翼はなくとも地を駆ける

「何これ、戦争ダネ~……」

「学祭のチラ見せオープンミニファームとは比べものにならないとは聞いてたけど、語彙力が失われるヤバさだな」

「メグちゃんが、朝霞クンには翼を授けることをオススメするって言ってた意味が分かったよネ」


 星ヶ丘大学の主要キャンパスから車で少し行ったところに、農学部の畑がある。農学部のメグちゃんから話には聞いたことがあったけど、俺も朝霞クンも農学部じゃないから畑に用事なんてないし来たことはなかった。

 星ヶ丘の学祭では収穫祭、つまりオープンファームの小規模版をやってる。大学構内でちっちゃい露店に野菜が並んでたり。だけど、それはあくまで小規模版。本番のオープンファームは畑のある農学部の施設で行われる。それにお呼ばれしたってワケ。


「キャベツが安いらしいっていうのに釣られて来たけど、戦意喪失した」

「朝霞クン、キャベツなんて今じゃ高級品デショ!? ロールキャベツ作ってあげるから頑張って! 白菜もゲットできたらミルフィーユ鍋にする~?」

「ロールキャベツもミルフィーユ鍋も食いたいけど、負ける気しかしない……」

「そこを何とか!」


 収穫祭についてはインターネットやメグちゃんの話での知識しかなかったけど、実際に来てみると一般の方……と言うか農産物がお得に買えるという話を聞きつけた主婦の皆様が歴戦の勇士のように俺たちの前に立ちはだかっている。


「越谷さんも誘ってくればよかった……そしたら越谷さんを壁にして人の波をかき分けたのに」

「うん、確かにこっしーさんなら当たり負けはしないけど先輩の使い方としては間違ってるね!」

「お前が壁になってだな」

「俺お米ダッシュ頼まれてるデショ!?」

「無理……キャベツ……無理だってマジで……」


 今年は台風や大雨の影響で高値になる農産物が多いという話は聞いていた。キャベツや葉物が大変なことになっていて、ウチの店でも塩キャベツ辛いね~という話をしてたから。

 そんなときにロールキャベツや豚肉のミルフィーユ鍋が食べたいと朝霞クンはこの収穫祭に意気揚々と参戦を決めたのに、このザマ。って言うか朝霞クンがこんなにネガティブなのって初めて見るよね~、新発見でしょでしょ~。

 俺は夢の国の開園ダッシュを決めるがごとく、少し遠い田んぼで売られるお米をゲットする担当になっている。お米とキャベツを同時に獲得するのはどう考えても物理的に不可能。つまり、両方を得たいなら朝霞クンも頑張らないとといけない。

 ただ、朝霞クンはお世辞にも足が速い方ではないし、鬼じゃない朝霞クンには殺気立っている主婦の皆様をかき分ける度胸があるとも考えにくい。普段スーパーのマネキンのバイトでは愛想良く話しているみたいだけど、戦場が違うから。

 開門の時間は刻一刻と近付いている。1分1秒単位で厳密に管理され、不正行為は断じて許されない空間。さっきから主婦の皆様に早くしろと詰め寄られている男子学生がかわいそうデショ。


「い~い? 俺はお米と豚肉頑張るから、朝霞クンはキャベツと、出来たら白菜頑張って!」

「わかってる、わかってるけど俺の走力と体力は察してくれ」

「ゲット出来たら~、俺特製の美味しいロールキャベツが待ってるよ~」

「……ビールと塩キャベ……」

「わかった、塩キャベツも作ってあげるから~、走って朝霞クン」

「よっしゃ、塩キャベ作ってくれるんだな」

「あからさまに目の色が変わったデショデショ……」


 それまで保険をかけるみたいにぐずぐず言ってたのが嘘のような目になったよネ。俺が知ってる朝霞クンの目。目標にギラギラしてて、好戦的、積極的な朝霞クン。鬼の朝霞Pが形は違うけど帰ってきたよね!

 今の朝霞クンにとってビールとつまみの塩キャベツがモチベーションになっているのは間違いない。動機はともかく、やる気があるのはいいことだから~。俺も期待に応えられるように頑張って走らなきゃね~。

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