Invasion of the vulture

「やーあみんなおはよう! おはよう、やあおはよう!」


 サークル室に来るなりやたらテンションが高い三井にはきっと触れるべきではないんだろうね。そもそも、普通のテンションの時でさえも基本的に触れたくないんだから、今が地雷なのは明白だよね。


「やあ野坂」

「おはようございます」

「……それだけ?」

「他に何が」

「今日が何の日か知ってる?」

「えー……と。ちょっと調べますね」

「今日は何の日サイトには書いてないよ~、あっ、そうかゴメン、野坂なりの演出だったんだ、ゴメンね気付かなくって。僕は知ってて知らない振りをしなきゃいけなかったんだよねゴメンゴメン」

「はあ」


 ちょっと、と菜月から呼び出され、腰を落ち着けたのは階段を一つ上った3階ロビー。サークル棟の3階は宿泊施設だった頃の名残で部屋こそあるものの、サークル室としての機能はなく人が来ない。内密の話をするのは大体ここだ。


「菜月、どうしたんだい」

「三井がめんどくさい」

「しかしあれは何なんだ? 今日はいつにも増して変だけど」

「あれは誕生日をアピってんだ」

「誕生日?」


 よその大学では誰の誕生日だ何だと言って酒を飲んだりするそうだけど、MMPはそういうサークルではない。むしろ誕生日には無頓着なくらいで、だからどうしたというのが正直なところ。

 ただ、三井は誰かの誕生日になると一方的にサプライズを仕掛けてくる。そこまではいいにしても、見返りを求めているっぽいのがめんどくさいポイントで。勝手にやってる分には別にどうでもいいんだけど。


「何らかのサプライズを期待してるっぽいんだ」

「と言うか、アイツは今春真っ盛りじゃないのかい? 何だっけ、その、星ヶ丘の女の子と過ごせばいいものを」

「アイツの春が長続きするとでも思ってるのか?」

「いや、思わないけど。まさかもう終わったのか」

「部活が忙しくなるからって言って連絡を切られたらしい。麻里さん情報によると例の子は星ヶ丘の放送部らしいから、後々めんどくさいことになったら頑張れ」


 いつの間にか麻里さん(ということは村井サンにも話は通っているだろう)にまで知れ渡ることになっていた三井の春だけど、とうに終わっていたとはね。ますますめんどくさいことになりそうだ。なぜアイツを慰めなければいけないんだ。

 しかし、サプライズ的な何かを用意するにも時間がなさすぎるし、あったとしても用意したくない。ただ、サークルの平和のためにそれは一応なしの方向で、案を出していくこと。


「無難に鍋パーとか?」

「パーティーの路線はいいけど鍋にはちょっと暑くないかい? この短時間で出来ること……カレーか。菜月、カレーだ」

「昨日の夕飯なんだけど」

「2日目か、好都合だ。菜月のことだから例によって大量に作ってあるんだろう? 時期が時期だし早く食べないと悪くなってしまうね。MMPが手伝おうじゃないか」

「上手いこと言いやがって」


 菜月のカレーがあるなら大体の野郎は食いつく。特に、野坂とか野坂とか野坂とか。ここは簡易カレパーの体で話を進めよう。サークルの平和のために。


「さて、パーティーには甘味が必要だね」

「まさかバケツプリンまで持って行く気じゃないだろうな! 3リットルの力作だぞ! 生クリームだって頑張って泡立てたのに!」

「バケツプリンか。お誂え向きだね」

「うちのプリンが!」


 かわいそうだけど、サークルの平和のためだ。今回のカレパーは菜月から参加費を取らないことにしよう。その他は誰だろうと関係なく500円を徴収しなければ。三井の誕生日は関係なく、急遽カレーが食べたくなった。それでいい。


「圭斗、うちの冷蔵庫プリン入ってるからその他の食材は入ってないんだ。それでも当面の食糧を持って行くというのか」

「犠牲はやむなし。恨むなら過剰に誕生日をアピールした三井を恨むべきだね」

「カレー、辛くするか」

「僕は構わないけど他の人が死ぬからやめて差し上げなさい」

「それとも生クリームを甘くするか」

「野坂しか得をしないのでやめなさい」

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