第180話 ノース・ノックドゥの姫君

 俺達は無事、ノース・ノックドゥの城に辿り着いた。王座のある部屋まで辿り着くと、何故か王座に座っていたのは女王ではなくガマガエルで、当の女王は王座の後ろで震えていた、という。

 ……どういう状況だよ。せめて王は座ってくれよ。王座に。


「エドラ様。この度の魔物の襲来、誠に申し訳ございませんでした。キングデーモンのギルドリーダー、クラン・ヴィ・エンシェントとして、深くお詫び申し上げます」


 すかさずクランがエドラの前に歩いて行って、膝をついた。頭を下げる……それを確認すると、ようやく王座の後ろに隠れていた女性は姿を現した。

 ……えっ。


「いいえ、顔を上げてください、クラン。キングデーモン側にも重大な被害が出たのですから、仕方が無い事です」

「寛大なお言葉、痛み入ります」


 わ、若い。……さっきクランが、「もう歳だから」みたいな事を言っていなかったか? 年齢は俺達とそう変わらないように見える。それか、魔法で若返っているのか。

 これが、『聖女』か。初めて見たが、度肝を抜かれる美しさだ。栗色の髪は緩やかなウエーブを描いていて、背中まで伸びている。真っ白な肌は妖精か何かのようで、目も大きく優しい顔立ちだ。

 なんと表現したものか、思わず悩んでしまう所だが……そう、ルミル派。

 クランは顔を上げて、俺に目配せをした。……そうか。クランが膝をついているのに、俺が棒立ちでいる訳にもいかない。クランの隣に立つと、同じように膝をついた。


「こちらが、新しいノックドゥの守護者。グレンオード・バーンズキッドという者です」

「……ど、どうも。グレンオードです」


 畏まった場は、どうにも慣れない。普段目上が相手でも敬語なんて使った事がないから、どうしても中途半端になってしまう。

 くそ。こんな事なら、師匠を相手に敬語の勉強もしておくんだった。……無理か、あの人じゃ。


「は、初めまして。エドラ・ノックドゥです。……長旅、お疲れ様でしたね」

「いえ。セントラル・シティからは、そう離れてもいませんので」


 ……ん?

 なんだ……? エドラは、俺から目を逸らしている。すっかり青褪めた顔で、今すぐにでも逃げ出してしまいそうな雰囲気だ。

 つい、顔を上げてまじまじとエドラを見てしまうが。俺が見れば見る程、エドラは俺から距離を取る。


「ク、クランから、はな、話はうがかっており……うか、うかがっ……うかうかうか」


 クランが俺を肘で小突いている。


「人見知りだって言っただろ。……あまり、見ないようにして差し上げて」


 何その注文!?

 仕方なく、俺は頭を下げた。


「……こほん。伺っております。ノックドゥのために、新たにギルドを編成して下さったそうですね」


 いや人見知りってレベルじゃねえよ!! 殆ど対人恐怖症の域だろこれは!!

 そんな。俺、何も悪い事してないのに。……クランとは、普通に目を見て話せるようだ。俺は、これからこの人と一生懸命コミュニケーションできるように努力して行かなければならないのか。

 何だか。例えるならそれは、子猫に嫌われた時のような。そんな、微妙なショック度だった。

 クランが胸に手を当てて、透き通るような、それでいてはっきりとした口調で言う。


「まだ名も無きギルドではありますが、その実力は私も認める所です。先日のような事態は引き起こさないでしょう」

「まあ、心強いですわね。後ろの方々は?」

「二人共、グレンオードの仲間です。自己紹介して貰っても良いかな?」


 背後に向かって振り返ったクランに対して、扉の前で様子を窺っていたリーシュとヴィティアは、慌てて俺の隣に走った。


「ヴィティア・ルーズです。よろしくお願いします」

「リ、リーシュ・クライヌです……!!」


 当然だが、俺の仲間は俺以上に敬語なんかできない。特にリーシュはノーブルヴィレッジの出身だ。あの村に上下関係なんか皆無だからな。

 勢い余って、余計な事を口走らなければ良いんだが……。


「あの、想像していたよりもかなり子供っぽくて、安心しました!!」


 リイイィィィィ――――――――シュ!!


 お前に『若い』とか『お綺麗』とか、そういうボキャブラリーは無いのかアァァァァ!!


「あら、ありがとう。嬉しいわ」


 ……お、おお。良かった、流されたぞ。……全く、こいつはいつも心臓に悪い事を……。最近あんまり喋らなかったから忘れてたけど、リーシュってこういうキャラだったんだよな。

 これからは、慎重に言葉を選ばせるようにしないと。俺の身が保たない。

 エドラは穏やかに笑って、少し恥ずかしそうにしていた。


「でも、もう六十過ぎよ? お世辞が過ぎるわ」


 えええええ六十過ぎてるのかよ!?

 見た目は完全に二十代。いや、ティーンエイジャーと言われたって、ギリギリ信じてしまいそうな位なのに。……リーシュのクソババ……お婆ちゃんとは違うベクトルだが、これはこれで驚きだ。

 いや、良いか悪いかと言われれば、この場合は良いんだけれども。やっぱり、魔法か何かで若返っているんだろうか。


「いつまでもそうしていると辛いでしょう。奥に部屋を用意してありますから、こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」


 クランを先頭に、俺達はエドラに案内されて、隣の部屋へと移動した。これだけ大きな国の国王だと言うのに、まるで鼻に掛ける様子がない。そればかりか、部屋の案内まで自分でやるとは……。凄いな。

 王様って、もっと偉そうにしているイメージがあったんだけど。全然違う。

 そんな柔和な雰囲気に安心したのか、リーシュもヴィティアも若干の緊張は見られるが、普段通りだ。

 奥の部屋に案内されると、長机と椅子がある。俺達は、そこに並んで腰掛けた。

 向かいには、エドラとガマガエル。……このカエル、重役なのだろうか。なんでここに居るんだろう。


「実は先日とある冒険者の方から、美味しいお茶を頂いたのですよ。一緒にいかが?」

「是非、頂きましょう」


 慣れたもので、クランは相槌を打つように返事をしていた。ヴィティアが目を輝かせて、両手を合わせる。


「いくらのお茶ですか!?」


 お前……。


「グラム十セル位だったかしら」


 エドラは何気なく返答しているが。……これ、普通に考えたら退場モノだよな。本当に大丈夫なんだろうか。ヴィティアは金額の大きさを聞いて、卒倒しそうな様子だった。

 いやしかし、グラム十セルって。やばいだろ……どんなお茶だよ。金箔で出来てるんじゃなかろうか。


「シェフさん、お客様にお茶を淹れて差し上げて」

「かしこまりました」


 そう言って、ガマガエルは立ち上がった。

 いや、お前が淹れるの!? ……淹れるか。なんてったってオーナーシェフ……シェフってお茶を淹れるものか? ……まあ、淹れるのか。余計な詮索はやめよう。

 しかし、リーシュとヴィティアには普通に受け答えできるんだな……エドラ・ノックドゥ。特に視線を外すような事もないし。いや、もしかして慣れてきたんだろうか。

 と思っていたら、エドラは俺を見て、にこやかな……引き攣った笑みを浮かべた。


「ところで、……あの、グ、グレ、ググレ、かすっ」


 えーっ……。


 苦笑して、クランが俺を見た。

 ……俺は、エドラから目を逸らした。


「こほん。グレンオードさん達に、予め伝えておかなければならない事があります」


 傷付くなー、これ……。何で俺だけ駄目なんだよ。あれか。見た目の問題か。

 別に怪しい金属アクセサリーを付けている訳でもないし、冒険者として真っ当な格好だと思うんだけどな……。顔が悪いんだろうか。それはどうしようもない。

 そんな事より、「かすっ」って何を言い掛けたのか、非常に気になる。

 ……まあいいや。

 俺はテーブルのシミでも数えていよう。

 ……綺麗なテーブルだな。


「改めて、ここまでの長旅、ご苦労様でした。大したおもてなしも出来ませんが、まずはゆっくりと旅の疲れを癒やして頂ければと思います。後のお仲間は、追って到着するのかしら」

「はい。その予定です」


 下を向いたまま、俺はそう答えた。


「先日、魔物の襲来がありました。……これまでも何度か魔物は襲って来ていましたが、魔物はどんどんと成長のスピードを上げて、人間の住処を脅かしに来ています。先の戦いでは、何人もの冒険者が負傷しました。わたくしの魔法でも、癒やし切れない程の傷でした」


 エドラは凛とした態度で、俺達にそう言った。

 ……わたくしの魔法、か。クランの話に拠れば、聖女は魔力が高いらしい。その魔力で国の人間を癒やす事も、やはりしているんだろう……それは普通に考えれば、頼りになる話だ。


「グレンオードさんが新たに作るギルドも、キングデーモンとの共闘関係にあると聞いています。だからこそ今、話しておきたいのです」


 ちらりちらりと、エドラの顔を眺めながら。やっぱりどれだけ優しそうでも、こういう時はしっかりしているものだ。


「わたくし達が目指すのは、国民の生存。戦闘の勝利ではありません」


 確かに、それはそうだ。


「全滅は避けなければなりません。もしも戦闘で勝てそうもない時は、国民の安全を第一に考えて行動してください。この状況です、逃げるしかない事もあります。その時は、逃げましょう。全力で」


 国を捨てて逃げるという判断を、真っ先に国王がすること。

 大したものだ。普通、危険になっていない状況でそのようには決断できない。危なくなって決断を決める頃には、もう逃げる事すら出来なくなっていた、等という事態はザラにある。

 だから、もしもの時は命を捨てて、国民の救済に当たってくれと。……まあ、冒険者ってそういう仕事だからな。今更、危険だからどうだと言う事はない。


「今夜、食事の席を設けています。就任式の具体的な説明は、そちらで行いましょう」


 部屋の扉が開いて、ガマガエルみたいな顔の男がお茶を持って来た。いや、シェフだったか。

 ……シェフって、名前だったのか? オーナーのシェフ氏なのか? それともオーナーシェフなのか?

 謎は深まるばかりだ。

 このガマガエルめ。


「お待たせしました。美味しいお茶でございます」


 いや、言えよ。茶の名前を。

 順番に、俺の所にもカップが回って来る。こ、これがグラム十セルのお茶なのか。一体どんな味がするんだろう。


「……えっ」


 なんか紫色なんだが……。


「これは、なんという名前のお茶なんですか?」

「美味しいお茶でございます」

「……茶葉は?」

「美味しいお茶でございます」


 美味しいお茶なのか?それとも、『美味しい』という名前の茶葉なのか……?

 謎は深まるばかりだ。

 しかし、見た目がエグい。

 ……飲むのはやめておこう。


「クラン。王権継承のお話は、皆様には?」

「ええ、話しています」

「そう、なら話は早いですね。……先日の戦いで魔力を消費しすぎた影響で、わたくしも肺をやられてしまいました。今は、治癒魔法で抑えていますが……それも、やがて隠し切れなくなるでしょう」


 エドラはそう言って、シェフに目配せをした。シェフは頷いて立ち上がり、部屋を出て行く。

 遂に、新・国王が俺達の前に姿を現わすのか。俺は顔を上げ、背筋を伸ばした。どんな奴が相手でも、俺は冷静に対処すべき。慌ててはいけない。

 ここにトムディ、チェリア、ミュー、負傷したキャメロンが揃えば、俺達のギルドは完成する。そうなった時に最も大事なのはやっぱり、王との交流だ。第一印象を悪くする訳には行かない。


「そこで、長く就いてきたこの国王の座を、降りようかと思っています。グレンオードさんを始めとする所属ギルドとなる皆様には、以後、次世代の王と共に、この国を護って頂きます」


 エドラが、部屋の扉を見た。俺達も自然と、扉の方を見る……。


「入りなさい」


 まずは第一印象だ。第一印象。


「失礼します」


 ――扉が、開いた。

 王族ならではの、美しい高貴なドレスに身を包んでいた。緑がかった栗色の髪をなびかせ、まるで踊るかのような足取りで登場した。

 咄嗟に俺は、目を奪われた。優し気な顔立ちに、可憐とも気高いとも取れる笑顔をまとう。クランも思わずといった様子で、呆然とその姫君を眺めるばかりだ。

 姫君は目を閉じたままで、部屋に入る。

 これが、血筋か。他の何者にも代えられない、唯一無二の風貌。それは俺を驚愕させ。


「……初めまして。私がこの城の、次代の後継者」


 そうして、姫君は目を開けた。


「チェリィ・ノックドあああああぁぁぁぎゃあああああぁぁぁぁ――――――――!!」


 そこには、チェリアがいた。

 ……………………姫君。



 男じゃねえかあアアァァァアァァァァ――――――――!!



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