風貌とベテランみ

 ABC2年生は、今日も女子3人で坂の下のカフェに繰り出す。街はクリスマス仕様に飾り付けられ、気持ちを盛り立てる。12月26日を過ぎてしまえば一気に年の瀬。その準備もすでに始まっている。


「沙都子、バイト忙しそうだけど大丈夫?」

「そこまで忙しすぎて倒れる~って程ではないから大丈夫。年が明けたら、来年新卒で就職する人たちの研修が始まるんだって。何人かの人とはもう顔合わせもしてるし」

「へえ、もうそんな時期なんだ」

「一緒のフロアになる人が既にベテランさんみたくて、大失敗しちゃって」


 沙都子がバイト先での失敗エピソードにあせあせと恥ずかしそうにしている。沙都子はふわふわしたナリだけど基本はしっかりしているし、そこまで恥ずかしい大失敗と言うからには相当のやらかしなのだろう。アタシも直もどーしたと心配になる。

 沙都子は百貨店でバイトをしている。同じフロアで研修を受けることになった人は、とても現在大学4年生とは思えないほどの空気を放っていたそうだ。下手すれば、若手の社員さんよりもよほど出来そうだと。

 その人は背が高くて細身。スーツやコートがよく似合って、きっちりセットされた七三のツーブロックと細いチタンフレームの眼鏡がいかにもそれらしく。沙都子は来年の新卒だと紹介をされる前に、取引先の偉い人だと勘違いしてしまったそうだ。


「もー恥ずかしくって! 失礼なことしちゃったーと思って!」

「その人、百貨店だから気合い入れてきたみたいなこと?」

「ううん、聞いたら、普段からそんな感じって。だから気張ってる感がなくて」

「来年からどうしようねえ沙都子」

「もー、Kちゃん酷い!」


 そんな感じでやいやいと話しているとこちらに近付く足音。コツコツと、硬質な靴底の音。そして沙都子の表情が変わる。どうしたのかとその方向を見てみれば、先に聞いた特徴通りの男の人が。と言うか間違いない、この人がそうだ。


「はわわっ、萩さんコンニチハッ!」

「糸魚川さん、座っててもらって大丈夫です」

「ホ、本日ハドノヨウナゴ用件デ……」

「あの、糸魚川さん」


 沙都子と萩さんと呼ばれた男の人がぎこちなくやりとりをするその裏で、直が何かに気付いた様子。そして、萩さんの連れの男の人もこちらを見ている。って言うかこの人はガタイ良すぎ。


「あれっ、直クン」

「越谷さん。お久し振りです」

「えっ、直も知り合い?」

「何言ってるの啓子、越谷さんは星ヶ丘の4年生で定例会の先輩だよ。すみません啓子が」

「知らなくてしょうがないって。2コ上なんか絡んでも覚えらんないし」

「雄平、知り合いか」

「ああ。インターフェイスの後輩。2コ下だからあんま絡みはなかったけど」


 越谷さんが状況と関係性の整理をしてくれると、話がすっと飲み込めて、それまではわたわたしていた沙都子も落ち着きを少し取り戻した。越谷さんと萩さんは買い物帰りにここに立ち寄ったそうで、沙都子の職場報告に引き寄せられたとかではない。


「青女の放送部の面々とのことで。星ヶ丘の面々が世話になっています」

「裕貴、お前律儀すぎるだろ」

「いやしかし」

「ったく。えっと、糸魚川さんだっけ。この通り裕貴は変に真面目でどこか抜けてるから、職場ではビシビシ指導してやってください」

「へっ!?」


 越谷さんのこの挨拶に、それまではしっかりしていた沙都子の目が再びぐるぐると回り始めた。


「そんなあたしが萩さんに指導なんてそんな」

「沙都子、しっかりしなさい!」

「はいっ!」

「そんな調子で職場でどーしてんのアンタ」

「うう……」

「私はまだ数回しか見ていませんが、糸魚川さんは落ち着いた佇まいでとても頼りになります。話しかけやすい雰囲気がありますし、製品知識も豊富で。アルバイトなのがもったいないと思います」

「あら、意外な高評価」

「そりゃそうだよ、沙都子だもん」


 お楽しみのところを失礼しました、と萩さんらは自分たちの話に戻っていった。うん、確かに4年生みが薄い。沙都子がさとかーさんて呼ばれてるの以上にベテランみがあるというか、管理職風と言うか。


「これで年明けから打ち解けられたらいいねえ沙都子」

「うう……そう上手く行かないから人生なんだよKちゃん。それに萩さん大きいからちょっと怖くって。いい人なのはわかるんだけど」

「Lで練習しなよ沙都子! 直、Lのアポ取って!」

「どどどっ、どうしてボクが出てくるの!」

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