月の夜に会いましょう

「よう裕貴」

「どうしたんだ雄平、急に呼び出すとは。何かあったのか」

「就活と選挙でちょっと実家戻ってたから、いつものヤツ買ってきた」

「おお、本当か」


 紙袋から取り出されたのは、光洋の月という光洋エリアの土産物だ。雄平は光洋エリアの出身で、住民票は実家に置いたまま向島エリアに下宿中。就職活動は基本的に地元の光洋か首都の東都で行っている。

 光洋エリアの土産と言ったら、菓子のジャンルなら鳥サブレが有名だ。俺も鳥サブレは好きだ。しかし、一度雄平が自分用に買ってきていた光洋の月と出会ってからは、俺に土産を買う機会があればこれがいいと頼み込んだという経緯がある。

 カステラ生地でカスタードクリームを包んで蒸した菓子が俺の好物だ。よくある菓子だし、地域性はないだろう。しかし、実際に食べてみれば違いは歴然だ。光洋の月は生地のしっとりさとクリームの滑らかさがこれ以上ないほど素晴らしい出来だ。


「お前ホントこういうの好きだよな」

「これまでにいくつかこの手の菓子を食べたが、光洋の月が一番美味い。次点は」

「あー! いい、いい! 長くなるだろ、その話」

「簡潔にまとめるつもりだったが」


 簡潔にまとめるつもりだった話を雄平に断ち切られるも、どうあっても話さなければならないこともなかったからそれはそうと納得をする。興味が湧いたときに聞いてもらえればそれで。


「雄平は卒業研究もあるだろう、忙しいのではないか」

「まあ、それはなるようになるとしか。別にそればっかりで時間取られてカツカツっつーワケでもないしな」

「せっかくだし、食事にでも行かないか」

「おっ、いいな。たまには飲むか」


 いい気分のまま、今日の予定を埋めていく。どこで、何を食べ、どのように飲むかなどを話し合って決めていく。雄平の部屋と言うよりはどこかの店で。ゆったりとした雰囲気で、ちびちびと。


「雄平、水鈴も呼ぶか」

「呼ばなくていい。アイツがいるとめんどくさいことが始まる」


 水鈴の名前を出した瞬間、雄平の表情がわかりやすく曇った。そう言えば、先日インターフェイス関係の友人と水鈴たち姉妹が雄平の部屋に押しかけてきたと聞いた。その記憶がまだ脳裏に焼き付いているのだろう。

 よく言えば親しみを持たれているということなのだろうが、このままだと本格的に水鈴を嫌いになりそうだと雄平は溜息を吐く。今は別に嫌いじゃないし、友人としては悪くない付き合いが出来ると思っているのに、と。


「そうか。じゃあ、今日は2人でじっくりやるか」

「そうそう、その方向で行こうぜ裕貴」

「予算はどうする」

「あー、予算なー。全然考えてなかった」

「普通に飲むとなるとまあまあかかると思うが」

「と、なると……」

「“玄”か。もし洋平がいたら俺たちは空気だと思ってくれと断っておくか」


 あとは朝霞がふらりと現れないことを祈るだけだな、と雄平は覚悟を決めたようだった。出来るだけ知り合いと顔を合わせる確率を下げたかったようだが、如何せん学生の身分では資金という問題が付きまとう。

 その点、玄という居酒屋では洋平がアルバイトをしているという関係で多少割り引いてもらえるという事情があり、表現は悪いが“まんまと”リピーターと化している。


「もし洋平がいたら、裕貴さんの誕生日なんで何かつけときますね~とかって言いそうなモンだけどな」

「雄平。知っていたのか」

「生憎、お前の一番喜ぶモンが光洋の月以外にわかんなかったけど」

「お前の気持ちに感謝して、大切にいただこう」

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