放物線のその先に

 慧梨夏サンが、手の付けられない状態になっている。ここ1週間ほどオフェンスもディフェンスも絶好調。一体何があってこんなにも絶好調なんだと不思議でならない。


「サッチー見とれてないでカバー行かなきゃ!」

「はっ。あーっ!」

「ああん、また慧梨夏ちゃんのスリーだよ」


 爪を切ったワケでもない。体が劇的に軽くなったとかでもない。趣味的な意味でオイシイことがあったとかでもなさそうだ。何がどうしてスリーポイントの精度が上がっているのか。


「終了ー! 白チームの勝ち。赤チームはディフェンスだな」

「だって鵠沼クン、ディフェンスって言っても慧梨夏サンがボール持つと打たれちゃうんだも~ん!」

「お前のカバーが間に合ってりゃ打たれなかったのも3本はあったじゃん?」

「え~? 今日はムリ! 今日の慧梨夏サンは鬼神だよ鬼神!」


 三浦は身長が169ある。169センチというのは、女子としてはまあまあ背の高い方だろう。その三浦が手を伸ばせばある程度のプレッシャーを与えることが出来るはずだ。

 だけど、“鬼神”という三浦の表現が強ち間違いでもないからどうしようもない。三浦のカバーが間に合っていたとしても、今日の慧梨夏サンはそれを掻い潜るくらいは楽勝だろう。

 当の慧梨夏サンは賭け事でもしていたのか、伊東サンに「後でアクエリウォーター奢って下さいね」などと上機嫌。つか勝負してたとしても、先輩でそのうち義理の姉貴になる人に驕らすとか。


「今日の慧梨夏サンは確かに凄かったじゃん?」

「凄すぎて話になんないなんない! 三浦はハンデを要求します!」

「でも何があってあんなに絶好調なんだろうな最近」

「秘密の特訓とか?」

「そんな様子はなかったけどなあ」


 俺と三浦があることないことを想像して物を言っていると、それをじっと見つめる視線がひとつ。サトシさんだ。慧梨夏サンとはよくスリーポイントシュートの勝負をしているように思う。ただ、10回やればサトシさんが9回から10回は勝つ。


「アイツがあれだけわかりやすく上機嫌なのは、男絡みだろう」

「彼氏さんすか」

「マジすか! サトシさん何か知ってるなら詳しく教えてくださいよ~」

「……三浦、くっつくな」

「スイマセン! でも慧梨夏サンとかれぴっぴさんのラブラブっぷりは気になるっす! 乙女として!」

「だから三浦、くっつくな」

「サトシさんが吐いてくれたら解放します!」

「先週の日曜日にデートをしたらしい。それ以上は知らない」

「くーっ! デートってどこすか!」


 と言うかサトシさんにこんだけ食ってかかれる三浦の方が凄すぎる。サトシさんてあんま口数多い方でもないし積極的に人と話しに行く方でもないのに。


「デートの詳細はともかく、フォロースルーと放物線が明らかに普段とは違う。ボールを持ってからのリズムもいい」

「へー、そんなもんなんすか」

「時々自己管理の甘さが出るのはともかく、いつもこうならシューターとして手をつけられなくなるだろう」

「いつもこうなったら、サトシさんも負けることが増えるかもしれないっすね」

「俺も現状維持で留めるつもりはない。ただ、今日の慧梨夏と勝負はしない」

「って言うのは」

「俺との勝負の時のアイツは、俺を何としても負かそうと力む傾向にある。ただ、相手の調子を見極めるところから勝負は始まっている。俺は今日の慧梨夏には勝てない」


 サトシさんは慧梨夏サンに何かと突っかかってる印象があったけど、それというのはちゃんと見て、理解をしているからだと納得をする。同期だからある程度わかっているというのもあるのかもしれない。

 勝負を避けることで勝負に勝つという、いかにももっともらしいことを言ってのけるサトシさんだけど、要は負ける勝負はしたくないということなのだろう。慧梨夏サン、サトシさんに勝つと調子乗りそうじゃん?


「って言うかサトシさんて慧梨夏サンの彼氏さんと普通にダチなんすよね?」

「たまに飯を食うくらいだ。どうかしたか」

「……いや、何でもないっす」

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