ピュア・ハート

 菜月先輩は動物全般が苦手だったという風に記憶しているのだけど、だとすると今いる場所はかなりの場違いなのではないだろうか。周りには無数の猫。それらと手元の資料を見比べながら、あれはどの子だと照らし合わせ。


「えっと、あの白いのがコニー」

「コニー」

「白黒がぶっさん」

「ぶっさん」


 何を間違えたか、俺たちは猫カフェにいる。食事も楽しめて、猫と気軽に遊ぶことの出来る空間だ。もちろん、自分の家で飼っている猫と一緒に来ることも出来る。本来は会員制らしいけど、会員でない人も入れるサービスデーなる制度がある。

 猫カフェに来ることになった経緯は、大学でのこと。かわいい猫を見かけたんだと学内を探し回ること1時間。普段は簡単に出会えるところがその日は一匹も会えず。きっと寒かったからだろう。だけど、その日の菜月先輩はどうしても猫と戯れたかったようで、現在に至る。


「猫はまだ平気な部類に入るのですね」

「そうだな。犬は怖いじゃないか。声も大きいし噛むし。飛びかかって来ようものなら。うう、怖い」

「そんなことはしませんよ」


 すると、隣の空席にお客さんがカゴを持ってやってくる。恐らく、家で飼っている猫だろう。白くて、ふわふわしたお上品なお猫様だ。


「あれ、美奈」

「菜月。確か、動物全般が、苦手じゃ……」


 やはり菜月先輩をある程度ご存知の人ならまずは菜月先輩が猫カフェにいることを不思議に思うのだ。福井先輩に挨拶をしてここにいる経緯などを説明すれば、ここの猫はしつけもされているから確実だし安心、とお墨付きをいただく。


「マリー、何だか大きくなった気がする」

「少し……それと、冬になってちょっと太った、かもしれない……」

「人間も猫も変わらないのかな」

「きっと……」


 福井先輩の膝の上でごろにゃんとしていたペルシャのマリーは、起きあがるやいなや、のそのそと菜月先輩の膝の上に移動する。恐る恐るマリーを撫でるその手つきがかわいいぜ!


「……やっぱり、菜月には懐いてる……」

「懐く人とそうでない人がいるのですか?」

「徹は、顔を合わせると引っかかれる……」

「まさか石川先輩が…!?」

「石川は性悪だからな。マリーにはわかるんじゃないか?」

「なるほど。でしたら菜月先輩は心がおきれいでいらっしゃるのでマリーに懐かれるのでしょうね」

「きっと、そう……」


 心が綺麗と言われた菜月先輩は、そんなことはないんだけどなと恥ずかしそうにしている。俺と福井先輩からすれば菜月先輩の心は綺麗だし、一挙手一投足がかわいらしいということで一致しているんだけど、それが菜月先輩からすれば恥ずかしいらしい。

 普段から菜月先輩は己を卑下するような発言だったり、ネガティブな言動が見受けられる。だけど、それを踏まえた上でも菜月先輩にはいいところがいっぱいなんだとマリーを通して誉め殺す俺と福井先輩なのだ。福井先輩が意外に話しやすい人だと今になって知る。共通の話題ってデカイぜ!


「ノサカなんか、動物好きだしマリーにも懐かれるんじゃないのか?」

「どうでしょうか」

「……試してみる」


 福井先輩がマリーを抱えて、その白いものを俺の上に乗せようとする。だけどどうだ。マリーはイヤイヤと言うようにそっぽを向き、菜月先輩の膝の上に落ち着くのだ。実に満足そうじゃないか。


「ダメそうだな、ノサカ」

「心の綺麗さなら、負けないと思ってたけれど……」

「いえ、福井先輩、俺には煩悩があるのをきっと見透かされたんです。まだまだ精進が足りません」


 俺にある煩悩と言えば、菜月先輩絡みのあれやこれや。これまでも理性で何とか暴発を抑えてきたつもりではいるけど、まだまだだということなのだろう。男として、もっと身を磨かなくては。

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