冥府のほとりの陽だまりで

「こないださあ、宏樹が車に女を乗せてたんだよ」


 深刻そうな顔でちづちゃんが話を切り出す。その顔にかかる影は、出てきた名前にふさわしい。俺が長野っちと面識があるからっていう理由の相談なんだろうね~。でも、長野っちってああ見えて人当たりもいいし、女の子の友達くらいいそうだけど。

 お茶を一気にぐーっと飲み干したカップに、おかわりを注ぐ。それでそれで~、と、次を引き出していく。長野っちの近況については俺も気になるところ。同じサークルだからこそ知ってることとかも聞いてみたい。


「て言うか長野っち、車買ったの?」

「ほら、軽の2人乗りのヤツ。オープンカーにもなる、ほら、あれ」

「コペン?」

「それだそれ。そんな感じの名前だった」

「へ~、長野っちコペンなんだ~。うん、でも何かそんな感じするする~」

「そんな車に女連れだぜ!? ありゃ絶対何かあるね」


 うんうんとちづちゃんは頷き、自分の見た物の整合性を確認している。現時点で俺に伝わっているよりも多くの情報を持っているからそんなことが出来るのかもしれない。とりあえず、持っている情報は全部吐き出させなきゃでしょでしょ。


「それで、どんな子だったの~?」

「三つ編みでおっとりしてる感じ。でも宏樹の顔が気持ち悪かったし絶対何かあるなって」

「気持ち悪いって、もしかして笑ってたの?」

「そう。しかもいつもみたいな冥府の底から湧き出る陰気な感じじゃなくて冬の窓際みたいな穏やかさだったんだよ、ああ気持ち悪い。思い出すだけで鳥肌立っちゃうぜ」


 鳥肌が立った腕をごしごしとさするちづちゃんは、本当に恐怖に震えているみたいだ。普段はやいやいと言い争ってるみたいだけど、最終的に長野っちに捻じ伏せられちゃってるみたいだしネ。

 でも、長野っちだっていつも、ちづちゃんの言うところの冥府の底から湧き出る陰気な笑みを浮かべてるワケじゃないだろうし、それこそコミュニケーション能力は高い方だから顔の作り方も上手だと思うんだ。

 俺はやろうと思っても冥府の(略)笑みなんて浮かべられないから、もし朝霞クンが「次はホラーとか呪いをテーマにしたステージにする」なんて言い出した日には長野っちに弟子入りしなきゃいけないレベルだよね~。


「もしかしたら宏樹の弱みをつかめるかもしれないし、一度調査してみるかな、あの三つ編み子ちゃん」

「やめときなよ~」

「何だ、止めるな洋平」

「バレたら後が怖いデショ?」

「問題ない! 宏樹は基本口だけだからな! 腕っぷしも体も弱いのに口だけは達者なんだよ宏樹は。そうだそうだ。何かするって思わせる話術だけはいっちょ前なんだアイツは」


 今度は蒸気をシュンシュンと噴き出さんばかりの勢いで怒り出したちづちゃんは、何だかんだ長野っちと仲良しだな~って思う。もしその三つ編みの子の素性が分かって、もしも彼女だったりしたらちづちゃんはどういう反応をするんだろう。


「三つ編み子ちゃんがさあ、宏樹相手によくあんなほっこりする顔したもんだと思ってさあ。あれは男が宏樹じゃなきゃいい光景だった」

「あはは~……あくまで長野っちじゃなければ、なんだね~」


 そこまでちづちゃんが言うからには俺もちょっと気になってきたかな~なんて。長野っちがその子にどんな穏やかな笑みを浮かべてたんだろうって思って。

 でも、もし後を尾行したりして見つかったらやっぱり怖いでしょでしょ~。そういうのはちづちゃんにお任せして~、俺はその調査結果だけをこうやってお茶を出しながら聞いてる方がいいかな~、なんてネ。

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