは「ふーん」とちょっとそっけない返事。うたちゃんは身長が高いし宏樹さんは小柄。物理的に宏樹さんを見下ろしたかと思えば、また「ふーん」と頭の上から爪先まで睨むように見て。


「まあ、一応病弱の体だし実際非力だから、本当にお前が姉貴を守れんのかよトラウマ持ちなのに、という風に思われても仕方ないかなとは」

「うたちゃんには後でキツく言って聞かせますから」

「いいよ別に。そういうのは後からついてくる物だから。キツく言っちゃうと余計ナニクソって思わないかな」

「……そうですね」


 薄々そんな気はしてたけど、お父さんとお母さんよりうたちゃんが一番厳しいなって。でも、趣味は合いそうなのに。うたちゃんもホラー映画とか見てるし、学術的な呪いの勉強とか興味ありそうじゃないかなって。そういう話をする現場にはいたくないけど、そういう話をしてみてほしい。仲良くなりそうだから。

 あたしが簡単で体に優しいレシピを考えたりお菓子を作ったりしてたのも、時々変わったタイミングで出かけてたりしてたのも、宏樹さんの存在を知って「やっぱりね」って結論にたどり着いてそう。うたちゃんは洞察力があるし、鋭い子だから。


「うたちゃんがいつか俺のことを義兄さんって呼んでくれるといいんだけど」

「そうですねー……って、ええっ!?」

「そうでしょ」

「そうでしょって、だって義兄さんって、つまりうたちゃんが宏樹さんの義妹で、それってつまりえとその」

「さとちゃんがいない将来のことはもう考えてないから。ちゃんとそういうことになったら、改めて沙都子さんを僕に下さいって挨拶しないとね。さとちゃんもそのつもりでいてね」

「その辺は心配ないですけど……あんまり自然にそういうことを言うから、びっくりしました……」


 だって、つまり結婚っていうことで。付き合い始めのテンションなんだって言われるかもしれないけど、それでも本当にそうなりたいとは思っていて。あたしも、どこのエリアで就職するか考えないといけないかなあ。


「さとちゃんが思ってる以上に俺はさとちゃんのことが好きだよ」

「あ、その……あたしも、宏樹さんが思ってる以上に、宏樹さんのことが好き、ですよ…?」

「……さとちゃん、目閉じて」


 言われたように目を閉じれば、頬に触れられて。なにが来るのかわからなくて、少し緊張しながら目を瞑り続ける。次の瞬間、唇で感じるのは、入っていた力を抜かされるような感覚。やわらかくて、あったかい。もしかして、これって。


「緊張してるさとちゃんもかわいいね」

「あ、あの……恥ずかしいです……今のって、キス、ですよね」

「これからもっと恥ずかしいこともしていくんだけどな。とりあえず今日はご飯にしよう」

「宏樹さんて、かわいいだけじゃないところがずるいです」

「俺だって、男だからね。いつかうたちゃんにも認めてもらえるといいんだけど」

「ああー……だっ、大丈夫ですっ! 宏樹さんの人柄と趣味と専門知識があればいつかは!」

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