自然体もほどほどに
向島大学の情報科学科では、2年の秋学期からゼミに仮所属をすることになっている。で、3年になってから本格的に研究を始めるということらしい。制度は学部によって違うけど、少なくとも情報はこんな感じだ。
ゼミ希望届を出したら案外すんなりと通ってしまった。ここまですんなりと入れるものかと拍子抜けもしたけど結果オーライだ。そして設けられたゼミ見学日。野島ゼミの研究室に足を踏み入れる。
「な……」
ナンダッテーと驚きそうになったけど、見学日だからと特別気合いが入っている体で出迎えられるのも気が引ける。先輩たちはかなりリラックスした様子でいらっしゃって、自然体の雰囲気を見てもらおうということ、なのか…?
「あー、今日見学に来る子?」
「はい。野坂雅史といいます」
「つっても今日人あんまいないし、ダベってるだけなんだけどいいのかな」
俺の応対をしてくれている先輩によると、野島ゼミは日中よりも夜の方が活発に動く人の多いゼミだとか。春学期の課題提出は終わったところで、夏休みの課題にはまだ日程的余裕がある。マジメに勉強をしに来る人はそういないだろうと。
ただ、見学日がこういう日に設けられているということは、見せる余裕があるということなのかもしれない。それに、先輩方の研究の邪魔をしてもいけない。これはこういうものとして見ていくことにした。
「おーい、磐田ー」
「はーい。あっ、はーい」
部屋の奥の方から少し高い声が聞こえて、ひょっこりと誰かがこちらを覗いている。だけどすぐさまその頭は引っ込められた。とりあえず座ってと誰かの席のイスを差し出されたので、恐る恐る座る。
「えっと、何もないところだけどごめんね」
「あっ、すみません」
さっきの少し高い声の主であるメガネの先輩が、お盆にお茶を乗せて持ってきてくれる。何か、こんなに至れり尽くせりで申し訳なさすら覚える。って言うかおーいとしか言われてなかったのにお茶が出てくるってすごいな。
「って言うか前原君俺の席」
「あー、他の奴が急に来てもめんどいしお前の席ならいいかと思って」
「あっ、もしかして俺が今座っているこの席は」
「あーいーのいーの座ってて座ってて俺は床に座るしむしろ俺は床がお似合いだし! 一生床に這い蹲ってろって感じだよね! あっ、俺は
「磐田先輩。よろしくお願いします。あ、そう言えば先輩のお名前を伺っていませんでした」
「あー、そういや名乗ってなかった。
「前原先輩。よろしくお願いします」
せっかく見学に来たのにこんな雰囲気でどん引きでしょごめんねと磐田先輩が謝ってくれる横では、猫の皮か化けの皮か知らんけど変なモンカブって後から幻滅する方がショックだろ、と前原先輩がパチスロ雑誌を読んでいる。
これに似たようなこと……猫の皮か化けの皮についての話がどこのサークルの“ゲッティング☆ガールプロジェクト”とは言えないけど、どこかのサークルで見たなあと思い返される。化けの皮を用意しない方がいい風に働くことは知っていた。
「磐田ー、金貸してくれー」
「パチスロに使うなら貸さないよ」
「こないだ実家に帰る用の金スッちまってよー、ヤバいんだわ」
「何でそれを使っちゃうのもう! 俺だって帰らなきゃいけないんだからね」
「お前山羽なんかすぐそこだろーがよ」
「前原君が思ってるより遠いんだからね俺の実家はー」
だ、大丈夫だろうか。ただ、マジメにやってるときはちゃんとやっているという言葉を信じるしかない。今は課題の中休みなんだ、きっとそうだ。俺は俺なりにやれるようにやる、ことが出来るだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます