芸術と創作欲の芽

 緑ヶ丘大学の文化部は、大学祭の時期を除けばこの時期が一番忙しいそうだ。それは美術部も例外でなく。入学して早々に美術部に入った。高校までもそうだったし、大学の美術部も面白そうだったから。

 今日は土曜日だけど、部活はいつものように活動していた。忙しい時期だから、活動日なんかお構いなし。どうしてこんなに忙しいのかと言えば、29日と30日にある緑大の文化会発表会というのがあるかららしい。

 自販機で頼まれていた物を買って部室に戻るまでにも、いろんな部活の人がバタバタと走っていった。防音室の方からは、バンドの音。って言うか扉開けっぱとか防音室の意味ないし。


美和みわさーん、飲み物これでよかったですかー」

「ああ。悪い安曇野あずみの。あと、デビッドとゴライアスにご飯をやってくれ」

「はーい」


 この時期の1年生に出来ることは先輩のサポート。自分の作品を作り始めてもいいけど、発表会には多分間に合わないだろうから。部長の美和さんもバタバタしていて、自分のことで手一杯のようだ。

 コンクリート打ちの緑大部室棟。部屋の中も本来はそうだけど、玄関として残された少しの床を除いてはフローリングが張られ、ミニソファや小さな冷蔵庫まで置かれた風変わりな部室。金魚まで飼っている。


「あ。マミさんの油絵もいいトコまで来てますね」

深谷ふかやはまめまめしいと言うか、波があるとかじゃなくてコンスタントにやり抜くタイプだからな。ほっといても問題ないのが部長としては助かる」

「そう言えば、さっき飲み物買いに出たとき出版の部長さんが」

「見なかったことにしてくれ。大体、今日みたいな日に文化会の全体会議なんかしようとするのがおかしい。私だって自分の作品があるのに」


 パラパラと撒いた餌に2匹の金魚が食いつくのを眺めながら、美和さんの作業風景を見ていた。美術部は当日よりも当日までが忙しいのに会議なんか出てられるかとぼやく美和さんは、これでもその文化会の偉い人らしい。

 アタシも早く何か作りたいなあって、ちょっとうずうずする。この部屋が落ち着くのは発表会が終わってからだろうけど。まあ、自分の家で何か作っといて、それをここに持ち込んだって問題ないのか。さて、何をやろうか。


「でも美和さん、何でそんな時期に発表会なんかやるんですか? ゴールデンウィークですよね世間的には」

「まあそうなんだけど、一応合同新入生説明会的な側面もある。でもそれは名ばかりで、見に来るのは新入生どころか身内ばっかりなんだけどな」

「でしょうね」

「一応ポスターはいろんなところに掲示してあるし、配布もしてるんだけどな」

「そう言えば近所のコンビニにも貼ってました」

「だろ? その辺は出版部のスポンサーとか部誌を置かせてもらってるところとかを詠斗に回らせてだな」


 美和さんの話によれば、美術部と出版部は出版部の部誌を巡って手を組んでいるらしく、部ぐるみの付き合いをしているとのこと。毎月発行している出版部の部誌に美術部が作品を出している。

 その関係なのかそれとも文化会のお偉いさん同士の関係なのか、美和さんと出版の部長さんは持ちつ持たれつの間柄。と言うか出版の部長さんが美和さんの尻に敷かれているようにも見えなくもない。


「そうだ安曇野、後学のために準備期間中は私の後ろについてこい」

「えっ、はい。でも後学って」

「その経験は来年生きるぞ」


 果たしてアタシはこれからここで何を作るのか。これまで培った技術とセンスをのばすのか、新しいことに挑戦するのか。今から来年のことを考えるのか。


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