他人事パンデミック

「ゆーうへーい!」

「げっ」

「逃げるな! でりゃあッ!」

「いって! つか人の顔見るなり飛び蹴りして来るとか普通逃げるよな!」


 ちきしょう、最近は静かだと思ってたのに。やっぱ表に出たらダメだな。テストが終わるまでは研究室にこもってた方が平和なんだな、学習した。

 俺の顔を見るなり飛び蹴りをかましてきた水鈴は、人の腕を取ってそのままゆるりと絡めている。つーか曲がりなりにもタレントなんだからそんな行動は慎めとか事務所の人から言われてないのか。


「雄平どうしよう、世の中が危なくなってる」

「お前が危ないの間違いじゃなくてか」

「あっ純粋な乙女を捕まえてひっどーッ!」

「お前のどこが純粋な乙女だ。で、何が危ないんだ。話があるならさっさと話して解放してくれ」

「じゃあこのまま話さなかったらずっと雄平のこと捕まえといていいってことだよねッ!」

「どうしてそうなる」


 何だかんだ言っても力なら俺の方が上だ。水鈴がゆるりと絡めていた腕を振りほどき、結局何の用事だったのかと。いや、用がなくちゃ声をかけてくれるなというワケでもないけど。


「鳥インフルがかつてない勢いで感染拡大してるのは知ってるよねッ!」

「ああ、やたらニュースでやってんな。向島でも出たそうだし」

「つまりピー子ちゃんも危ない!」

「あー、鳥だからか」


 鳥インフルエンザが広がっているという話はニュースでも連日報道されている。感染源だの死んだ鳥を見かけたときの対処法だの、鶏肉に卵やらに及ぶ影響の話なんかもあったな。

 鳥インフルがこのまま広がるとちょっと困るんですよね~、と洋平がこないだ悲愴な面持ちだった。アイツのバイトしている店は焼き鳥をメインに鶏料理を扱っている。従業員だけでなく、客も卵かけごはんとプリンは、と必死な様子だった。

 ピー子ちゃんがピー子ちゃんがと水鈴はバタバタしているけど、ここでバタバタしたって何がどうなるワケでもない。それに、ちょっと気になることがある。


「水鈴、ピー子ちゃんて外に出すことあんのか」

「ううん、うちの中だけだよ」

「じゃあ大丈夫だろ」

「何で言い切れるの危ないんだよッ!」

「外にいる野鳥とかネズミと接触する機会がなきゃほぼほぼ安全だ」

「へーッ、さすが雄平。頭いいなあ」

「いや、頭の良し悪しじゃなくて知ってる知らないの問題じゃないか。つかお前調べなかったのか」

「全く。岡島家今ヤバイよ。検疫所的な感じになってるから。リビングめっちゃ殺菌消毒してるからね」

「そこまで神経質にならなくて大丈夫だとだけは言っとくからな」


 岡島家はピー子ちゃん中心に回っているという話は聞いたことがあったけど、鳥インフルエンザ感染予防のためにピー子ちゃんのいるリビングが大変なことになっていると聞いて引いている。

 殺菌消毒とは言うけれど、聞いている岡島家の話からすれば全員ガスマスクを着けて保健所がよくやるような消毒液をブシャーッとリビング中にまき散らしている光景が映像で再生できる。


「じゃあ雄平うち来てよ」

「どうしてどうなる」

「ピー子ちゃんが雄平の名前を呼ぶようになったのでそれを聞かせようかと」

「インコか。文鳥は喋らないって知ってんだぞ」

「もーッ」


 ただ、岡島家で飼っているのが文鳥でなくインコやオウムだったら本当に俺の名前を覚えさせそうで恐怖に震える。ピー子ちゃんが文鳥で本当によかった。


「雄平、じゃあ飲みに行く?」

「じゃあって何だよ」

「鳥インフル流行ってるからこそ、逆に鶏を」

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