Whip Wednesday

 向島大学でも春学期の講義が始まった。とは言え最初の1週は履修修正の都合もあるからそこまでガッツリとした話が始まるでもなく(始まる講義もあるけど)、講義方針や成績の基準なんかがお知らせされるだけのことも多い。

 情報科学部メディア文化学科でもその傾向にある。特に、PC演習室を使う講義の場合は抽選になる物もいくらかある。その調整の都合もあるのだろう。そんなこんなで、触りだけの講義を終えて向かうのはサークル室。

 講義棟からさらに坂を上ること、だらだら歩けば徒歩15分。スクールバスの基地を抜け、公園のような丸太づくりの階段を上りながら森林浴。そんなこんなで坂の上に見えてくるのが向島大学のサークル棟。


「えーと、MMPはーっと」


 最初に来た人は受付で管理人さんから部屋の鍵を受け取って、自分の名前をそのときの時間と一緒に記帳する。あれっ、開いてる。13:20、オクムラ……菜月先輩がもう来てるのか。じゃあここはスルーでいいんだな。

 って言うか暑いな。坂を上ってきたからだろうけど、気温もバカみたいだ。ロビーで飲み物を買って、改めて階段を上る。この時期は、どこの部活もサークルも活動が盛んなはずだけど、やっぱり時間の関係か建物に人が少ない。


「おはようございます」

「ノサカか。おはよう」


 サークル室のドアを開ければ、鍵の貸し出し簿の通りに菜月先輩の姿がある。一応機材は立ち上がっているようだけど、それで特に何をしているというワケではなさそうだ。あ、箒とチリトリ。掃除をしてるのか。


「理系の割に随分早いな」

「まあ、言っても1週目ですから。菜月先輩は? あっ、もしやサボ」

「言っても1週目だからな。失礼な奴め」

「先にサボりを疑われるのはこれまでの言動からして当然です。失礼でも何でもなく菜月先輩のことを知っていればごく自然に導き出される答えです」

「ウルサイ、黙れ」

「いてっ!」


 バシンと鋭い音がして、箒の柄は容赦なく俺の尻を打つ。菜月先輩にリーチの長い物を与えるとこれだから危ないんだ。いや、丸腰だろうと菜月先輩のデフォルトの装備であるピンヒールのブーツと、鋭く重いローキックを繰り出す左足が凶器なのだ。

 そもそも、菜月先輩という人は真面目なのか不真面目なのかよくわからない。俺からすれば授業をサボるなんてまずあり得ないんだけど、菜月先輩はそれを平気でする。成績も正直ムラっ気が発揮されまくっている。

 所詮他人と言えばそうなんだけど、やっぱり講義をサボるのは学生としてはいかがなものか。去年から俺はずっと菜月先輩に講義には出席するべきだと言い続けてきたのに、なかなか改善された様子はなく。疑われても仕方ないだろう。


「今日の授業には出てから来たんですね」

「そもそも、社学の水曜日なんかないに等しいからな。と言うか3年なら普通は全休だ」

「全休でないのは察しろということでいいですね」

「だからお前はヘンクツ理系男なんだ。C言語は理解できても女心なんてちっともわかりやしない」

「女心はこの件には関係ないでしょう」

「大体、これから梅雨に入るし日差しだってもっと強くなる。夏風邪だってやるかもしれない。今から休んでたら最終的に出席が足りなくなるだろ。後でサボるために温存しとかなきゃいけないんだ。まったく。水曜日くらいだぞ何の躊躇もなくサボれるなんて」

「去年から全く出席態度が改善されてないじゃないですか! いてっ! すぐに手や足が出るのは悪い癖ですよ、菜月先輩」


 さっき鞭打たれた尻の痛みが完全に引く前に今度はローキック。ああもう。俺は何も間違ったことを言ってないのに。大体、先の鞭打ちに関しては箒の用途を完全に外れてるじゃないか、意味が分からない。


「そうだ。せっかく来たんだ、掃除を手伝え」

「それはいいんですが、箒は貸してください」

「箒はもう終わってる。次は缶とかボトルの処理だ」

「そういう意味じゃ」

「つべこべ言うな」

「ええと、じゃあ、缶とかボトルはどうやって」

「はーっ……これだから普段からここの掃除をしない奴は」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る