誰も知らない

 私は、見てはいけない物を見てしまったのかもしれない。それとも、これは夢か幻か。照りつける太陽が判断力を奪い幻覚を見せているのだとしたら、その方が断然マシだったと思う。

 丸の池公園で行われる星ヶ丘大学放送部のステージは、部の一大イベント。どの班も、丸の池ステージに対する意気込みは並大抵じゃない。元々公園に立つ屋台の効果もあって、お祭りムードが高まるのが嫌いじゃない。

 だけど、日高班のステージを見て私は目を疑った。私の記憶が確かなら、このステージを知っている。厳密に言えば、それは決して世に出ることのなかった台本。適当な理由を付けられて没にされた作品なのだ。


「宇部P」

「洋平。警備はいいの?」

「日高班がステージをやってるってことは、警備の監視の監視も緩いはず。だから俺たち朝霞班に対する監視は緩くなってるデショ?」

「そうね。あなたたちの監視を命じられた者たちも、日高班のステージが始まった途端羽を伸ばしているもの。休むなら今。賢明な判断よ」


 木陰で遠巻きにステージを見る私の後ろから、洋平が声をかけてくる。あくまで朝霞班は警備巡回中の体。他の人には見つからないよう、物陰から。目を合わさずに、そのままの体勢で会話を続ける。


「朝霞は?」

「朝霞クンだけは監視が厳しいまんまだね。どうしても準備させたくないみたい」

「本当に馬鹿ばかりね」


 昨今の公園事情を憂いだ文化会の監査から、ステージをやるに当たって十分注意するよう勧告があった。日高の一声で朝霞班に警備の仕事がすべて押しつけられたのは、当日のステージ準備をままならなくするためでしょう。

 朝霞班が警備の仕事をちゃんとやっているのか、さぼっていないか監視するための人員まで設けてある。私が彼らに話を聞くと、日高の指示だと。自分たちもそんなことよりステージの準備がしたいと嘆いていた。彼らには隙を見て自分の作業に回るよう言っておいた。


「宇部P、それよりこのステージ」

「ええ。私も思っていたわ」

「監査って就任してから提出された全部の台本に目を通すんだよね? あれっ、でもこれは1年のときのだから」

「時間があった時に、不採用分を含めて過去5年分の台本に目を通したわ。日の目を見ていない台本だもの。盗用したところでまず気付かれないわ。日高班は通し練習にも参加していなかったし、随分秘密主義だとは思っていたけど」


 洋平によれば、朝霞は日高班が通し練習に参加せずそれを眺めていただけだったのを「書けないから出てこれないんだろ」と吐き捨てていたそう。どうやら朝霞の見立ては半分正解。

 厳密には、台本を書けないから過去の作品から盗用した。それが公になると面倒だから、通し練習やリハーサルなどに班として参加することはしなかった。……と、すると、朝霞の監視を緩めない理由がもうひとつ生まれる。暴動、反乱の阻止。


「俺、知ってるよ。この台本、朝霞クンと雄平さんが――」

「最後まで言わなくていいわ。言ったでしょう、過去5年分の台本に目を通したって。それでなくても気付くわよ。荒削りだし越谷さんの色もまだ強いけど、これは確かに朝霞の作品よ。随分と改悪されてしまったようだけど」

「……部長は、朝霞班の力量をわかってないね」

「どういうこと?」

「この台本、今年の台詞も組み込まれてるよ。通し練習で見たのをそのまま入れたんだろうね台本に。先に言った物勝ちだもん。でも、俺にはその場の空気でより適切な言葉に変える能力がある」

「……そうね」

「宇部P、メグちゃん」

「ええ。……いつまでこんなことを続けてればいいのよ…!」


 朝霞班に対する監視網が、こちらに気付く。何をしていると訊ねられると、洋平は「見回り中の異常報告をして~、監査に対処方法の相談をしてたんだよ~」と軽快にかわす。この監視網がまず腹立たしい。全員薙払ってしまいたい。


「私にもっと力があれば、あんな男の首くらいすぐにはねて――」

「メグちゃん。宇部Pの発言としては、少し」

「……報告はそのくらいかしら。終わったなら、見回りに戻ってちょうだい」

「は~い、行ってきま~す、でしょでしょ~」

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