ブラック・レギュレーション
オレの欄がAという文字で埋まった凶悪な紙を突きつけられ、仕方なく指示された日時、場所へ向かうと轟音が鳴り響いていた。ドラムとベースが思い思いにジャカジャカと。なるほど、キーボードを持ってこいと言われたのはそういうことか。
「春山さん、来てやったぞ」
「よーう、逃げねーで来たかリン」
「フン、あんなシフトにされてたまるか。で、用件は何だ」
「ああ。バンドをやりてーと思ってな」
「バンド?」
「ああ。ジャズバンドだ」
そう言う割には先ほどからドラムの男が立てている音にジャズの要素があまり感じられんのは気の所為だろうか。と言うか、この男をどこかで見たような気もするが、この手の黒縁眼鏡をかけた男などごまんといる大学でいちいち気にするだけ無駄だろう。
春山さんによれば、気紛れでバンドをやりたくなることがあるそうだ。だが、自分と合う奴を探すとなると条件が狭まるとかで。まあ、そうだろうな。この凶悪で傲慢な人とバンドをやれる奴がそういないというのは納得する。
「っつーワケで和泉に声をかけたんだけど、コード進行出来る奴がいなくてよ」
「それでオレを巻き込んだ、と」
「私の人生のためだ。2ヶ月だけ頼む」
「何故オレがアンタの人生のために動かねばならん」
「――と、言うと思って作ったのがあのシフト表だろうがよ。察しろよ、自称今世紀最後の天才サマ」
「自称は余計だ」
オレはセンターでのバイトでは主にB番、自習室を担当しているが、A番の受付に入ることは稀だ。何故かと言えばA番が圧倒的に向かんからだ。春山さんに受付不適合者と言われて久しい。そのオレをA番のみにぶち込んだシフト表を作ることの意味だ。
下からニヤニヤと嘗めるように睨み上げる春山さんの死んだ視線が粘着的で、心底不愉快だ。ひと月かふた月かは知らんがその程度なら耐えれんことはない。そう思いたいが実際やるとストレスでこの人のような目つきになりかねん。
「2ヶ月だけですよ」
「よっしゃ、そう来なくっちゃ」
「やったね芹ちゃん」
「メンバーが揃ったところでさっそく始めるか」
ん? そういや何回か前にA番に入っていた時に見たのか、この男は。春山さんのことを芹ちゃんなどと奇妙珍妙極まりない呼び方をしていた男など、そう忘れることはない。確かあの時春山さんは受付机の下に潜り込んでこの男から逃げていた。
あのとき聞いた事情を思い返していくと、ひと月かふた月くらいのA番中心シフトくらい耐えた方が良かったのではないかと思い始めてきた。子作りがどうこう言っていたな、確か。なぜもっと早く思い出せなかったのだ。
「学祭の中夜祭でやるステージに出ることになってっから。そのつもりでいろよ」
「はあ」
「で、オリジナルも何曲かやるし、次の合わせまでに書いとけよ」
「はあ。――って、待たんか。オレが書かねばならんのか」
「書けるだろ」
「しかし、ジャズなど」
「ナニ、別にガチガチのジャズじゃなくたっていーんだよ、何でも。和泉だって普段はロックだし。いろいろ混ざってる方が楽しいじゃねーか。それとも何だ? お前の誕生日にくれてやった芹サンお勧めジャズ詰め合わせは飾りになったのか? あァん?」
そう詰め寄りながら例のシフト表をひらひらと翳してくるところが悪質だと言うんだ。それに、例の詰め合わせは興味深く聞いたが、まさかここに繋がってくるとは読みきれなかったのはオレの詰めの甘さか。
「わかりましたよ、やればいいんでしょうやれば」
「投げやりなのが気に入らねーが、まあ、そういうこった。よし、ある程度じゃかじゃかやったら芋パやるぞ芋パ」
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