第243話 リーシュを護れ

 建物の陰に隠れつつ、目的地を目指す。魔物は魔力に敏感だ。鍛え上げた魔力量を悟られないように注意しながら、俺とスケゾーは気配を殺して近寄った。


 やれやれ……結局、無収入前提か。

 だから金額の決定を先延ばしにすると、こういう事になるのだ。

 自身の甘さには溜息を付きたくなるばかりだが。結局、助けるも助けないも決まらないまま、連中が現れてしまったじゃないか。

 ……まあ、それを言うのはもうやめよう。

 相手はどんな奴なんだろうか。魔物か魔導士が実際に現れたら、俺はどうするべきなんだろうか。


 俺はまだ、迷っている。

 助けるべきなのか。助けないべきなのか。


「おい、婆さん家が燃えたってよ……!!」

「急げ!! 男は武器を持って、北に!!」


 歓迎会の時はぐでんぐでんに酔っ払っていた男達が、別人のような険しい顔で北へと走って行く。村人にも気付かれちゃいけないってのは、面倒だな。姿がバレれば、どうせ騒いで前線に連れて行かれるに決まってる。

 それなら……お、あの木が良いな。俺は足音を殺しつつ、少し背の高い、葉の生い茂った木へと登った。

 姿が隠れる。細い枝に囲まれているから、真下から見上げなければ俺の位置を特定される事もない。まるで盗賊のようだと苦笑しつつ、俺はスケゾーを両手で持った。


「目、貸してくれ」

「ういっス」


 俺とスケゾーは、身体を半分以上『共有』する契約を、互いに交わしている。……目を閉じると、自分の身体とは違う、別の瞼を持ち上げた。

 魔物であるスケゾーの視力と聴力は、俺の二倍以上。体感的には望遠鏡にも近い程に、遠方を確認できる。木の葉の隙間から、燃えている民家の方角を確認した。

 酷いな、あの様子じゃ全焼する。燃えつつある民家の前に魔物が居た。そのせいで、村の男達は火を消しに行けなくなっていた。


「参ったな、村長。……あんたが抵抗するから、家がひとつ燃えちまったぜ」


 そう話しているのは、魔物達の中心に居る男、オークだ。二足歩行、人型の豚……だが、普通のオークじゃないな。肌は緑色で、所謂肌色のオークよりは幾らか強そうだ。武器は鈍器か。棒の先に、棘付きの鉄球が見える。その周囲に山程居るのはゴブリンだ。

 言葉を覚えられる程度には、知性のある魔物。当然、それなりに強いんだろう。実際に対峙した事はないが、感覚である程度は分かる……村人では対抗のしようも無いか。

 村長はオークを前にして、地面に伏していた。どうにかして、許して貰うつもりなんだろうか。


「頼む……!! 見逃してくれ……!!」


 ……甘いな。それでなんとかなるなら、家は燃えていないだろう。だけど、他にやれる事も無いって所だろうか。

 残念だ。支配下に置こうとしている連中が良い奴だという可能性を、少しだけ期待していたのだけれど。この様子だと、駄目みたいだな。


「スケゾー、オークってさ……」

「ま、見ての通り。気性は荒い方っスね。ていうか人間嫌いなんで、普通はこっちには来ないっスけどね」


 という事は、やっぱり人間か魔物かと契約して、この村に来ている可能性が高いのか。


「連中、召喚かな」

「ですかねえ。まあオイラも話した事ありますが、あんまり話して通じる連中じゃないっスよ。裏切るメリットがあれば、主人でも簡単に裏切りますけどね」


 魔物が魔物を召喚するケースもあるから、必ずしも主人が人間だとは言い切れないが……何れにしても、今この場に魔物を送り込んで来ているってことは、そもそも村を潰す事も考慮に入れてる、ってことだ。

 ますます謝っても仕方が無い状況のような気がしてくるな。村長には悪いが、このままでは何も変わらないだろう。


 ……いや、待てよ。


 俺はスケゾーとの共有を解除し、再び肩に乗せた。唐突に硬直したからだろう、スケゾーが俺を見上げる。


「……ご主人?」


 もし仮に、何者かとオークが契約していた場合。主人が人間か魔物か、そこは分からないが……すぐに思い付く所では、二種類の契約が考えられる。召喚契約と、実体転移契約だ。

 そうだ。……召喚契約の可能性もあるんじゃないか。単純な事なのに、すっかり失念していた。

 俺は、顔を上げた。

 もし召喚契約だとすれば、リーシュに可能性は……もう、殆どない。契約は予定通り実行され、リーシュは連れて行かれるだろう。避けられない未来、というやつだ。

 これ以上、俺がこの事件を見ている意味はあるのだろうか。

 ここに居れば、当然俺にも火の粉は降り掛かるだろう。今すぐではなくとも、そのうちに。

 だが、今のうちにこの場所を離れてしまえば、俺はこの一件を完全に無かった事に出来る。

 そもそも、関係の無い立場だ。助けた所で報酬も出ない。俺がこの村に関わらなければならない理由はもう一つも残っていないし、それは村長もよく理解している。


 ……俺も、阿呆だな。

 思わず、溜め息をついた。


「……もう少し、近くに行ってみよう」

「らじゃっス」


 スケゾーは短く、頷いた。

 俺が動く意味がどこにある。……よく考えろ、グレンオード・バーンズキッド。

 頭ではそう思いながらも、俺は動いていた。

 もし、召喚体だとしたなら。俺が一度だけこの村を護った所で……意味なんか、ない。



 *



 実際に、俺の肉眼で姿が見える所まで来た。既に村人は集合していて、オークの後ろに居るゴブリン達と相対し、戦争一歩手前のような状態になっている。

 俺はと言うと……民家の陰に隠れ、ゴブリン側から状況を眺めている。先程の家は既に全焼したが、中に人は居なかったように見える。従わせる為のパフォーマンスって所か。

 村長は相変わらず、頭を下げて……どうにか、許しを請おうとしていた。

 リーシュは、まだ来ていない。一度宿に、剣を取りに戻ったのだろうか。あんなに重い剣じゃ、ここまで来るのも大変だろう。


「ご主人。一応念の為に言っときますけど、中途半端に助けたってどうにもならねえと思いますよ。ずっとこの村に居るなら、分からねえでもねえですが」

「ああ、分かってるよ」


 そう、確かに意味なんかない。どうにかして今、この場だけをやり過ごした所で、より強い魔物が送られて来るだけかもしれない。やるなら、こいつらを動かしている親玉を潰さなければ駄目だ。

 まさか、あのオークが親玉って事は無いだろうな。だとすれば、今は俺が居る事は、なるべく悟られない方がいい。

 ……かと言って、この状況をただ、指でも咥えて見てろって言うのか。


「じゃあ、協力の意思は無いって事で、良いのか?」


 緑色のオークが、静かにそう言った。俺が移動している内に、話は少し先に進んだみたいだな。村長は顔を上げて……あれは、どうにかして事情を説明しよう、って顔だ。

 その発想が、既に平和ボケしている。……目の前の豚が、事情を知ったら諦めるって顔してんのかよ。どう見ても、こいつらは下っ端だ。自分達の目的を遂行する事しか考えていないに決まってる。


「協力しない、とは言っていない!! ただ、今は本当に、支援できる状況じゃないんだ!! 再来年、いや、来年まで待ってくれ!!」


 あまりにも愚かで、無意味な提案だ。


「五日だと言ったはずだ。大人しく、銀髪の嬢ちゃんをこっちに寄越しな。それとも、全滅してから奪われるのとどっちがいい?」


 緑色のオークは、手を広げてそう言った。その瞬間に、俺はある事に気付いた。

 リーシュ。


「村長!! もう、顔を上げてくれ!! 言って聞くような輩じゃねえよ!!」

「そうだ!! 後は任せろ、村長!!」


 村人の中でも血の気の多そうな男達は、村長を下げさせて戦おうとしている。

 そうか。『村で一番綺麗な処女』なんて言うと、いかにもたまたまリーシュが該当したような雰囲気になるけど……もしかすると連中の目的は、リーシュ・クライヌそのものなのか?

 ……いや。あのお気楽すっとぼけ娘に、一体何があるって言うんだ。

 確かにリーシュは、魔力量に掛けては結構優秀な所があるが……結構どころじゃない。あの、剣を巨大化させた魔法……並の人間なら、魔法の発現前に気絶していてもおかしくはない。

 尋常ではない魔力を持ったリーシュを、連中は必要としていた……?

 もしも、奴等の目的がリーシュだとしたなら。そうだとしたら、どうなる。



「皆、待って!!」



 俺は顔を上げて、再び戦場を見た。


 ……全く本当に、タイミングの悪さだけは、超一流だ。

 リーシュは村の皆に用意して貰ったビキニアーマーに長剣の姿で、オークの前に現れた。僅かに息を切らしている。どうやら、走って来たようだ。

 既に剣を抜いているが、やはり重いのだろう。身体がふらついている。それでもリーシュは闘志を秘めた眼差しで、オークを見据えた。


「嬢ちゃん。……気は変わったかい?」


 緑色のオークは、リーシュが来たことで笑みを浮かべていた。


「リーシュ……!!」


 村長が叫ぶ。

 リーシュの瞳には確かに、戦う者の覚悟が秘められている。

 本当に、戦うつもりなのか。ろくに振れもしない長剣と、防御力皆無のアーマーで。唯一リーシュが持つ必殺の魔法も、周囲に民家の多いこの場所では撃てる筈もない。

【アンゴル・モア】なんて名前だっただろうか。名前は何でも構わないが、とにかく使えないんだ、あの魔法は。平地で開けた土地だから、避ける場所も多いし……何より、一発放って終わりでは。多少びっくりされるかもしれないが、それだけだ。

 魔力を使い果たせば、リーシュは眠ってしまう。まだリーシュには、魔力の調整が上手く出来ない。戦術として使えるレベルに到達していない。

 そうだとすれば、どこに勝算を見出すつもりなのか。


「村は護ります……!! 私も、あなた達の所には行きません……!!」


 リーシュは剣を振り翳し――……多少怯えを表情に見せながらも、しかし震える事なく、立ち向かって叫んだ。


「踏み倒せるものなら、踏み倒してみなさいっ!!」


 ……実力が伴っていない所が辛いな。まるで、誰かに無理矢理言わされた台詞みたいだ。

 言葉で、恐怖を切り裂いて。言葉で、怯えを勇気に変えた。

 虚勢に一筋の、希望を見出していた。

 でも、それでは駄目なんだ。仮初の力……空虚な未来。その指で触れてしまえばすぐにでも消えてしまうかのような、偽りの希望。


「私が相手です……!!」


 俺はどういう訳か、急に冷静になっていた。心で震えて身体で抗うリーシュを見て、どうしてか。

 もしかしたら俺には、未来が見えているのだろうか。この霞がかった勇気のその先にあるものを、見てしまっているのだろうか。

 ……きっと、見てしまったんだ。

 それが『報われない勇気』の方なのだと、心のどこかで気付いてしまったんだ。


「てめェら、手を出すな。……俺が可愛がってやる」


 緑色のオークはリーシュを前にして、俄然やる気を出していたが。

 勇気には、二種類の未来がある。希望を掴み取る事のできる未来と、希望に触れる事ができず、崩れていく未来。

 希望に触れる事ができない時、俺達はいつも同じ思いをする。

 リーシュは、剣を構える。相変わらず安定しない状況のまま、オークに向かって一撃を振り下ろす。


「はあっ――――!!」


 俺は思わず、目を閉じた。

 目も当てられない時とは、正に今のような状況を言うんだろう。


 ――そうだ。いつも、空回りするんだ。

 大切な人を護れないと分かった時ほど、いつも――……。


 乾いた音がした。

 たった、一撃だ。オークが鈍器を振るったその一撃で、リーシュの長剣は空高く跳ね上げられた。たったそれだけで、リーシュの内側にあった仮初の希望は、実体としての絶望へと変わった。

 もがけばもがく程、泥沼に沈んで行く事がある。例えるなら今のリーシュは、そのような状態にあった。


「えっ……」


 その手から得物が離れた時、リーシュは呆然と、そんな言葉を口にした。

 外から見ていれば、あまりにも自然すぎる展開。気付かないのは本人だけだ。


「……何だよ。細い身なりで良い剣を持ってると思ったら、まるで使えねえじゃねえか」


 まあ、敵わないだろうな。魔物には戦闘種族が多い。……そもそも、元から人間よりも有利な環境にいるんだ。こんなへんぴな村で、特に争い事もなく、平和に生きて来た人間とは訳が違う。

 少しばかり落胆したかのような、それでいて今の状況を楽しんでいるかのような、オークの声。人間の中でも非力な方であろうリーシュに、オークと力比べなんて出来る筈が無い。

 リーシュにだって、恐らくそれは分かっていた筈だ。ただ、それでもリーシュの攻撃が通用するという、一筋の希望に懸けるしか無かったのだろう。

 村人達も、黙ってリーシュの様子を見ていた。それは、リーシュの戦闘に少しばかりの希望を見ていたからだ。

 そして今、それらは全て、打ち砕かれた。まるで相手にならないにもかかわらず、魔物の集団に盾突いてしまったという結果だけが残ってしまった。

 ……黒く、塗り潰されていく。


「丁度良いや。今日が期限だし、嬢ちゃんは連れて行くか」


 オークはそう言って、リーシュの腕を掴んだ。強引な行動に、リーシュが腕を痛めたようだ。顔を顰めている。


「いやっ……やめてくださいっ……!!」

「女の子が剣なんか握っちゃいけねえよ。……なあ? その指では持てないようにしないとなあ」


 自分のものではないと分かりながらも、その惨たらしい攻撃に目を閉じてしまう。


「あっ……!!」


 びり、と嫌な音がすると同時に。声にならない声が、リーシュから漏れた。

 オークが、リーシュの爪を剥いだのだ。


「良いか、お前ら!! 無駄な抵抗をすると、こういう事になる!! よく見とけ!!」


 村人達は一歩も動く事ができず、ただリーシュがやられていく様子を見守るしか無かった。

 オークは楽しそうに、リーシュから一枚ずつ、しかもゆっくりと、手の爪を剥がしていった。時折しゃくり上げるようなリーシュの声が、辺りに響くだけだった。俺は立ち上がり、リーシュから目を背けた。


「……ご主人?」


 スケゾーは疑問に思ったようだったが。俺は、スケゾーに言った。


「行こう、スケゾー。……もうここから先は、俺達が関わって良い領域じゃない」


 俺はどこか、落胆していた。しかし、それと同時に安堵もしていた。

 確かに期待を裏切られはしたが、それが俺の中の常識であると、改めて確認する結果となったからだろう。

 結局、最終的には、健気に努力した人間が利用される。お人好しになった人間から死んでいく。村の為に戦うと剣を振るったリーシュが、真っ先に心を折られる。

 誰にも、助けて貰えずに。


「ああっ……!!」


 現に、目の前でリーシュがあれだけ酷い目に遭っているのに、村人達は誰一人として、声を上げなかった。最も近くでリーシュを見ている村長でさえも、恐怖に固まって動けなくなってしまった。


『『家族』も、『仲間』も。私は、あると思います』


 俺はどういう訳か、怒りを感じていた。

 これが、『人間は都合の良い時だけ仲間』という言葉の本当の意味だ。……そして、それは人間として当然のことだ。決して、村長や村人達が人でなしだった訳ではない。これは、最終的には自らの保身を第一に考えてしまう人の、当然の行動なんだ。

 誰も最初から、裏切ろうと思って人を裏切る訳じゃないんだ。


 もう、リーシュは助からないだろう。このまま全ての爪を剥がれ、剣を握ることも許されない状態で、連れて行かれるのだろう。何処か、この中の誰も知らない場所へと。

 そしてそれを、村は助けられないだろう。戦っても勝てない相手に無駄な戦闘をする意味はなく、それで命を落とす事など当然できず、結果として村は、リーシュの事を傍観するだろう。


「ご主人。……帰ったら、酒でも飲みましょうか」


 俺は苦笑した。


「……ああ、そうだな」


 スケゾーは俺の行動を、咎めない。

 結局、今この場で俺が助けた所で、意味がないという事に気付いている。連中が、召喚された魔物であるという事に確信を持っている。だから、俺が手を引くなら今この瞬間だという事も理解している。

 俺は騒ぎに背を向け、歩き出した。


「や、やめてくれ……!!」

「やめてくれだァ!? 力付くで止めてみろ、無能が!! おい、行くぞお前等!! 人質の確保が先、契約に名前を書かせるのは後でも構わねえ!!」


 オークは当然、村長の頼りない抵抗などに耳を貸す筈もない。周囲のゴブリン集団に声を掛けると、リーシュの片腕を掴んで持ち上げ、村に背を向けた。

 結局最後、村長はこう言うしかない。「リーシュ、ごめん」と。今度はどうやって謝るのか知らないが、結局村長は、謝る以外に手段を持たない。そうしてリーシュが村の生贄に捧げられる事に、目を瞑るしかない。

 だって、自分達では勝てないのだから。戦う意味など無いのだから。

 そうして、表面上はどうにかして体裁を取り繕って謝り、内側ではどこか、安堵しているんだ。

 ああ、良かった。ターゲットが自分じゃなくて、本当に良かったって。


「リーシュ……。……ごめん」


 俺は、目を閉じた。

 なあ、リーシュ。……やっぱり俺には、『家族』も『仲間』も、あるとは思えないよ。人は、いつだって孤独だよ。どこまでも一人だよ。

 どれだけ人と仲良くしていても。どれだけ、形ばかりの友情や愛情を口にしていても。

 心の底では、ずっと一人。

 俺は、背を向け、夜の闇に紛れた――……。



「村、無くなるかもしれない」



 紛れようとした。

 思わず、立ち止まった。



「皆ァ!! リーシュを助けろぉ――――っ!!」



 村人達は奮起し、農耕具を、武器を取り、立ち上がった。胸の奥に突っ掛かった何かが、思わず俺を振り返らせた。


「うおお――っ!! やるぞ、てめえら――!!」

「リーシュに指一本触れさせるな!!」

「アホか!! もう触れてるって!!」


 ――何、考えてんだ? ……敵わないだろ。剣を振るったって勝てないんだ。農耕具だとか、戦闘に特化していないモンを振り回した所で、相手になるような連中じゃない。

 下手に話をややこしくしたら、本当に村が無くなるぞ……!?

 オークが無言のまま、リーシュの腕を離した。立てなかったリーシュはその場に尻餅をつき、両手で地面を突いた。

 そんなリーシュを庇うように、村人達がオークへと向かう。村長も走り、リーシュの下に駆け寄った。

 リーシュは呆然として、その場の状況を見詰めていた。優しげに笑った村長の顔を見て、固まっていた。


「村長、さん……? どうして……?」

「ごめん、リーシュ。……分かっていたよ。君がまだ、冒険者としては通用しないって事は」


 俺は驚愕して、その状況を見ていた。

 村長は抜け殻のようになったリーシュの頭を抱いた。爪を剥がれ、ぼろぼろになって、今にも崩れ落ちてしまいそうなリーシュの頭を。

 俺には、その村長の笑顔は。どういう訳か、輝いて見えた。


「不安だったろう。君は優しいから、人のことを考えながらも、本心では不安で一杯だっただろう。どこに連れて行かれるかと、夜も眠れなかっただろう」


 俯いて、俺は。両拳を握り締めた。

 リーシュの表情は、抜け殻から、驚きへ。そして――……その頬は、涙に濡れた。


「心配するな」


 その暖かい言葉は、俺には眩しくて。

 眩しすぎて。



「ここに居る限り、君には『親』がいる」



 ただ、俺が予想した未来とは全く違う現実が訪れたということに、俺は戸惑いを隠すことが出来なかった。

 村人達の猛攻にも表情ひとつ変えず、オークは厭らしい笑顔を浮かべると、言った。


「相手してやれ。ただし、今は殺すなよ」


 俺は、歯を食い縛った。


『そのくらい、本気なんです!! このままじゃ、村の人達が大変な事になってしまうんです!! わ、私、何の収穫もなく帰って来るなんて許されないんです!!』

『村の皆、リーシュを娘みたいなものだと思っているからね。せめて良い装備を手に入れて、万一村に何かがあっても生きて行けるようにって、そう考えたんだよ』


 馬鹿げている。……何で? 連れて行かれるのはリーシュ一人だ。そして、それに抗う術はない。……仕方ないだろう。災害みたいなモンだ。リーシュが連れて行かれたとして、村人に罪はない。


 戦わないのが、最善だ。それ以外の選択肢なんかない。

 無いはずだろ。

 どうしてだよ。


「オッ、こっちにも人間が居るじゃねえか!!」


 ゴブリンが現れ、意気揚々と俺の所に向かって来た。……どうやら、こっちのコブリンは言葉を喋るらしいな。


「傷めつけてやる……!!」


 そう言い、こちらに走って来るゴブリン。その言葉遣いを見れば、オークよりも幾らか頭が悪い事が分かる。目の前に立っている相手の戦力差も測れずに、俺へと突撃して来る。

 俺は何も言わず左腕を伸ばし、ゴブリンの頭蓋骨を掴んだ。


「グギャアッ!!」


 躊躇わず、その頭蓋骨を握り潰した。小さな悲鳴と共に、ゴブリンの足下に魔法陣が出現。跡形も無く、その場から消滅する。

 実体が無い。『召喚』されている証拠だ。

 やはり、俺とスケゾーの予感は当たっていた。勿論、悪い方に。


「……初めて見ましたね。ここまでやる馬鹿は」


 全身の産毛が震えている。左手からゴブリンの血が消えて行く様子を確認して、俺は顔を上げた。


「ああ。……本当に、大馬鹿野郎共だ」

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