烏の啼かぬ日

「宇部、今時間いいか」

「どうぞ」

「定例会の報告だ」


 対策委員が定期的に活動報告の義務を負うのと同じように、定例会に関する報告の義務もある。ミーティングルームの奥に進み、パーテーションで仕切られた監査席を伺う。幹部の席のスペースは朝霞班のブースより広くて落ち着かない。

 丸の池ステージも終わり、次にある大きなイベントは大学祭だ。まだ要項も出されていないこの時期にこんな部屋に来る奴もそういない。俺は宇部への活動報告と、作品の準備のために来ていたけど。


「合宿が終わって、インターフェイスで出る大きなイベントは春までない。ああ、あと作品出展がウチに回ってきた」

「そう。作品出展は朝霞班にお願いするわ」

「ああ。端からそのつもりだ。ラジドラのつもりでいるから台本が出来た暁には判子を頼む」


 俺がそう言うと、宇部は表情ひとつ変えることなく溜息を吐いた。ミーティングルームには俺と宇部以外に人はいないし、外から誰かが来る気配もない。これは、いつものヤツが始まる兆候なのだろうか。


「ところで朝霞、文化会の部長会にも各部活の活動報告という項目があるのを知っているかしら」

「いや、文化会のことはさっぱり。部長会で何かあったのか」

「文化会監査に丸の池のことで捕まったわ」

「え、ちゃんと見てたつもりだけど警備に不備でもあったか」

「いえ。文化会の監査が誰かは知ってる?」

「えっと、確か萩さんじゃなかったか」

「放送部の部長代理が文化会監査に捕まったと言うよりは、部の監査が前監査にお叱りを受けたと言う方が正しいわ」


 萩さんは宇部が尊敬する先輩で、放送部の前監査だ。先代の放送部に戸田のこと以外にトラブルがなかったのは萩さんの手腕によるものだと言われていて、とにかく出来る人だ。あと、越谷さんと仲がよくて、何故か萩さんは越谷さんを尊敬しているとか。

 俺から見ればPとしてもすごい先輩とか、越谷班だったということもあっていろいろ気にかけてもらったり、とても優しく接してもらっていたように思う。だけど、宇部にはかなり厳しく指導していたという印象は確かにある。師弟と言うか、そんな。


「丸の池のステージを萩さんも見に来られていたそうだわ」

「そうなのか。見回ってたのに全然気付かなかった」

「お忍びだったそうだから。気付いてたら真っ先に挨拶に伺ってるわ」

「それで、どうしたんだ」

「日高班の件よ。機密書類の管理が甘いとお叱りを受けたわ。ステージの台本とは言え著作権の発生するもの。その盗用は大問題だって」

「萩さんも知ってたのか。いや、まあ、越谷さんに愚痴っちまったし、伝わっててもおかしくはないけど」

「いいえ、越谷さんは関係ないわ。私が過去の台本に目を通しているのは萩さんの影響よ。それでなくても萩さんは越谷班を気にかけていたのだから、あの台本にピンと来たんでしょうね」


 よくよく見れば監査席の奥の方に佇むラックにはファイルがずらりと並んでいる。そして、そのガラス戸には鍵穴がある。きっと、このラックにはこの部活に関する様々な書類や文献が保管されていて、普段は鍵がかかっているのだろう。


「私は、放送部監査として萩さんから教えられた最重要事項をまだ守れていないわ」

「最重要事項って?」

「それは口外できないの。代々監査だけに伝わる部長すら知らない放送部の機密よ」

「何か、大変だな」

「あなた、時々そうやって他人事のような返事をするわよね。確かにあなたには幹部や文化会のことは他人事だけど。そこまで俺には関係ないという空気を出されると、いっそせいせいするわ」

「悪い、そういうつもりはなかった」

「いいえ。良くも悪くもステージのことしか考えてない人間が部に1人は必要だわ。それとも、今は作品出展のラジオドラマかしら」


 私もこのままで終わる気はないから、と宇部は不敵な笑みを浮かべて机の前に立つ俺を見上げた。作品出展の台本への判子はもちろん内容を見てからよ、と釘を刺すのは忘れない辺りが宇部だ。


「ところで、大学祭のステージ要項はいつ頃出るんだ?」

「焦らないで待ってなさい。そのときになったら知らせるわ」

「一応聞くけど、やれるんだな」

「あなたが死んだり、辞退しない限りね。あくまで私の意向では、だけど」

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