夢へと続く道
「ただいま~」
「おかえり~」
「ちづちゃん当たり前のようにうちにいるよね~」
昼を作ろうと思ったら、冷蔵庫の中身が残念だった。どうやら買い物に出かけてた間にお客さんが来ていたらしい。ちづちゃんがリビングのソファーで雑誌を読んでいる。よくあることだから驚きはしないけど。
ただ、うちはついさっきまで留守にしていたのにちづちゃんが家の中に入ってこれるはずもなく。鍵を持ってる誰かがいるんだろうけど。まあ、そのうち降りてくるだろうから、ほっとこ~。
「ちづちゃんご飯は~?」
「洋平が作ってくれんの?」
「そのつもりで買い物に行ってた~」
「食べる食べる!」
「じゃあ3人前ね~」
俺とちづちゃんは高校の同級生。俺はサッカー部で、ちづちゃんはサッカー部のマネージャーで結構仲良くしてて。でも、一般的にはそれだけじゃちづちゃんがこうやってうちに上がる理由にはならない。
「ちづちゃん、航平は?」
「着替え。あと荷物置きに行ってる」
そうやって話題に上ったからか、ドタドタとこちらへの足音が大きくなる。も~、床が抜けちゃうヨ。そこまで古い家でもないから大丈夫だろうけど、大の男は家の廊下をドタドタ走らないものでしょ~?
「兄ちゃん帰ってきてるー!? 兄ちゃーん!」
「ちょっ、航平俺今包丁持ってるから飛びつくのはダメ~!」
「クソッ、ブラコンめ」
「ちづちゃんも愛されてるジャない」
「いンや、絶対アタシより洋平の方が好きだぜ航平は」
「比べられないから! 兄ちゃん何か手伝おっか!?」
「あ~、帰ってきたばっかで疲れてるだろうし~、リビングで待ってて~」
俺の気配を察知してドタドタと台所に駆け込んできたのが弟の航平。歳は1コ下。航平は今サッカーでご飯を食べてて、ゆくゆくは国を背負って立つんだと頑張っている。決して近くはないエリアに住んでるはずなのに、何故かオフの度に帰って来て~。
彼女のちづちゃんも引く航平の兄好き、ブラコンについては知ってる人は知ってる。雑誌とか地元メディアでも事あるごとに兄ちゃんが~と喋っているらしい(とは伊東クンが言ってたけど伊東クンはどこで“地元メディア”の情報を入れるんだろう)。
余所の家の男兄弟と比べるとちょっとベタベタしてるような気がしないでもない。朝霞クンに航平がね~と話すと、お前の弟は可愛げがあっていいなって遠い目をして言ってたし(朝霞クンの弟は超エリートで、朝霞クンを見下してるんだって)。
「航平もご飯食べるでしょ~?」
「食べる! むしろそのために帰ってきた!」
俺がサッカーを辞めたときに、周りからは何で辞めるんだって責めるように問いつめられたこともあった。でも航平は「兄ちゃんがそうしたいんならいいじゃん」と受け入れてくれた。俺がサッカーをしてなくたって、ずっとヒーローなんだって。
前に航平が、俺は自分の夢と周りの夢が同じだから楽なんだって言ってたことがあった。航平自身サッカーを続けたいと思っていて、周りも航平にはサッカーで頑張って欲しいと思っている。
だけど、俺は違った。周りの人は俺にサッカーを続けて欲しかったんだろうけど、俺はサッカーに未練がなかった。サッカーを辞めた後の人生のことを考え始めてしまったから。
じゃあサッカーを辞めた俺が何をしたいのかと言えば、いつか自分の店を持ちたいと思っていて。いろんな人が集まる飲み屋。そこにある人間模様やドラマに惹かれていて。包丁に慣れるのは、その通過点。夢へと続く道。
「はい、鶏マヨサラダ丼で~す」
いただきますと同時にがっつく航平と、その航平が頬につけた米粒を取るちづちゃんを見てこういうことなんだろうなあと思う。いろいろな人の人間模様、ドラマ。遠距離恋愛が上手く行ってるのは頻繁に帰ってくるからっていうのもあるんだろうネ。
「家を建てれるくらいお金もらえるようになったら、兄ちゃんの店も建てるんだ」
「気持ちは嬉しいけど、まずは自分の家庭を大事にしなよ、航平」
「そうだぞ航平。彼女の前だぞ」
「ちづちゃんとは2人の時にいちゃいちゃしてるじゃん! 兄ちゃんとはたまにしか会えないんだよ! 俺から兄ちゃん盗ってくとか怒るよ!」
「盗らない盗らない」
「うん、俺はみんなのステージスターだし~、強いて言えばP以外の誰かの物にはならないから~、ちづちゃんだけを愛してあげて~」
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