Not a superficial meaning

「ひゃっほーい」

「みんなー、元気ー?」


 そのお二方がサークル室に姿を見せた瞬間、空気が一瞬にして変わった。


「帰れ」

「圭斗テメー! それが先輩に対する態度かお前はー!」

「麻里さんはどうぞゆっくりしていってください」

「圭斗さんありがと」


 ――と、ここまでがテンプレート通りのやり取りだ。サークル室にやってきたのは、4年生の先輩。前代表会計の村井博正むらいひろまささんと、前総務の掛川麻里かけがわまりさん。2人ともミキサーで、特に村井サンはIFナンバーワンミキサーと呼ばれた人だ。

 ただ、先の圭斗先輩の態度からわかるように、村井サンという人はそのキャラクターでもって先輩からも後輩からもイジられる存在。麻里さんは大人の女性として、時に圭斗先輩とディープな話題に花を咲かせているとのこと。


「また急に、どうしたんですか?」

「おいちゃんらもたまには遊びに来たっていいじゃんかよー。あれっ、菜月は?」

「菜月はゼミの課題で調べ物があるとかで、少し遅れるそうです」

「そうそう、こないだマーさんと咲良とファンフェス見に行ったんだけどさー」

「あれ、麻里さんもお越しになってたんですか? 城戸女史と村井サンには挨拶をしましたけど」

「アタシ圭斗さん冷やかす前に別件で移動したからさ」

「そうでしたか」

「とりあえず今度こっしーと飲むから圭斗さんもおいで」

「越谷さんですか? はい、わかりました」


 麻里さんは先のインターフェイスで最も恐れられた人だと言っても過言ではないらしい。議長の城戸女史に、委員長の麻里さん。このお二方が牛耳る定例会は、それはもう言葉では言い表せない雰囲気だったとは圭斗先輩談。

 それは、向島放送界を統べる帝王と呼ばれるようになった圭斗先輩すら子供のようだと形容するのが相応しい、圧倒的なオーラと実力でもって歩む道を塞がんとする障壁をバッサバッサと薙ぎ払って、以下は闇の中だ。


「野坂、ファンフェスでもやらかしたんだって?」

「はい、やらかしてしまいました……」


 俺のことに話が及べば、ブルブルと震えるしか出来ないのだ。しかもその内容がやらかしの話だし。番組で使うBGMを家に忘れたことに気がついて、取りに戻った結果の大遅刻。番組には間に合ったけど、圭斗先輩からは雷を落とされた。

 麻里さんからも軽いお叱りを受ければ、「菜月から話は聞いている」と恐ろしい事実を聞かされるのだ。麻里さんと菜月先輩は同じゼミの先輩後輩でもあって、ゼミ室で顔を合わせる機会もある。そこで少し愚痴をこぼしているそうだ。


「あんまり酷いようだと菜月に愛想尽かされちゃうよ野坂」

「もう尽かされているのでは」

「でも、何だかんだ待っててくれるじゃん」

「はい」

「ミキサーとしては信頼されてるんだから、それ以外ももうちょっと頑張ろうか」

「はい、努力します」


 麻里さんからのありがたい話を聞いているその裏では、村井サンとこーたがぎゃあぎゃあとやかましくしていた。先代MMPではよく見られた光景。ホント、村井サンがいなくなるような気がしないのはこういう部分だろう。


「ああ、そうだ圭斗本題。缶蹴りしよーぜ」

「缶蹴りですか」

「久し振りにやりたいじゃんなー」

「ええ、僕は構いませんよ」

「そうこなくっちゃ! じゃあ、日程調整だな」


 MMPでは割と当たり前のように飛び交うこんな単語に、混乱しているのは奈々。まあ、放送サークルで缶蹴りをやるとは思わないよなあ。俺たちも最初は意味がわかってなかったぜ! 意味なんてなかったけどな!


「か、缶蹴りですか? 圭斗先輩缶蹴りって缶蹴りですかッ」

「ああ、そう言えば紹介がまだでしたね。この子が新しく入ってくれた1年生ミキサーの奈々です」

「岡島奈々ですッ!」

「うん、お姉さんたち奈々のことは一方的に知ってるよー」

「ホントですか照れますねーきゃっきゃっ」


 4年生の先輩が来るとどこかに嵐が起こる。さて、今回は缶蹴りがどうこうというだけの来訪だったのか。それは村井サンと麻里さんのみぞ知る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る