黒の対価
「やあやあ高崎様、どうぞ召し上がりやがれ」
「値段はミニサイズだから割に合ってねえけどな」
「うるせー! 俺の出席ボーナス持ってっただろーが!」
「一理ある。では改めて、いただきます」
「おう、たんと食え」
2月14日、飯野に引き連れられてやって来たのは大学近くの珈琲店、“髭”だ。俺の前には大きい方のカフェオーレに、看板メニューのシロネーロ……ではなく、期間限定で熱いデニッシュパンの上のソフトクリームがチョコ味になった、クロネーロ。
一人で食べる分にはミニサイズを注文するのがベターだ。まあ、通常サイズも一人で食えねえことはないが、それでも結構な量がある。値段は600円。分けて食う分には妥当な値段だとは思う。
ただ、今日この日に限っては事情が違っていた。チョコ味のソフトクリームが乗ってチョコレートソースのかかったクロネーロが、なんと通常サイズでもミニサイズと同じ400円。価格破壊もいいところだ。
「後でカツサンドも食うからな」
「お前まさかそれも出させる気じゃないだろうな」
「コミュニケーションと自己の社会学、市民の政治学、青少年問題の社会学、それから」
「あーはいわかりましたよカツサンドだろうがクリームオーレだろうと出させていただきますよ!」
緑ヶ丘大学では成績が開示され、4年生は卒業判定なんかもありつつ。俺たち3年は留年だなんだという問題はよほどのことがない限りなく、就職活動のある4年次はどういう履修にするかを考える段階に入っていく。
卒業できるかどうかが現時点で怪しい飯野も無事に履修していた講義はすべて落とすことなくパスすることが出来た。飯野くらいになると、成績の内容などはどうでもよく、最低限パスすることが大事なのだ。
俺と飯野、双方にとって最もハードルの高い“演習Ⅱ”……つまりゼミも無事にB判定をいただくことが出来た。クソすぎる出席率またはレポートに、そこそこやってるレポートまたは出席が加味されたのか、それとも減算方式なのかは闇の中だ。
何はともあれ、俺も飯野も無事にゼミの単位をもらうことが出来たということで、ここにはその祝賀会じゃないけど、飯野が俺にレポートを書かせたことの謝礼を出しにという意味で連れて来られたのだ。
「んー、うまっ。やっぱ人の金で食う甘味はうめえ」
「さぞ美味かろうよ」
「これは労働に対する対価だ。違うか」
「俺の出席ボーナス持ってったクセに」
「それは安部ちゃんとの契約だ。どうせ余らせてんだから有効活用して何が悪い。言っとくが、この制度がなかったら俺はお前のレポートなんざ手伝わなかったし、お前の留年はほぼほぼ確定してたぞ。精々このレポートを下敷きにしてちょっとは読める卒論を書くんだな」
「ははーっ、高崎様ーっ」
(いい意味で)B判定が間違いでないのかと安部ちゃんに聞きに行ったら、間違ってないと言ってたんだからそれでいいのだろう。飯野は出席とパーティーへの貢献度ならSクラスだし、俺もレポートだけならSクラスだから、と。
ただ、俺と飯野でもB判定をもらえるこのゼミでC判定の奴もいるというのだからそいつは普段から何をやってやがるのだと。俺よりもゼミに出てるだろうし、飯野より読めるレポートを書いているであろうそいつは。
「あーあ、安部ちゃんでも通りかかってこの場が安部ちゃん持ちにならないかなー」
「安部ちゃん持ちになったとしてもお前には別途請求するからな」
「はいはい。さすが高崎様はしっかりしてやがるなあ」
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