第210話 現れた黒幕……!
マックランドを追い掛けて、トムディとヴィティアはセントラル・シティの北側へと出た。
辺り一面に広がる荒野と、その向こう側には森も見える。その広大な大地の中央に、数え切れない程の魔物がいた。
……あの時と同じだ。咄嗟に、トムディはそう気付いた。セントラル東門の時と同じ、様々な種類の魔物と、黒い翼の人間。ただ一つ前回と違うのは、その中央に黒いローブの男が立っていること。……そして、その男の背中にいる魔物が、まだ攻撃する素振りを見せないことだ。
マックランドが魔物の群れを確認して、立ち止まる。黒いローブの男はまるでそれを待っていたかのように、両腕を広げた。
既に何人か、冒険者が集まって来ている。トムディとヴィティアもその冒険者達に混ざり、様子を窺った。
「これはこれは。マックランド・マクレラン、大賢者様が直々にお迎えとは」
少し肩をすくめて、黒いローブの男は言った。マックランドは背後に居る冒険者達――つまり、トムディとヴィティアも含む――を見ると、大きな声で叫んだ。
「腕に自信が無い冒険者は、絶対に戦いには参加するな!! ……ここは、私が食い止める!!」
そう言うなり、マックランドの周囲に無数の魔法陣が出現する。それを見て、黒いローブの男が愉しそうに言った。
「随分と積極的じゃないか。……まあ、こちらももう、準備は整った。クラン・ヴィ・エンシェントが今、どこに居るか知っているかい? セントラル大陸の西の端で、セントラル・シティを補強する仲間を募っているんだ。そんな事をしたってもう、どうにもならないと言うのにね」
マックランドは鋭い眼光をローブの男に向けた。
「御託は良い。――貴様等の望みは何だ? 言ってみろ」
「それは当然、このセントラル大陸を我々の物にするためさ。……ちょうど、冒険者も集まって来たみたいだね。ここいらで始めるとしようか」
そう言うと、ローブの男の口元に、小さな魔法陣が出現した。トムディはその魔法に一瞬警戒したが、どうやら攻撃するためのものではないようだ――……拡声魔法。拡声器の役割を担う魔法は、消費コストと見合っていないという事で、近年はあまり使われていない。
それを使って、ローブの男は言った。
「どうだろう――――――――『人間』とは、実に矛盾していると思わないか!!」
矛盾している。その言葉の意味が分からず、多くの冒険者は混乱しているようだった。マックランドはただ、ローブの男を見詰めているだけだ。
「等しく誰もが協力するように動けば、遥かな高みに手を伸ばす事も容易だと言うのに。この世は、どこを見ても争いばかりだ。――私が求めているのは、全ての生物が等しく協力し、この世界から『敗者』を出さない世界だ!!」
その言葉に、何名かの冒険者が反応した。トムディもその言葉を聞いて、思わず考えてしまった。
ローブの男が出した提案は、話を聞く限りでは、一見――……良い話のようにも思えた。
「そうして、『敗者』を出さない世界を作る方法も、既に完成している!! 時は満ちた――今、セントラル・シティを第一拠点とし、我々の『敗者を出さない戦い』が始まったのだ!!」
黒いローブの男が従えていた、無数の魔物が吠える。やはり、話し合いで解決する状況では無さそうだ。マックランドの生み出した幾つもの魔法陣が光り、その存在を主張する。
「何を考えているか知らないが――……貴様の発言こそ、矛盾していると言わざるを得ないな。『敗者を出さない戦い』……貴様の狙いが何かは知らないが、セントラル・シティに危害を加えると言うのであれば、見逃す事はできない」
マックランドの黒いマントが翻り、その瞳が深紅に輝いた。
トムディが見ていても、分かる。マックランドの魔導士としての実力は、この渦巻く魔力が証明している……天候が変わり、雷雲がマックランドの頭上に出現した。時折ごろごろと恐ろしい音を鳴り響かせながら、魔力の発生している場所を中心地として渦を巻く。
マックランドは親指の皮を噛み切り、血で空中に魔法陣を描いた。
「セントラルには昔、四人の『賢者』と呼ばれる人間がいた――……何故私が『大賢者』と呼ばれているのか、よく知らないようだな」
遂に、マックランドの放った幾つもの魔法陣から、魔法が放たれる――――…………!!
「全ての生命の頂点に君臨する、『龍族』よ!! その爪は空を切り裂き、その翼は竜巻を起こす程の風を生み出す!! 我こそが、セントラル大陸最後の砦!! 『龍使い』、マックランド・マクレランだ――――――――!!」
その時、大地に轟音が鳴り響いた。
「うわっ……!!」
トムディは、その場に転倒した。
周囲に居た冒険者達はその地震に膝をつき、身動きを取る事が出来なくなった――……マックランドの魔法陣に幾つもの雷が落ち、その魔法が発動する。巨大な魔法陣から、赤、緑、または黒の鱗を持つ巨大な生物が、次々とその姿を現していく。
マックランドはまるで笑わず、かといって辛い様子もなく、涼しい顔でいる。
「きゃあっ……!! 何!? 何!?」
ヴィティアが戸惑っている。トムディも、動揺が隠し切れない……こんな事ができる人間が、この世に存在すると言うのか。
「龍の……同時召喚……!!」
とてつもない光景に、悪寒が走る。これだけの魔物に対抗する、これだけの龍。巨大な魔力が衝突すれば、それはもう並の冒険者が関わって良い領域ではなくなるだろう。
……そうか。だからマックランドは、『腕に自信が無い者は参加するな』と、始めに念を押したのだ。
暗に告げている。
これから始まる戦いは、極めて高次元のものになると。
「良いね、良いよマックランド……!! 君がそれ程に本気を出してくれるなら、こちらも全力で対抗しよう……!! でも、始めに言っておくよ。君は絶対に、私には勝てないと……!!」
遂に、黒いローブの男の隣に居る、黒い翼の人間が動いた。両手に音もなく、氷の剣が出現する――……頭をすっぽりと隠す兜に、頑丈な鎧を装備している。外見を見ただけでは、それが男なのか女なのかの判別も付かない。
セントラル東門で戦った時と同じ。そうだとするなら、中身はラフロイグンと呼ばれる、伝説の剣士だろうか。しかし、あの時と比べると、少しばかり背が高いようにも感じられる。
マックランドの隣に、獰猛な深紅の龍が出現した。マックランドはその龍の背中に乗ると、ローブの男に向かって殺気を放った。
――マグマドラゴン。トムディも、話は聞いた事がある。マックランドが最も信頼する、火を噴く龍だ。
「マックランド、面倒な事に巻き込んでくれたもんだな……お前の小僧はまだ、『龍の巣』だぞ」
眠たげな様子で、マグマドラゴンがマックランドに言った。
「緊急事態だ。力を貸してくれ、レッドウール」
「寄る年波はお互い様だがな……まあ、氷の剣が相手ならば、私も少しばかり役には立つというものだろう」
「そう寂しい事を言うな。まだまだ現役だよ、私もお前も」
マックランドはマグマドラゴンの頭を撫でると、叫んだ。
「総員!! ――――――――出撃!!」
*
なんだ……? 俺は今、どこに居るんだ。
これは、夢……か……?
青空が見える。すぐ近くで、耳が痛くなるような赤子の泣き声が聞こえてくる……どこか外に、転がされている……? 辺りは一面、どこを見ても木ばかりだ。なんでこんな所に、赤ん坊がいるんだ……?
どうやら、赤ん坊の視点みたいだ。……という事はやっぱり、これは夢なんだろうか。やがて視界の端に、女性の姿が見えた。
『大丈夫かい。こんな所に居たら、風邪をひいちまうよ』
あれ? この人……。
『おや? ……………………こ、これは……』
薄めのブロンドの髪。サファイアのような青い瞳。見た目は中年女性だけど、これは……リーシュの婆さん……!!
リーシュの婆さんに抱えられて、視界が変わった。……どういう事だ? 俺は赤子で、リーシュの婆さんに拾われて。どうやら、俺は山の上に居たみたいだ。そのまま、真っ直ぐに山を降りて行く――……。
『何か辛いことがあったようだね。……お願いだから、泣き止んどくれ』
これは、まさか。リーシュの……?
一転して、今度は民家の中にいる。リーシュの婆さんと、数名の男達。
『クライヌさん。……これは、まずいよ』
聞き覚えのある声だ。……天井しか見えないけど、そう忘れるものではない。ここは村長の家……そうだ。サウス・ノーブルヴィレッジの、村長の家。
まだ若い雰囲気だけど、ちゃんと村長も居る。数名の男達も、どことなく顔に見覚えがある。
『何が、どうまずいって言うんだい。言ってごらんよ』
『魔力が高すぎる。僕達でも分かるくらいだ……何か、特殊な能力を持っているんじゃないか? それか……そもそも、人間じゃないとか』
やっぱりこれは、リーシュの古い記憶だ。なんで俺がそんなものを……いや、それともやっぱりこれはただの夢で、俺がたまたまそういうものを想像して見ているだけ、か……?
……駄目だ。意識はある程度はっきりしている筈なのに、難しい事を考えようとすると頭にもやが掛かったみたいになって、何も考えられなくなってしまう。
『じゃあ村長、あんたにはこの子が悪魔か何かにでも見えるって言うのかい? 言ってごらんよ』
『いや、それは……勿論、人間に見えるけど……』
『私が育てるんだから、何も問題は無いだろう。それとも、あんたが育ててくれるのかい?』
『い、いやいや……!! 分かったよ、もう……クライヌさんに任せる』
リーシュの婆さんは、柔和で穏やかな微笑みを、俺に――……その赤子に向ける。
『子供なんて、一生抱けないと思っていたよ』
そういえば、リーシュの婆さんには子供が居る様子じゃなかったな。旦那の姿も見えなかったし――……リーシュを拾うまでは、天涯孤独の身だったんだろうか。
まるで、我が子を思いやるかのような表情を見せている。……いや。リーシュの婆さんの中では今、この赤子が婆さんの子供になったんだろうか。
また、景色は切り替わった。今度はもっと見覚えのある場所だ――……ここは、リーシュの宿屋。俺は廊下を走り回っている……楽しそうだ。ぼろのワンピースを着て、ギシギシと音の鳴る木を踏み締めながら。
随分と、成長したように感じた。自分の視界に銀色の髪の毛が映る……長く伸ばしているのは、この頃からなのか。客室を出て、階段を降りて、玄関へ。ぐるりと回って庭の方に出ると、リーシュの婆さんが洗濯物を干している。
『リーシュ。寝間着のままで外に出たら駄目だって言ったろう?』
『じゃあ、今日からお外用の服にする!!』
『そんなに見すぼらしい服で外に出ちゃいけないよ。うちが貧乏みたいに見えるだろ』
『貧乏ってなに?』
『お金が無いことだよ。……いや、うちは貧乏か』
リーシュの婆さんが、楽しそうに笑っている。……残念ながら、俺は現実の世界で婆さんのこんな表情を見た事がない。リーシュの隣だと、こんなに穏やかに笑う人だったのか。ちょっとだけ俺にも見せてくれていれば、俺もキチガイ変態ババアの烙印を押す事は無かっただろうに。
婆さんが手招きをすると、俺――リーシュが婆さんの所に走って行く。
『ちょうど良いから、朝ご飯にしようか』
『うん!!』
――平和な時だ。
そういえば、俺が初めにノーブルヴィレッジを訪れた時、リーシュの婆さんはノーブルヴィレッジには居なかったんだよな。何か用事があったのか――……でも、リーシュは魔力が高い事で、この頃から問題になっていたみたいだ。
自分が面倒を見ると言った娘を、どうして置き去りにして村を出たりしたんだろう。
朝食を食べながら、リーシュの婆さんがリーシュに言った。
『リーシュ。……魔力の制御は、できるようになってきたかい?』
『うーん……少しずつ?』
『そうか。なら、そろそろ頃合いかもしれないねえ』
『頃合い?』
俺ことリーシュは、首を傾げているようだったが――……リーシュの婆さんは三つ指を立てると、リーシュに言った。
『いいかいリーシュ。大人は絶対守っている、大切なルールがあるんだ。これからリーシュが大人になるに当たって、覚えておいて欲しい事が三つある』
『みっつ?』
リーシュの婆さんは、そう言った。
『ひとつは、人に魔力を向けないこと。ふたつめに、人を攻撃しないこと。それから――……人に優しくすることだよ』
その時のリーシュには、意味は分かっていないようだったけれど。
どういう訳か、この夢には計り知れない現実味があった。俺は、ぼんやりとしていて、それでいてはっきりとした意識の中にいながら――……不意に切り替わった世界に、驚いた。
場所は、ノーブルヴィレッジの草原だ。……誰かが、こっちに来る。
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