戦うならば己の土俵で

公式学年+1年


++++


 すごい瞬間に立ち会っている、気がする。あまりに現実味がなさすぎて、ラジオブースの赤いスタッフジャンパーも着込んでいるのに鳥肌が立つ。隣には、下のテイクアウト丼を抱えたいっちー先輩。

 建物の中も、外もスピーカーは万全。音的には問題なし。あとは、高ピー先輩とタカちゃんが織りなすこの番組を見守るだけでいい。違和感を生じさせているのは、ここが佐藤ゼミのラジオブースであるということだけ。


「噂には聞いてましたけど、本当に衰えてませんね、高ピー先輩。むしろ進化してる」

「そりゃあ、コミュニティで年末まで番組持ってたしね」


 本来、今日この時間のブースにMCとして入っているのはアタシだった。だけど、ある日突然タカちゃんからこの枠を貸して欲しいと頼まれたのだ。はじめは言っている意味がわからなかった。だけど、話を聞いていくとどんどんわかってくる。

 去年、タカちゃんがMBCC昼放送で初めてペアを組んだのが高ピー先輩。だけど、回を重ねるごとにやりたいことが出来なくなっていく自分に気付いていたし、それは高ピー先輩もだったと終わった後に明らかになったそうだ。

 互いにどこか燻ぶったまま今に至っている。そしてタカちゃんはMBCCの機材部長になり、高ピー先輩は卒業間近。やるなら今しかない。きっとタカちゃんはそう思って、高ピー先輩を水面下で口説き落とした。


「高ピーもタカシも楽しそう。タカシはちょっと緊張してるっぽいけど」

「ですねー」

「高ピー、去年の昼放送で凡ミスしてるんだよね」

「凡ミス?」

「昼放送の回数計算。最終週の金曜日が祝日なの忘れてて、本当は今やってるのが最終回なのに次回はどうするって様子見しちゃったの」


 幻となってしまった去年の最終回では、高ピー先輩はこんな風にやりたかったのだろうか。MBCC昼放送では……ううん、インターフェイスどこ探しても考えられないような、奇抜で難しいけどするりと耳に入ってくるカッコいい構成で。

 2人の番組に聞き入っていると、それを引き裂くように耳障りな声が近付いてくる。気付いているけどシカトしたい。だけど、ノイズの主がそれを許さない。ああもう、ジャマしないでよ!


「ちょっと千葉君、どういうこと!? 今日は君がMCなんじゃないの!」

「先生、前に言いましたよね。アタシとタカちゃんが組む金曜日のフリー枠は、何してもいいって」

「私がどれだけ口説いても落ちなかった高崎君をどうやって落としたの! 彼を口説くのにFMにしうみまで行ったんだよ~!」


 ヒゲの下で番組をやるなんざゴメンだ。そう言い続けてきた高ピー先輩にここで番組をやってもらうための口説き文句は、佐藤ゼミの人間じゃ絶対に思いつかない。MBCCのタカちゃんだからこそ落とすことが出来たんだ。

 現に、機材はゼミの物だけど、MBCC昼放送で使う最低限の機材しか使っていない。別に接続した機材のボタン一つで出せるジングルだって、今日は事前に収録した音をMDデッキから出している。あくまでも、MBCC昼放送としてのオンエア。

 悔しいけど、やっぱ高ピー先輩って上手いんだよなあ。技術的なことは言うまでもないし。ヒゲが見栄のために口説きたくなるのもわかんないでもないんだ。

 だけど、卒論のために潜入してたFMにしうみでいつの間にかレギュラー番組をやってたっていうのは、もしかしたら今日、この日のためだったんじゃないかって、思っちゃいますよねー。


「あれっ、気付いたら周りめっちゃ人いる」

「みんな、この番組が気になって見に来たんですよ。あっ、MBCCの子もいますよ」

「ここまでガチった番組なんかやっちまったら、来年タカシの機材部長としてのハードルが上がるな~」

「いっちー先輩、顔がニヤついてますよ」

「あっ、バレた? でも、2人とも一番気にしてたところを潰せてよかったって思ってるのは本当だから。これで俺たちは悔いなく卒業できるし、タカシは来年に向けてスッと入っていけるでしょ」


 番組の残り時間はあと少し。その中にどんな仕掛けを入れ込んでくるのか。それとも、小細工なしの直球勝負か。聞かせる物でありながら、高ピー先輩とタカちゃんの勝負なんだろうね。勝ち負けはつかないみたいだけど。

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