across the sky

 菜月先輩のどこが可愛らしくて、どこが愛おしいのかと聞かれれば、電話越しの様子だと答えるだろう。もちろん、すべてを語れと言われても俺の語彙では言い表すことなど出来ないのだけど、一言で言うなら「可愛い」に尽きる。

 夜10時、部屋でゲームをしてたら電話がかかってきた。誰だよせっかくノッてるのにと思いつつ渋々電話に出ると、その声を聞いた瞬間コントローラーの方が蚊帳の外に追いやられる。ゲームと菜月先輩を比べることなど出来るはずがないじゃないか。


「もしもし、いかが致しましたか」

『星が綺麗なんだ』

「星ですか?」

『流星群、今日だぞ。知らないのか?』


 窓を開けて、空を見上げてみる。ラッキーなことに雲はない。向島エリアは星港市こそ都会だけど、そこを抜ければどこも田舎だ。うちの周りだってコンビニ以外に24時間営業の店はないし、星を見るにはあまり不自由しない。

 菜月先輩は星を眺めるのが好きらしい。昼放送でもたまにそんなトークテーマの回があるし、ゴミ捨てのついでに星を眺めながら散歩をしているそうだ(夜遅くに女性一人での散歩は危ないので自粛していただきたいのだけれども)。


「申し訳ございません、星に関することは守備範囲外でした」

『まあいい。今からでも付き合え』


 流星群を見るのにお付き合いするということは、メガネがあった方がいいだろう。夏でよかった。冬だったら凍えながら星が流れるのを待たなければいけないけど、夏だから寒いということはない。


「菜月先輩、そちらはどのような空模様なのでしょうか」

『雲はない。星を見るには最高だ』


 菜月先輩はお盆ということで緑風エリアのご実家に帰省されている。山を隔てて北か南かで天候は大きく変わる。今日は向島も緑風もいい天気のようだ。もしかしたら同じ瞬間を共有出来るかもしれない。

 あっ、と電話越しに声が聞こえれば、俺も空を見上げる。どこを何が走っていったのかと。ただ、大体はそれが消えてしまった後で、俺は溜息ばかりを吐いている。反応が遅れるのは、目よりも耳に意識が向いているからだと思う。

 俺が流星の軌跡をワンテンポ遅れて追っている様が面白いのか、菜月先輩は時折くすくすと笑っている。菜月先輩にはきっと映像で再生されているその情景の中にいる俺は、さぞ間抜けな顔をしているのだろう。


『はー、10個見つけたから一段落だな』

「えっ、まだ30分しか経っていませんが。この短時間で10個も見つけられたのですか?」

『1時間で45個を目指してたんだぞ』

「そんなに!?」

『でも、夜明けまではさすがに起きてられないし。これからまだ増えるだろうけど』

「俺なんて5個も見られたかどうか」

『その辺は家の周りの条件もあるだろ。街灯とか、店とか』


 カラカラ、と窓の閉まる音が聞こえてきた。流星群の観測を終えて満足した様子の菜月先輩の様子が鮮明にイメージできる。菜月先輩のご実家の部屋の間取りなどはわからないけれど、きっと下宿先のように青い部屋着だろう。

 流星群の観測は終わったけど、もうしばらく話は続く。菜月先輩との電話で何が幸せかと言えば、こうして話すことが出来るのもそうだけど、だんだん声が変わって来るところだ。

 電話をしていて夜も深くなると、菜月先輩はおねむになるのか声が甘くなる。サークル室で見る凛とした佇まいとは違い、まどろんだ声。菜月先輩に甘えられているというような錯覚、妄想、多幸感。

 そして、いつしかそれが寝息に変わったのを確認すれば、俺は一言「おやすみなさい」と声をかけて電話を切る。きっと今日もそうなるだろう。今はまだ、先輩の声もはっきりしているけれど。


「あの、菜月先輩」

『ん?』

「俺も流れ星を自力で10個見つけたいので、どうかお付き合い願えませんか」

『ったく、しょうがない奴だな』

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