掴みのリビング
「すみませんお母さま、お世話になります」
「どうぞどうぞ! さ、上がって! フミー、こーた君来たわよー」
「あっ、こちら、2日間お世話になりますのでよろしければ」
「あら、そんないいのに。ありがとう」
寝起きでまだ頭がぼーっとする。ペタペタと階段を下りれば玄関先で母さんとこーたがきゃいきゃいとお喋りをしているではないか。こーたは親世代の人とは仲良くなるのが早いと言っていたけど、うちの母さんにも謎に気に入られてるんだよなあ。
今日こーたがうちに来たのは、例によって弟カップル絡みでこーた以外の家族が旅行に出てしまったからだ。1人でも過ごせるけど、元々遊ぶ予定が入っていたのだから食事も一緒に、などとあれよあれよと話が進んだのだ。
「手土産持って来るとかあざといよな」
「何を言いますか、これくらい常識でしょう」
「風呂敷に包んで来るとかいつの時代の話だよ」
「野坂さん、風呂敷に手土産を包むというのは気持ちや心を包み込むという意味がありましてね」
「はいはい。で、中身は? ケーキがいいな」
「残念でした、おだしです。飲むおだしというヤツなのですよ」
「ファー、意味が分からない。お菓子とかじゃないのかよ」
――などと言っていたら、いい加減に顔と頭を整えて来なさいと叱られるのだ。くそっ、こーたの所為で。仕方なく冷たい水に耐えながら身支度をしていると、リビングではまたきゃいきゃいとこーたが母さんと喋っているのだ。
こーたは親世代だけではなく、インターフェイスでも女性の先輩方からの評価がとても高い。これも謎だ。菜月先輩が「こーたくんかわいーしいい子ー、いいなー」と言われて首を傾げていらっしゃる姿は何度も見た。
顔と髪を何となく整えてリビングに行くと、何だかいい匂いがする。こーたが母さんの淹れた濃い感じの緑茶とどら焼きを前に、それではいただきますと手を合わせているではないか。ちなみに、俺は母さんからこんなに丁重にしてもらったことはない。
「このお茶と、このどら焼きの相性が抜群なのよー」
「このどら焼きは粒あんが絶妙ですね。甘すぎず、食感もしっかりしていて。あんこ自体は甘すぎないのですがお茶の苦みが味を引き出していますね。生地の香りも鼻から抜けていいですね」
「そうでしょう! さすがこーた君、違いがわかるわー。あら、何やってんのよフミ、そんな物欲しそうな目したってアンタどら焼き嫌いじゃない」
「母さんって、露骨にこーたを贔屓してるなあと思って」
「だってかわいいじゃない」
「恐れ入ります」
――などとお利口さんの顔で言いながら、母さんが自分を見ていないところでは俺をウザドルの顔で煽ってくるのがマジうぜえ。ただ、社会的な意味で生きる術に長けるのは間違いなくこーただろうし果たして俺はどうするべきか。
「そりゃあアンタも実の子だからかわいくないことはないわよ」
「それはどーも」
「もしかして母の愛情に飢えてる? こーた君に嫉妬した?」
「そんなんじゃないし」
「ちゃんとケーキと紅茶も用意してるわよ」
「野坂さん良かったですね」
そして目の前にはクリームがたっぷり乗ったイチゴのショートケーキと、銘柄はよくわからないけどなんかいい葉っぱらしい紅茶。和のこーたと洋の俺。交わらないおやつの光景ではあるけれども、客をもてなす掴みのリビングとしてはまあアリなのか。
「でもねフミ、今は勉強だけしてればいいかもしれないけど、社会に出る上での常識や作法なんかはちゃんとこーた君に教わっときなさいよ」
「私がオールSの人に教えて差し上げられることなんかありますかねえ」
「こーたお前調子に乗ってられるのも今のうちだぞ」
「ええ~? 調子になんて乗ってませ~ん」
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