金色の“格”
「あーさーかークン」
「話しかけるな」
人が追い込みの作業をしてるっていうのに、山口の奴は暢気な顔をして話しかけてきやがる。台本が上がってないならともかく、今はもう練習だって何だって出来るはずだ。
確かに、戸田と源は1・2年生らしくテストでカツカツ。今現在ブースにいるのは3年で履修コマ数に余裕のある俺と山口だけだ。戸田や源がいないなりにやることはあるだろうに。
「朝霞クン今日誕生日だし、明日は土用の丑の日ということで両方を同時にやろうと」
「ステージ前に誕生日もクソもあるか。それに、土用の丑だ? なんだ、鰻でも食いに行くのか。圭斗じゃあるまいし」
「松岡クンのことはわかんないけど~、同時にやるっていう効率を大事にしてみました~、でしょでしょ~」
俺の誕生日なんかぶっちゃけどうでもいい。俺以外の3人に関しては日程的にも余裕があるし、3人の誕生日が3日連続と固まっているからお祝いムードになるのも仕方ないし、それはそれで楽しいからいいと思う。
今現在、決して余裕があるワケでもないのに山口の相手をしてやっている俺は神か聖人か何かか。こいつはわあわあと盛り上がっているが、俺の誕生日が朝霞班のステージに何か利益をもたらすのか。
「そこで~、これなんだけど~」
「誰にも邪魔されず作業をしたいっていう俺の意思は無視か」
「ゴメン、今は無視させて。5分だけ」
声の調子と話し方を露骨に変えやがった。こうなると、コイツは俺が何を言っても引き下がらないだろう。ステージスター・山口洋平ならともかく、素の山口洋平には俺のことを上から押さえつけるなど容易いのだ。
「実は丑の日が“う”で始まる食べ物なら何でもいいって話は朝霞クンも知ってるよね」
「ああ」
「今日のために“う”で始まる食べ物を用意したから食べてほしいんだ」
「鰻か? うどんか? そうじゃなきゃ梅干しに、瓜くらいか。そんなの食う気になれないぞ」
「想定済み。ただね、俺を甘く見てもらっちゃ困るよね。これを見たら朝霞クンでも食べたくて食べたくて仕方なくなっちゃうだろうなと思って取り寄せたから」
ドン、と目の前に置かれたのは保冷バッグ。どうやら冷たいものが入っているらしい。つーか、取り寄せたって言ったよな。俺に食わせるためにわざわざ。正真正銘の馬鹿じゃないのか。
「じゃーん。どう?」
「うっ…!」
「烏骨鶏プリン。ちゃんと“う”から始まるし、土用卵って言うくらいだしね」
眩く輝く金色の誘惑。正直に言ってしまえば、俺の負けだ。
このプリンのことは前に向島勢と飯を食ったときになっちと話していた。藍沢エリアにある店の物で、テレビでも何度か特集されていた。なっちは実家が近いからともかく俺は取り寄せるしかないしなーと泣く泣く諦めた曰くつきのプリンだ。
藍沢辺りに残る風習にちなんで土用餅ってことであんころ餅も取り寄せたよ、などと解説しながら山口はしてやったりの目をしている。悔しいが、コイツには俺が今何を考えているのか筒抜けだろう。
「朝霞クンどうする? えっと、まずつばちゃんとゲンゴローにあげるでしょー? 俺も食べたいし、朝霞クンが食べないならこっしーさんにあげようかな」
「山口」
「どうしたの?」
「えっと、その……」
悔しさやら何やらで言葉が出てこない。あらゆる点で既に負けているというのに。プロデューサーとしての意地なのか、プライドなのか。そんなようなものが邪魔をする。そんな俺を見て、山口は笑みを浮かべた。
「意地悪してごめんね。誕生日おめでとう、朝霞クン。これで元気出して、ステージ頑張ろうね」
保冷バッグから出てきたプリンとスプーン。俺はそれにありがたく手を合わせ、一口一口を大切に味わった。ステージ前のプリンは振って飲むのが基本ではある。だけど、これは振って飲み干せるようなプリンではない。プリンにも格がある。
「後からみんなでもう1回食べようね」
「えっ、俺2個?」
「今あげたのはみんなで食べるのとは別の、朝霞クンのためだけのプリン。あっ、あんころ餅も食べてね。だるさや夏バテにいいって科学的に証明できてるから」
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