真実とプライド

 宇部恵美から呼び出されたのは、今は物置と化している部室。アタシを取って食うとかじゃなくて、あくまで対策委員の活動報告を受けるため。

 電気もついていない部屋に恐る恐る足を踏み入れると、スピーカーから音が少し漏れている。誰かが機材に触っているようだ。上手くはないけど、下手でもない音の繋がり。


「戸田さん。思ったより早かったわね」

「宇部恵美。アンタPなのにミキサー触れんの?」

「上手い下手はともかく、ミキサーを触れるプロデューサーは珍しくないわよ。あなたの班長もそうでしょう」


 一言で言ってしまえば陰気臭い部屋だ。せっまいくっらい部屋にこれでもかと荷物が押し込めてあって、申し訳程度に機材だけは守られているけど埃臭い。


「夏合宿の班も決まって、顔合わせもパラパラと。はいこれ。一応班割りと、合宿の詳細書いた書類」

「ありがとう」


 そう言って宇部恵美は書類に目を通している。つかこんな暗い部屋でよく文字なんか読む気になるな。


「あら。鳴尾浜も参加するの? 鎌ヶ谷班のステージは大丈夫なのかしら」

「アタシに聞くなよ」

「そうね、ごめんなさい。あなたは3班の班長なのね」


 アタシが率いることになった3班はもう顔合わせを済ませて打ち合わせに入っている。ウチの班の目玉は何と言っても向島の三井。コイツがどうやらかしてくれるか。

 だけど、ちょっと気になることがあったんだよね、打ち合わせの場で。三井がアタシに聞いて来たこと。アタシの知らない話題だから、多分今の3年生が1年の頃の話。


「宇部サン、アンタ1年の頃インターフェイスのイベントに出てたの?」

「それが?」

「向島の三井に「メウちゃんは元気?」って聞かれたよ。それ、アンタのDJネームだよね。あ、そうそう。洋平にウラは取ったからしらばっくれんなよ」

「隠してたわけじゃないわよ。そうね。1年の夏合宿までは向島インターフェイス放送委員会のイベントにも出ていたわ。メウと云う名のミキサーとして。ところで、彼は何て?」

「洋平?」

「いいえ、三井よ」


 三井の話を思い出すと、自然と怒りが込み上げた。別にアタシが言われたことじゃない。宇部恵美が言われてることなのに。それを察したのか、宇部恵美は何を言ってもあなたを怒らないわよとアタシを宥める。


「以下現文ママね」


 メウちゃん最近見ないけど、元気にしてる? でもやっぱり星ヶ丘の人ってそういうところあるよね、冷やかしって言うか遊び半分で出て来ると言うか。きっとあの子も僕らとのレベル差に怖気づいて出て来れなくなっちゃったんだろうけど。困るんだよね~、そういう人がいるとこっちも対応が難しくなっちゃうし。でも、学校でも大したこと出来てなさそうだよね、星ヶ丘の話って聞かないし。


「大体こんな。これが全部じゃないけど今は腹立って思い出せない」

「相変わらずあの男は勘違いが甚だしいわね」

「マジでぶっ飛ばしてやろうかと思って」

「私はあなたの暴走を止める立場で、他校とのトラブルを起こさせないようにする義務があるわ。だけどね、私は気の長い方じゃないの。私たちの活動を知りもしないでそんな口を叩ける神経がどうかしてるわよバカなんじゃないの童貞拗らせて女の尻ばかり追いかけてる男がいっちょ前に玄人面してるインターフェイスの現状すら疑うわよ定例会は何をやってるのよ大体議長も向島じゃないの朝霞はよくそこまで言われて黙ってるわね鬼とまで呼ばれた男が角を折られたの!?」


 あまりの剣幕で捲し立てる宇部恵美にアタシは圧倒された。息継ぎの間もなく、すごく滑らかな滑舌。変なところが気になるけど、宇部恵美の捲し立てる内容にはアタシもほぼほぼ同意なのだ。


「朝霞サンに三井の件は言ってない。アタシも命は惜しいから」

「そう。ごめんなさいね、取り乱してしまって」

「つーか、三井相手に大人しくしてられる自信はないよね。それこそ、星ヶ丘の放送部なら軽く謹慎食らうレベルで意見ぶつけないと。3年だろうがぶっちゃけ関係ないじゃん、班で番組やるときって」

「先にも言ったけど、本来私はあなたの暴走を止める立場で、トラブルを起こさせないようにする義務があるわ。だけど、初心者講習会のときの報告も踏まえて、許可を出すわ」

「何の?」

「思う存分三井と意見を交わしなさい。仮にインターフェイス側からあなたを何とかしろと言われても、よほどでない限りその事案は黙殺するわ」

「……思う存分やって、いいの?」

「暴力沙汰はダメよ」


 後で洋平に今ここでのことを話すと、確かに三井クンへの私怨があるかもしれないけど、メグちゃんは星ヶ丘の部活でやってることに誇りを持ってて、それを見もしないで貶されるのが許せなかったんじゃないかな~と返って来た。

 それもわかるんだけど、宇部恵美がこの部活を牛耳るクソみたいな幹部である事実は変わらない。確かに、幹部の中でなら話を一番わかってくれるけど。それでも素直にはいそうですかと宇部恵美の言うことは受け止められないのだ。

 ただ、この夏合宿の期間に限ってはこのいけ好かない監査サマも味方だ。部活での処分を恐れることはない。アタシはアタシなりのやり方で、3班という班をどうにかまとめていかないといけないのだ。

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