聖域二つの守り方
「あー……動きたくねー……」
「越野ー、アイス買ってきたのは失敗だったねー」
「ホントそれな。こうまで高崎が死ぬとは」
「うるせえ、クリスマスから年末年始にかけてずー……っと! バイトしてたんだぞこっちは」
「ピザ屋も大変だねえ」
「それな」
拳悟がアパートに乗り込んできた。やっぱり、場所を教えたのは失敗だったような気がするし、今回は帰省していた万里も一緒だ。手土産にはバニラアイスとちょっとした食料、それに酒。
せっかくだから鍋でもやるかという話になったまではよかった。こたつにアイスという最強の組み合わせに俺はやられている。動く気力が殺がれ、何もわざわざ買い物に行かなくたって残飯処理鍋で良くねえか、などと思い始めている。
ムギツーに住んでいるような連中はみんな帰省中なのか、この一帯はシンと静まりかえっている。それはムギツーだけではなく、向かいのムギワンにしても同様。どれだけ騒いでも怒鳴り込まれることはないだろう。
「拳悟、お前仕事いつからよ」
「俺は明後日からだよ。越野はいつ向こうに帰るの?」
「この連休くらいかな」
「高崎は今度の連休もずっとバイト?」
「たりめェだろ。光熱費がかかってんだ」
「今年って言うほど寒くなくない? 雪降ってないっしょ?」
「これからドカ雪になったらどうすんだ」
とりあえず、何鍋にするかを話し合わなくてはならない。この調子だと拳悟と越野は俺の部屋に泊まることになるだろう。正直、俺の部屋に人を泊めるのは違和感しかないが、不可抗力か。まあ、雑魚寝させよう。ベッドは俺の聖域だ。
「おっ、写真?」
「万里てめえベッドに上がるな」
ちきしょう、そもそもコイツら予告もなしに押し掛けて来やがって。どうせ拳悟が実家に行って俺の所在を確認してから来てんだろうな。扉もぶち破られるわ、部屋を片付ける時間すら与えられなかったのが響いている。
何が最悪って、ベッド脇に吊り下げたコルクボードに万里が関心を示してしまった。このコルクボードには今までに行ったライブの半券だとか、ストラップなどが貼り付けられている。その他には、菜月が勝手に貼っていった写真なんかが。菜月が来る度に少しずつ増えて、外すこともしていなかったそれだ。
「高崎、お前こういう写真とか飾るタイプだったっけ」
「不可抗力だ。つかさっさとベッドから降りろてめえは」
「めっちゃ気持ちいいから降りたくない」
「降りろっつてんだろ。ベッドは俺の聖域だぞ。降りねえなら金払え」
「えー! そんなムチャな」
「越野ー、高崎の睡眠への執着は知ってるでしょー、ムリムリー」
「鍋どうすっか考えるぞ」
さて、再びこたつを囲んでしまうと動くのは不可能だと台所での作戦会議。つかさみィ。台所には具になりそうな物がなかったから、材料は全部買わなくてはならない。土鍋とコンロはある。ガスボンベにも余裕がある。
食いかけだったバニラアイスには蓋をして、さっさと拳悟の車に乗り込むことに。正月だしすき焼きにしようぜ、などとちょっとした贅沢の気分で。そうとなると酒を増やすことにも躊躇いはない。
「よーし行こう」
「あ、ちょっと待て拳悟。部屋からエコバッグ取ってくる」
「はいはーい」
「そうだエコバッグ大事」
……と、部屋へ戻ってすることは、エコバッグもそうだけど、例のコルクボードを片付けること。とりあえず、クローゼットでいいか。何が疚しいと言うことはないが、だからと言ってあまりずかずかとも踏み込まれたくない。
「おう、待たせたな」
「じゃ、行こっかー」
「すき焼きだー」
「すっき焼っきすっき焼っき」
それか、この2人をさっさと潰して雑魚寝させるか。
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