いつもの脅しと実地調査

「スマホの予備バッテリーオッケー、ICレコーダーオッケー」


 飯野の部屋に急に呼び出されたかと思えば、どこへ出かけようとしているのか、荷物の準備に付き合わされている。ゲームで築かれた要塞のようなこの部屋は、いつ来ても落ち着かない。


「というワケで高崎、俺の勉強に付き合ってくれ」

「は?」

「春学期終わってからさー、安部ちゃんに呼び出されたんだよ。夏の課題ちゃんとやんないと単位厳しいぞーって」

「この時点ですでにヤバいとかさすがだな」

「っつーワケで、星ヶ丘のイベントに引き続いて向舞祭に乗り込むことにした。付き合え高崎、星港だったらお前地元だろ!? 頼むよ~、心の友よ~、相棒~、親友~」


 飯野がおいおいとすがりついてくるのも毎度のパターンとは言え、行き先が向舞祭とかめんどくせえヤツだなと。地元だろとは言うが、地元だからこそ近付きたくねえ。向舞祭のときに星港市中心街に近付くなんて自殺行為だからだ。

 向舞祭というのはよくあるよさこい系の祭りで、向島エリアの至る所にサテライトステージが設けられる規模の祭だ。熱気だとか人がとにかくすげえ。思うように動けねえし、最悪具合悪くなるし、とにかく近付きたくねえんだ。

 こないだも飯野に引きずられて星ヶ丘がやってるステージに行ってきたが、どうして急にそんなところに行くことになったのか、安部ちゃんの話を聞いて納得した。飯野は飯野なりにケツに火がついたようだった。


「言っとくけど高崎、単位がヤバいのは俺だけじゃないんだぞ。安部ちゃんに呼び出されたとき、何て言われたか聞かせてやろうか」

「ああ、聞かせてもらおうか」


 高崎君もねー、このペースだったら出席がちょっと危ないよねー。あっそうだ飯野君、高崎君と一緒にフィールドワークして来たら? 高崎君に、君のレポートの出来に応じて0.5回か1回おまけするよって言ってみなさい。


「って言ってたんだけどなー」

「0.5から1回か。仮に1回がもらえるなら確かにデカい。つかお前こないだ星ヶ丘のステージにも付き合ってやっただろうが」

「あれはあれ、それはそれ。付き合えば付き合うだけ出席1回に近付くだろ」


 飯野の研究テーマは祭とコミュニケーションにいついてのあれこれだ。大学祭実行委員なのも上手く働いているし、向舞祭のような祭に出かけて資料を集めるだけでも十分後々ラクになるだろう。

 だけど、学生のレポート指導を俺に投げる安部ちゃんも安部ちゃんだ。俺も出席という意味で単位がすでに危なくなっていたとは。秋学期になれば劇的に出席状況が改善するとも言えねえし。ああ、手の上で踊らされてやがる。


「つかお前だったらゲーム関係の論文の方がいいんじゃねえか」

「何でゲームと勉強を絡めなきゃいけないんだ」

「まあ、そりゃそうだな」

「とにかく、向舞祭行くぞ! わかったな高崎」

「はいはい。付き合えばいいんだろ、付き合えば。安部ちゃんにちゃんと俺が付き合ってやったって言っとけよ」


 ただ、飯野のことだから向舞祭の会場についたら資料集めどころではなくなりそうな気がする。ああ、なるほど。祭の雰囲気に呑まれて本題を忘れそうになってやがったら軌道修正させるのが俺の役割か。


「つかよ、飯野」

「ん?」

「付き合うのは1日だからな。盆とか稼ぎ時なの知らないワケじゃねえよな」

「知ってます知ってます、資料集めが終わって帰ってきたらビール出せばいいんだろ? ベーコンも買ってきとくし」

「うーん、それだけじゃねえんだが、ビールはありがたくもらう」

「飲むんじゃねーか」

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