真実の声

 秋学期が始まって、部活も本格的に活動を再開した。班長会議を経て大学祭のステージ要綱を受け取れば、朝霞クンにスイッチが入る。

 朝霞クンはさっそく作業を始めた。それを見守る俺たち班員も、ようやく始まったね~ってわくわくしてる。大学祭のステージは俺たち3年にとっては最後のステージ。朝霞クンが上げて来る台本が今から楽しみでしょでしょ。


「洋平、何か外ざわついてない?」

「そうだね~、どこかの班が何かしてるのかな?」


 つばちゃんの声に、意識をブースの外にやってみる。日高の声がする。珍しいコトがあったモンだね~、日高が表に出て仕事してるっぽい声だなんて。座ってふんぞり返ってる部長だとばっかり思ってたけど。


「ここです」

「では、失礼する」


 朝霞班ブースを外界と隔てるミーティングルームの扉の向こうからは、日高が誰かを通しているような雰囲気。って言うかこの声って裕貴さんだ。他にもぞろぞろと人がいるような気配がある。


「萩さん、本日はどのようなご用件で」

「ああ、宇部か。秋学期もよろしく頼むという文化会の挨拶回りだ」

「奥にどうぞ」

「いや、ここでいい」

「そうだぞ監査。ここで部の現状を報告すればいい」

「しかし部長、役員の見回りですし丁重に」


 裕貴さんが文化会のお仕事で放送部を見回りに来たようだった。その接待をしているのが部長の日高と監査の宇部P。だけどそれをここでやるかな~、扉の前だなんて。立ち話よりも、部屋の奥にある豪華なイスにでも座ってもらえばいいのに~。

 部長と監査、それと部活の前監査という組み合わせを扉の奥に認識したつばちゃんの目が変わっている。何かが間違えばこの扉を突き破って物騒なことになるかもしれないデショ。


「洋平、不愉快なんだけど」

「まあまあ。裕貴さんも忙しいし、すぐ終わるって~」

「ったく萩のヤツ、何だってこんなトコで立ち話なんか。アタシ外出て来るわ」

「つばちゃん」

「頭冷やすの」


 そう言ってつばちゃんが扉を押した瞬間だった。ミーティングルームの扉がビクともしない。扉止めがささっているワケでもない。押しても引いてもダメ。


「ちょっ、どーなってんだ外!」

「じゃあ、俺が押してみるよ。そ~、れっ!」

「あっ、ちょっと動いた! いいぞ洋平その調子だ!」


 は~、これ、明らかに人為的なヤツでしょ。俺たちは閉じ込められてる。外では、裕貴さんが不思議そうな感じで日高に尋ねている。顔が赤いがどうかしたかと。はは~ん、これ、日高が扉に寄りかかってるか何かしてるネ。


「日高、その後ろに何がある」

「監査、文化会監査を奥に通すといい」

「ここでいいと仰ったのは部長では」

「日高、後ろを見せてもらおう」

「何もない! あるわけないだろう!」


 位置関係的に、勢いよく扉をぶち破ったら裕貴さんと宇部Pが巻き添え食らうかもしれないし、あんまり手荒なことはしたくない。反逆罪と見なされて大学祭のステージに影響が出ても困る。俺がどうしようかと困っていると、後ろから舌打ちがひとつ。


「山口、台になれ」

「えっ、台?」

「肩借りるぞ。踏ん張れ」

「えっ!? ねえちょっと朝霞クン!?」


 言うが早いか、朝霞クンは靴を脱いでひょいひょいっと俺の肩に登った。とっさに肩の上にある足首を取って、支える。つばちゃんにも、俺がぐらつかないように支えてもらって。これで朝霞クンの頭が扉の高さを超えた。


「萩さん!」

「朝霞」

「この扉の裏には、朝霞班のブースがあります。俺たちは、こうしてミーティングルームの扉を閉じれば日高の目に入らないよう押し込められてます。今だって、日高は山口と戸田が扉を破ろうとしてたのを阻止してたはずです」


 きっと、裕貴さんになら朝霞クンの声は届く。そう願いながら、手にグッと力を込めた。


「どういうことだ、日高」

「朝霞のクセに! そんなのはデタラメだ!」

「では、今年度の放送部で起こっているいくつもの案件について、部長直々に説明してもらおう」

「ハン。何が起こってるって言うんだ。監査、お前が」

「代理を立てることは許可しない。日時はまた改めて通達する」


 次の部に行くと言う萩さんを宇部Pが見送っている中、日高だけはブツブツと恨み節を連ねていた。扉にかかっていた力がフッと軽くなる。用事もなくなったし、気を付けて朝霞クンを下していく。


「朝霞クン」

「……ああ、悪い。とっさにああしていた。肩は大丈夫か」

「うん、それは大丈夫~」

「フン、日高のヤツざまあみろ」

「だまあみろ、だけで解決しなくもなってる気がするけどね~。この先、何も起きなきゃいいけど」


 日高は絶対に何か仕掛けて来る。自分の身は自分で、それと班長の身を守らなきゃいけないよね。

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