ソラとアタリ

「それじゃあ朝倉さん、あとお願いします」

「はーい、お疲れさまー」

「それじゃ、お疲れでーす」

「お疲れさまでした」


 休みの日にはしっかりとアルバイトを。そうやって少しでも生活費の足しにしなければ一人暮らしなんてとてもやっていられない。それでなくてもサークル柄飲み会が多いから。宅飲みとは言え酒代って意外とバカにならないんだよな。

 俺がバイトしてるのは住んでるマンションから道一本のところにある本屋。周りにはスーパーや洋服屋、その他諸々が揃ったちょっとした区域。道がわかりやすいというのも嬉しいし、バイト帰りに買い物なんてのも楽でいい。

 俺はそこまで本を読む方じゃないんだけど、ここでバイトを始めたのは先にバイトをしていた腐れ縁の紹介があってのこと。浅浦雅弘あさうらまさひろ。生まれた時からの腐れ縁で、学部は違うけど今も同じ緑ヶ丘大学。なんだかんだこれからもこの腐れ縁は続くだろう。


「浅浦、飯どーする」

「うどんにするか? 目の前だし手っ取り早い」

「だな」

「ところで、宮林サンの世話はいいのか? 部屋で待ってるんじゃないのか」

「何か今日はサークルやってるっぽくて、多分姉ちゃんか誰かと飯食ってくるんじゃないかな」


 ウチの店の斜め向かいにはうどん屋がある。何の変哲もないごく普通のうどん屋だ。俺と浅浦はバイト上がりのその足でそのままここで飯を食って帰るとかもザラ。他にも飲食店はあるんだけど、結局ここに落ち着く。


「何でいつもえび天に落ち着くんだろう」

「それ言ったら俺もいつもかき揚げに落ち着くもんなー」

「他のものも食べてみたいとは思ってるんだけど」

「それな」


 店員さんに注文をして、2人が残された卓で思うことはそれ。ただ、浅浦の場合は年越しそばの上に載せるものだって毎年えび天に落ち着くし、よく作る料理もエビグラタン。本人は無自覚だろうけどエビが好物なんだろう。

 浅浦はメニュー表をつらつらと読み上げ、この時期は山菜うどんなんかも美味そうだ、と次へのアタリをつける。俺も同じようにつらつらと読み上げていけば、気になったのは五目うどん。写真で見る限り、とろみがついた五目炒めが乗っているうどん。


「そうか浅浦、気付いてしまった」

「何にだ」

「俺らの問題点は、メニューを読まないことだったんだと」

「今更か。確かに、常連っていうのにはいろいろな形があるだろうな。全メニュー制覇する猛者もいれば、俺たちみたいに「いつもの」で済ませる奴らと」

「そして俺は今気付いたんだ、薬味増しっていう無料サービスがあるんだな! ちきしょい、今まで損してたじゃねーか」


 ネギとかショウガとか、そういう薬味は結構好きで、よく食べる。嫌いな人も結構いるだろうけど、俺くらいなら伊東家基準ではまだまだだ。身内に薬味狂みたいなのがいれば感覚もマヒするってな。

 そうこうしている間に俺たちの卓にかき揚げうどんとえび天うどんが運ばれてきた。これこれ、いつものヤツだ。野菜のうまみや甘みが凝縮されたかき揚げが、つゆをいい具合に吸って美味いんだ。


「ふへー」

「飲み込んでから喋れ」

「うめー」

「よかったな」


 他のうどんも美味そうだとは思うけど、やっぱりここに戻ってきちまう辺りが。他の店だったらどれにしようこれもいいなあれも美味そうって優柔不断になるんだけど。なんでだろうなあ。


「次は五目うどんに挑戦すんのと、薬味増し。覚えてたら」

「お前なら絶対忘れてるぞ」

「うるせーこの野郎」


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