通過儀礼と魔法の杖
「それでは、我らが伊東美弥子サンがめでたく22歳の誕生日を迎えたということで、ここに誕生会を開催します!おめでとうございまーす、かんぱーい!」
かんぱーいと声が響くのは、大学から徒歩5分のところにあるアパート、コムギハイツの駐車場。……って言うか、何で俺の部屋? 確かに駐車場は広いし、奥の方にも結構なスペースがあるけれどもだ。
「鵠っち、大学から近いとこういうことも茶飯事だよ」
「そーなんすか……」
「尚ちゃーん、そっち準備どーおー?」
「ばっちりっすよー、つか手ぇネギ臭い」
「しょうがないよ、うち包丁触るなって言われてるし」
尚サンが準備した火のついた炭を七輪にセットすれば後は思い思いの物を焼いていくだけ。ただ、目の前にあるのは大量のネギだ。どれがどういう品種なのかはわからないけど、ネギだということはわかる。
「うう……」
これに怪訝な表情をしているのが三浦だ。こないだ発覚したんだけど、三浦はネギ嫌い。ネギは嫌いな奴は嫌いな野菜だっつーのはわかんなくもない。学食のバイトをやってたりすると、ネギ抜きだの紅ショウガ抜きだのという注文もたまにある。
「そっか、サッチーはネギ嫌いか」
「だって、辛いじゃないですか、美味しくないし」
「わかった、そしたらアタシがサッチーのために美味しいネギ料理ひとつ作るから、騙されたと思ってひとつだけ食べてみてくれる?」
「ええ~!? イヤですよ~!」
「大丈夫。辛くなくしてあげるから」
そう言って伊東サンはネギの山のなかから長ネギを1本取り出し、それをそのまま七輪に置いた。三浦はネギが美味しくなるなんてありえなーい、などとぶつくさ言ってその辺の串にマシュマロを刺している。
そしてその間伊東サンは軽快なリズムで小口ネギを刻み、それを味噌やら何やらと併せて調味料を作り始めた。ただ、その味噌も若干ネギが多め。血で血を洗うじゃないけど、ネギでネギを食うのか……。
「そろそろかなー」
「えっ、黒っ! 発ガン性物質じゃないですか捨てましょう失敗ですよ!」
「外側を剥くと綺麗な白だから安心してサッチー!」
「はい鵠っちも! 美弥子サンからの施しはGREENsの通過儀礼だから」
「どんな通過儀礼なんすか」
言われるがままに一見黒焦げのネギの外側を剥いていくと、確かに白い。ちょっと艶があると言うか、とろみがあるように見える。そしてこれにさっき伊東サンが作っていた合わせネギ味噌を付けて、そのままかじるのが美味いらしい。
「ん。美味いっす」
「でしょー鵠ちゃん! サッチー、食べれた?」
「三浦、マジで騙されたと思って食ってみろ。ネギの概念が変わるぞ」
「……えいっ!」
目をつぶって勢いよくネギを頬張った三浦は、そのまま首を傾げながら一口、また一口とネギの一本焼きを食べ進めていく。その顔を見た伊東サンは、してやったりの表情。この場の誰よりもネギを知り尽くした人の作る最高のネギ料理。よほどの自信だったのだろう。
「美弥子サンっ! どんな魔法ですか!」
「ちょちょいとね。サッチー、鵠ちゃんの部屋で煮込み料理作ってるんだけど、食べてみる? 鶏肉とネギのクリーム煮」
「は~、おいしそー! 食べます!」
そして俺の部屋から出てくる鍋からは、また美味そうな匂い。いや、つか俺の部屋で作ってたとか! いつの間に煮込み料理なんかスタンバってたんだ。
七輪では相変わらずネギが炙られている。今度は、一本焼きではなく程良い長さにカットしたものがゴロゴロと。ネギの他にも七輪であっためると美味いものは用意されてるらしいけど、それでもみんなネギ料理に舌鼓を打つ。
「鵠沼クーン! クリーム煮おいしいよー、食べようよー!」
「おーう! ……三浦、すっかりネギ嫌いだったこと忘れてるんじゃん?」
「美弥子サンは何人ものネギ嫌いを直してるからね。さっちゃんのことも想定内」
「マジすか」
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