第200話 何の役にも立たなくて

 エドラはウシュクの事情を知っても、それを治安保護隊員に通報しようとはしなかった。証拠が無くチェリィも生きている以上、通報しなければクランでもウシュクをどうにかする事はできなかった。

 結局、この事件はウシュクがチェリィを殺そうとして、それが未遂に終わったということで――……誰も、実害を被っていない。そういう形で、幕を閉じたようだった。


 ノース・ノックドゥで就任式をやってから、数日が経過した。俺はまだ、仲間達と共にノックドゥの城で生活していて……特に今後の予定も定まらず、ただ日々を過ごしていた。

 あの後、チェリィは自室から一歩も出ていない。ウシュクも暫くの間は同じようにしていたが、やがて城を出て行ったようだった。

 それに対して、エドラは何も言わなかった。あの日から俺に対して怯える事もなくなり、エドラはどこか以前よりも落ち着いたように見えたが――……もしかして、就任式がこういう結末になる可能性を、少しでも考えていたのだろうか。真実は分からない。


 クランはウシュクの他に、今回の事件に関与していた人間が居ないか、その痕跡から証拠が見付からないか、といった事を捜索しに出ていた。こんなにも長期間に渡り、セントラル・シティに穴を空けるのもどうかと思ったが――……部下のティーニが見ているとの事で、ひとまずは大丈夫なようだった。

 俺はノース・ノックドゥのバルコニーから、街の様子を眺めていた。


「おお、グレン。こんな所にいたのか」


 そう言って、俺に駆け寄って来る男の姿があった。すっかり体調も良くなったようで、顔色も改善していた。キャメロンだ。


「キャメロン。今日は買い物に行かないのか?」


 俺がそう問い掛けると、キャメロンは笑った。


「もう、いい加減に見るものも無いのでな。ミューは相変わらず、ガラクタを探しに出たようだが」

「新たな機械が増えるのは良いけどさ……もう少し、汎用的な武器にしてくれないもんかね」

「まったくだ」


 キャメロンは苦笑した。

 ミューはあれから、ノックドゥの街を歩き回っては変なものを買って来て、それを使って何かを開発している。何やら一人で勝手にノックドゥの空き部屋を借りられるように申請しているわ、夜な夜なドリルの音は聞こえて来るわで、何がなんだかよく分からない。

 まあ、ミューらしいと言えば、らしいか。


「お前の傷は、もう良いのかよ」

「ああ、お蔭様でな。いつまでも、魔法少女の空席を残していられんしな」

「そんな席はそもそも無いと思うが……」


 不意に、キャメロンは俺の腕を見て言った。


「グレン。……お前こそ、その包帯、まだ取れんのだな」


 キャメロンは。キャメロンと言わず、俺の仲間達は、まだ知らない。この傷が、そう簡単には治るものではないという事を。

 ……いや、治るかどうか、という問題じゃない。


「グレン?」


 俺はバルコニーの柵に両腕を預けながら、隣にいるキャメロンの目を見詰めた。


「なあ、キャメロン。……お前には、話しておこうと思うんだけどさ」

「お……おう? ……どうしたんだ?」

「他の奴等には、まだ言わないで欲しいんだ。リーシュは多分、気付いているんだろうけど――……余計な心配を掛けたくない」

「ああ。それは、構わないが」


 バルコニーの柵の上に座っていた、先程まではこちらに視線も向けなかったスケゾーが、ふと俺達を見る。

 俺は笑う事もできず、ただ真実を話す事にした。



「多分……俺はもう、スケゾーと魔力を共有できない」



 キャメロンは驚きを隠せない様子で、俺を見ていた。


「なっ……!? ど、どういう……ことだ!?」


 こと魔力に関しての、俺の予想は外れた事がない。

 だから、恐らくこれも真実だ。


「……ギルドリーダーの就任式で、戦う一歩手前の状況になっただろ。あの時、スケゾーと魔力を共有したんだ。……そうしたら、両腕が痺れて。戦わずに済んだから良かったけど、まともに動く様子じゃなかったんだ」

「だ、だが……魔力共有なんて、いつもやって来た事だろう? 今更、そんな事が起きるとは……」

「お前が倒れている間、セントラル・シティの東門で、恐ろしい強者と戦ったんだ。その時に、スケゾーとの魔力共有を三十%まで引き上げた」

「たった五%じゃないか。……そのうち良くなるのではないのか?」


 俺はキャメロンの前で、腕の包帯を取った。

 人造の義手の上から包帯を巻く事によって、辛うじて腕の形に見せていた腕。それが解かれると、肘から先の肉は焼け焦げてなくなり、ゼリーのように透明な膜が骨を覆っている。この透明な部分が、俺の義手。

 キャメロンはそれを見ると、青い顔をした。


「お、お前……それは……!!」

「……正直、今この段階で既に、ほとんど感覚がない。……ま、当たり前だろって話だけどさ」

「どうして、黙っているんだ……!? この事実を知っている人間が、俺の他にあと何人いる……!!」


 どうだろうか。俺が倒れている間にこの姿を見た人間だったら、きっと把握はしているだろう。

 でも、包帯を巻いていれば気付かない。普段俺は上からグローブをしているし、風呂の時も少し怪我をした、位の反応で済んできた。ヴィティアの態度なんかも考えると――……多分、知っている人間は少ない。

 病院で皆が集まった時には、もう俺は包帯を巻かれていたのだろう。

 俺は身体を反転させて、バルコニーの柵に背中を預けた。


「これから俺達は、ノックドゥの所属ギルドになる。……もし所属ギルドになれたなら、俺がこの状態だと他の人間にばれるのはまずい。……このギルドの前衛は、俺とお前だけだ。だから、これから先、お前にもっと負荷を掛ける事になるかもしれない。だから、お前には話しておこうと思った」


 キャメロンは言葉を失ってしまい、呆然と俺を見ていた。その様子に少し、苦笑してしまった。


「ま、心配すんなよ。この国の所属ギルドになれたら、ちゃんと皆にも話すさ――……まあ、なれたらだけど」

「なれるよ」


 そう話したのは、俺でもキャメロンでもなかった。

 バルコニーに現れたトムディが、俺とキャメロンの所に歩いて来ていた。……話を聞いていたのか。トムディはもう、東門の戦いで俺の事を知っている。ラフロイグンとの戦いに集中していて見ていなかったけれど、あの距離なら俺の様子は分かっただろう。

 トムディは険しい顔をしていた。俺の事を責めるかのような眼差しで見ていた。


「誰が何と言おうと、毒で死にそうになっているチェリィを助けたのは僕達だよ。冷静に考えれば、すぐに僕達が犯人じゃないって気付くさ」

「ああ。……まあ、そうかな」

「だから、一刻も早くグレンは、この事をみんなに話すべきだよ」


 キャメロンも同意なのか、俺を不安そうな顔で見詰めて来る。

 スケゾーは腕を組んで、首を横に振っていた。

 俺は溜息をついて――……、苦笑した。


「……俺が戦えないって知ったらさ。……皆、不安になるんじゃないかな」


 きっと、なるだろう。そうしたら。俺は戦う事に不安を抱えているギルドメンバーを抱えて、ノックドゥを護って行かなければならない。

 それはどうにも、荷が重くて。それで俺は、この事を話せずにいる。最初はただ、言い辛かっただけだった……けれど、こうなってしまうと。


 ……おや。


 トムディが、俺に向かって手を伸ばした。握手を求めるように――……トムディは、真剣だ。少し圧倒されてしまいそうな位に。


「何の役にも立たなくて、実力も無くて、必死で努力しても全然駄目で、どうしようもなくなったら。僕達はもう、乗り越えるための壁に足を掛けてる」


 ……トムディ。


「やって行けるよ!! そうだろ!? 皆で協力すれば、きっとそこに道はあるさ!!」


 例え、戦う事ができなくても。

 キャメロンが、穏やかに笑った。


「そうだな。……トムディの言う通りだ。グレン、少しお前は考え過ぎかもしれんぞ」


 そうだろうか。

 もしも、そうだったら。


 じんわりと、心が暖かくなった。今俺は、一人で戦っている訳じゃないんだと――……改めて、感じる事ができた。


「…………ああ。……じゃあ、皆に話さないとな」


 トムディとキャメロンは、俺の言葉に顔をほころばせた。


「本当だね!? 約束だよ!! 僕、これから皆を集めて来るからね!!」

「おー、良いぞ。こうなったら、洗いざらいぶちまけてやるよ」


 キャメロンの手を引いて、トムディは歩き出した。遅れて、キャメロンも歩き出す。

 喧嘩していた時の表情など、面影もない。すっかりトムディはやる気になっていた。


「行こう、キャメロン!! ヴィティアは城にいたよ。ミューは?」

「じき戻って来る頃だな。また、別室でドリルでも使ってるんじゃないか? それか、まだ外だな」

「ほんと好きだな……グレン、ここに居てよ!? すぐに皆、連れて来るからね!! そこで今後の打ち合わせだよ!!」

「おー」


 ばたばたと音を立てながら、バルコニーから離れていく。俺は頷いて返事をしてから、ひらひらと二人に手を振った。

 やがて、バルコニーは静かになった。俺はスケゾーと二人、トムディ達の出て行った場所をなんとなく眺めていた。

 不意に、スケゾーが言った。


「良かったっスね、ご主人」


 共に生き、協力し合う仲間がいること。


「……ああ」


 以前の俺からすれば、考えられないことだ。……ずっと、一人だった。こうなって今初めて、俺は一人ではないと思える。

 俺は目を閉じ、まだ見ぬ夢に想いを馳せた。

 ……届くだろうか、一万セル。

 森の中に住んで、そこにリーシュが現れた。俺達はギルドになって、そこにトムディが入って、ヴィティアが転がり込んで来て、どんどん輪は広がって行った。

 地道に一つずつ課題を乗り越えて、そうして今、ギルドリーダーの門を叩く所まで来ている。


「スケゾー。……やっと、ここまで来た」

「そうっスよ。すごいじゃないですか」

「ある意味、お前のおかげかな」

「いやあ、オイラは別に。なんもしてねえっスよ」


 スケゾーはそこまで言って、ふと俺を見た。


「……ある意味って何スか」

「え? いや、最近流行ってるみたいだからさ。ある意味」

「ちげーだろオオォ!! そこは『全部スケゾーのおかげだな』って言う所だっただろオオォ!!」

「なんで全部お前のおかげなんだバカ!! 動いて来たのは俺だろうが!! 文句あんのかてめえ!!」

「バカ!? おうおうおうご主人よお、そろそろここでどっちが強いか決着付ける時だなこれは!!」

「上等だアァァァ!!」


 珍しく、スケゾーが俺の事を殴って来た。すかさずスケゾーに殴り返して、その後はもう、目も当てられない位に醜い争いだった。

 くっ……この、口に手を入れて来るんじゃない!! だったら俺はこの骨を掴んで……痛い!!


「いてえ!! お前この、噛む事ねえだろ!!」

「体格による腕力の当然な違いによるハンデ的な奴ですよご主人。むしろ恥ずかしくないんスか、こんな小動物相手に本気出して」

「誰が小動物だ誰が!!」

「あ、あの!!」


 俺とスケゾーは、互いに互いの様々な場所を掴んだ状態のまま、声のした方を見た。

 そこには、チェリィが立っていた。珍しく、自室を出て来たらしい――……なんとも可愛らしい部屋着のままで、チェリィが俺とスケゾーを見て口を開いた。


「……クラン・ヴィ・エンシェントさんが。皆さんを集めて、会議室に来て欲しい、と」


 俺とスケゾーは、目を見合わせた。



 *



 俺が会議室に行くと、既にメンバーは揃っていた。

 エドラ、クラン、チェリィ。……ウシュクの姿はない。ノックドゥの使用人がずらりと並んで立ち、椅子に座っているのはリーシュ、ヴィティア、トムディ、キャメロン、ミュー。クランは会議室の机から離れて立っていて、その隣にはエドラの姿もあった。

 ……唯事じゃないな、これは。なんだ、このモノモノしい空気は……どうしても、緊張してしまう。


「グレン。……待っていたよ。ちょっと、こっちに来てくれるかな」


 でも皆どこか、明るい顔をしているように思えるのは、俺だけだろうか。吉報か……? ウシュクの共犯者なんかが見付かったんだろうか。

 俺は歩き、椅子に座っている仲間達を通り過ぎた。クランの前まで歩くと、対面に立つように促される。

 クランの真正面。向かい合うように、俺は立った。


「……まず、君にはお礼を言わなければならない」


 真剣な顔で、クランは言った。


「就任式での対応、見事だったよ。チェリィ・ノックドゥは息を吹き返し、誰も殺されずに済んだ。……これは、素晴らしいことだ。私からも、改めて言わせて欲しい。……本当に、君のおかげだ。ありがとう」


 俺の中で、僅かにあった不安――……これからどうなるのかという不安が、消し飛んだ。


「ノックドゥは君のおかげで、今後も発展していく事だろうと思う」

「あ、ああ、いや。……あれはさ、俺の作戦ではなくて……トムディのものなんだ。俺は、見ていただけなんだよ」

「それでも。君の仲間の功績は、君の功績でもあると私は思うよ」


 クランの言葉に、俺は思わず頬を緩めてしまった。

 良かった。……どうなる事かと思ったけれど、俺は一応、ノックドゥの人達に認められたらしい。

 これから、やらなければならない事が沢山ある。あんな形で就任式を終えてしまって、あまり印象は良くなかっただろう。間違いなく、マイナスからのスタートだ。だから、手放しでは喜べない。それは分かっている。


「グレン。……その上で君に、新たに出さなければならない指令がある」


 でも、ほんの僅かな一本の細い糸でも、残っていたことが。俺は、嬉しい。


「ああ、なんだ……!! 何でも言ってくれ!!」


 色々、あったけれど。

 できるんだ、ギルド。

 クランは腰を深く曲げて、俺に頭を下げた。



「すまない。ギルドリーダーを――――――――諦めてくれ」



 ほんの一瞬でも緩んだ俺の頬は、そのままの状態で固まった。


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