炭水化物のブラックホール

「アヤさんこれ、よかったら」

「きゃー、カズさんありがとうございますー! たまちゃんも遊びに来てくれてありがとねー」


 慧梨夏と一緒におじゃましまーすと上がり込むアヤさんの部屋は、慧梨夏とは違う部類の本やらDVDやらがいっぱいで何かすごい部屋だ。曰く、例の先輩の趣味が移ったとかで、引き出しを増やす勉強に余念がないとのこと。

 その部屋の一角が段箱でエラいことになっている。きっと触れたらダメなヤツだろう。慧梨夏じゃないから箱の中身が肉色表紙の同人誌、とかいうことはないと思いたい。だってアヤさんだぜ! 超絶美人でスタイリッシュなアヤさんだぜ!


「でもカズさんてホント何でも作れますよね。節分豆でクッキーなんて」

「小麦粉の代わりに節分豆を粉末状にしたのを使ってみただけで、特別なことはしてないよ。あっ、でもおからパウダーもちょっと混ぜたかな?」

「カズはね、バレンタインをお菓子作りの口実にする人だからね」

「それで、俺と慧梨夏が呼ばれたのって?」

「これなんですけど」


 と、アヤさんが手元に引き寄せたのは例の箱だ。部屋の一角を浸食するように聳えている、ひと箱。何が出てくるんだ。慧梨夏だけならともかく俺もいるんだから同人的な物ではないと思いたいけれども。


「カズさん自分で何でも作れる人なのに既製品をお裾分けするのも申し訳ないんですけど、よかったらプレッツェルを。いつもお世話になってますし」

「プレッツェルってアレ? 高崎クンが「ビールと一緒に食ってみてえ」って言ってるヤツ。ビールと言えばウインナー、ジャガイモ、プレッツェル的な」

「だな。えっ、いいんですか?」

「ぜひ!」


 それじゃあお言葉に甘えて一袋、と箱の中からいただこうとすれば、アヤさんはそれを必死で制止するのだ。何のために慧梨夏を呼んだのだと。車、つまり運搬手段としての慧梨夏なのだと。

 一袋なんてことは言わずに箱ごと持って行け、むしろ持って行ってくださいお願いしますと言わんばかりのアヤさんに俺は圧倒されていた。その姿に、ケースごと持って行かなければかわいそうだとすら思い始めていた。


「て言うかこの鬼みたいな量のプレッツェル、どうしたのアヤちゃん」

「研修先の先輩、って言うかベースさんが持ってきたんだけど、それが鬼みたいな量で……地元での兄貴分っていう人がプライベートで食べるために注文したらしいんだけど、間違えて仕事感覚で発注しちゃったとかで。私が課せられたノルマはまだ温い方だよ。ピアノさんなんか今頃プレッツェルに埋もれて死んでるかも」

「ベースさんとピアノさんやっぱおいしい」

「私も自分の主食になってラッキーって思ってたんだけど、一人でどうにか出来る量じゃなくて」


 さっきちらりと出た高ピーの名前で思い出す。今日は2月5日、そして明日に控える無制限飲み。ビールのおとも、四次元胃袋、そして主賓の食生活。そんなようなことを考えると、1ケースでは足りない気がしてきた。


「アヤさん、5ケース持ってって大丈夫?」

「えっ、大丈夫ですかそんなに!」

「消費出来る当てがあるんだ。それに、そのまま食べるのに飽きたらチョコとかチーズフォンデュにして味を変えたらいいんだしね」

「フォンデュにする発想はなかった……さすがカズさん、いい嫁だなあたまちゃん!」

「でしょ!? 旦那候補たちがなかなかもらってくれないのよ!」


 そうと決まれば慧梨夏の車にいそいそとケースを乗せる。慧梨夏もGREENsの人に配るんだと2ケースを積み、部屋の一角を埋め尽くしていたプレッツェルはアヤさんが一人で食べられるほどの量にまで減っていた。


「すみません、助かりました!」

「ううん、こっちもこんなにもらっちゃってありがとう」

「……あの、もしもまだ足りなくなったら研修先にまだ鬼のようにあるので」

「わかった、そのときにはぜひ」


 高ピーに1ケース、果林に2ケース、タカシの部屋に1ケース置いておけばそれぞれの食料になると思う。特にタカシには栄養が偏ろうが大した調理もなく食べられる物があるのとないのとでは違うだろうから。

 さて、そうとなったら明日の無制限飲みの準備をしなくちゃ。プレッツェルのアレンジも一応調べておいてみようかな。あっ、忘れちゃいけないベーコン。よーし、腕が鳴るぞ。

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