第176話 その身を削る死闘

 肉が焼けるような音がする。俺の全身から、煙が出ている。……これが、痛みの原因なのか。

 だが、俺は歯を食い縛り、痛みに耐える。


「ここから後ろは……抜かせねえぞ……!!」


 まるで、自分の身体を別の誰かが動かしているかのようだ。

 俺は剣士の懐に潜り込み、剣を振りにくい近距離から腹を狙った。剣士は咄嗟に反応して、ラインを下げる――……だが、俺の拳は剣士の腹を掠めた。

 僅かに擦れただけ。だが、そこから俺の魔法が発動し、巨大な爆発が起こる。

 爆発の影響で、俺自身が吹き飛ばされた。少し地面を転がると、すぐに起き上がる。

 まるで全身をフライパンで焼かれたような状態の身体。追い打ちのように、ハンマーで殴られた時のような痛みが走った。


「ぐううっ……!!」


 少しずつ、感覚が麻痺していく。

 見えている腕の肌は、既に茶色とも赤黒いとも取れる色に変色している。……この痛みから考えれば、恐らくそうなっているのは全身。……俺は、スケゾーの魔力に『焼かれて』しまったのだろうか。

 グローブの内側にある手など、既に骨だけになってしまっている……ように、見える。

 俺は、大きく息を吸い込んだ。


「がああああああああ――――――――!!」


 痛みを切り裂くように、叫んだ。

 剣士は俺に向かって、またも突っ込んで来る……俺がこれだけの深手を負い、身体能力を上げて戦っていると言うのに。それでも、翼の剣士とは互角のように感じる。

 拳と剣を打ち合わせ、その度に爆発が起きる。爆発は、俺から発されているもの――……だが、そのダメージを俺自身も背負っているようだ。

 ……『ようだ』と言うのは、既に両手の感覚も全身の感覚も薄れているため、判別が付かないからだ。

 俺は今、どういった状態なのか。


「笑えよ、剣『使われ』が……!! 【笑撃の】……!!」


 歯を食い縛る。


「【ゼロ・ブレイク】!!」


 爆発は剣士など容易く呑み込んでしまう程に大きい。……だが、右手のグローブが粉砕し、粉々になった。……とてつもない威力だ。人間から発されたものとは思えない。

 だが――……倒した手応えは、ない。

 改めて俺は、自分の手首から先を拝む事になった。

 ……肉が剥がれ、骨だけになった右腕。魔物だって、もう少しマシな見た目をしている。

 それを見ただけで、嘔吐してしまいそうだ。


「まだ、生きてんのかよ……!!」


 ――――――――まだか。


 まだなのか、クラン・ヴィ・エンシェント。……俺はもう、戦えない。これ以上肉体を削れば、再起は難しいかも……しれない。

 幾ら俺の身体が再生すると言っても、それは外側の損傷だ。……どう考えてもこれは、スケゾーの魔力を利用する事による反動。……俺の身体が治る保証はない。

 それでも、両の拳を叩き付けた。力任せに振り回し、その度に激しい爆発が草原を包み込む。冒険者は離れているが、近付いた魔物は巻き込まれて塵になる。


「……なんだ、これ。……本当に人間同士の戦いなのかよ……」


 誰かの呟きが聞こえた。


 倒れろよ。


 ……さっさと、倒れろよ!!


『やめろおおおおぉぉおぉぉぉぉ!!』


 魔力共有率を上げてから、絶え間なく俺の頭の中では、悲鳴が聞こえている。

 誰のものとも分からない、悲鳴。

 やがてそれは、俺の悲鳴と重なる。

 全身を焼かれる、悲鳴。


「ぐおおおぉぉおぉぉぉぉぉ!!」


 殴りながら俺は、悲鳴を上げていた。それは、狂気にも似ていた。

 全身の筋肉が、限界を主張している。後には引けない、戻れないと。そうだとするなら、戦っている相手は果たして本当に、剣士なのか。それとも、俺自身なのか。

 唯一つ言える事は、この剣士はまだ余裕を持っていて、俺では相手にならない、という事だけだ。

 そもそも、人間では相手にならないようにできている。そうに違いない。先程から一言も言葉を発さないのは、これが人間であって、人間ではないからだろう。


「ぐおおおおおああああああ!!」


 きっともう、この剣士は心を殺されているんだ。それがどういう技術なのかは分からないが、とにかく。

 元より、人ひとりに止められるような『兵器』だとするならば、そんなものは革命を担う槍として不十分だ。だからこその、黒い翼。内側にゴールデンクリスタルが仕込まれているかもしれない。俺と同じように、魔物の魔力を利用しているかもしれない。

 だが、その黒い翼は強さの証明だ。

 だから、俺では相手にならない。……連中に取ってみれば、相手になってはいけないのだ。

 俺如きが。


「頑張れ――――!! 『零の魔導士』――――!!」


 声が聞こえる。

 ――それでも、引けない時というのは、ある。


 俺の背中に居る冒険者が後、何人居るのか。俺が倒れた時それらが、どうなるのか。

 セントラル・シティが、どうなるのか。

 そんなものは、一目瞭然で。


「頑張れ――――!!」


 ……少し、視界が遠い。


 気が付けば俺は、拳を引っ込めていた。俺と剣士の間に立っている男が、俺の戦闘を中断させた。

 一人じゃない。……二人。


「……悪かったな。……よく、一人で持ち堪えてくれた」


 クラン・ヴィ・エンシェント。……それともう一人は、ラグナス、か。

 二人が斬り掛かった反動で、剣士のフードが捲れている。その顔が露わになると、俺の意識は薄れて行った。


「ラフロイグン……!!」


 背中で……師匠の声がする……。

 この顔、どこかで見た事があったような……? ……そうだ……。確か、滅びの山の山頂に暮らしていた、あの……剣士……。


『お前の師匠が会いたがっていたぞ。……たまには、帰ってやれ』

『爺さん……師匠の、何なんだ?』

『なに、古い友人でね。昔はよく、一緒に魔物と戦ったものだ』



 *



「グレン様!!」


 呼ばれて俺は、目を覚ました。

 ここは、どこだ……? 見知らぬ天井と、リーシュの顔が見える。……そうだ。俺は、セントラル・シティの東門で、剣士と戦って。

 俺が目を覚ましたからか、リーシュが少し安堵したような表情を見せた。起き上がろうとすると、身体中に痛みが走る。頭痛が酷い……右手で頭に触れようとすると、その右手に何かが巻いてある事に気付いた。

 何だ、これは……包帯……?


「リーシュ……そうだ、俺は……右手……」


 感覚は相変わらず無い。この様子だと恐らく、治ってないみたいだな。

 俺の右腕……。


「よかった、グレン様……!! ご無事で……!!」


 リーシュが俺の頭に抱き付いた。

 ここはどうやら、病室のようだ。あの後、俺は気を失って倒れた、という事か。室内にはいつものメンバーに加え、クランや師匠の姿も見える。俺の事を心配して、集まってくれたのか。

 ベッドに手を突いて、ヴィティアが身を乗り出してくる。


「グレン、大丈夫……? もう、大丈夫なの?」

「ああ。……ひとまず、問題ないみたいだ。悪いな、心配掛けて」

「丸一日、眠ってたのよ」


 そう言うと、ヴィティアも少し安堵したように見えた。

 全身がぴりぴりと、火傷したように痛い。戦闘中の激痛とはまるで比較にならない、軽いものだが……それでも、俺が魔力共有をした事によって痛みを覚えている事は、もはや疑いようもない事実だ。

 両手は未だ、開く事もできない。……それが、先の戦闘がいかに厳しいものだったのかを物語っている。


「……すまない、グレン。ノックドゥに居る賢者マックランドとラグナスを始め、戦える冒険者を外から集めていたんだ。偶然にも、外部から協力者を募っている最中の奇襲だった」


 クランはそう言って、俺に頭を下げた。


「私が交渉に出なければという事で、セントラルを離れていた……だが、そのせいで君一人に事実上、防衛を任せてしまっていた」

「いや、仕方ないよ。正直俺も、あんなレベルの敵だと思ってなかったし……」


 俺はクランに、素直な気持ちを述べた。

 クランは、セントラル・シティを離れていたのか。そうだとしたら、あの短時間で駆け付けてくれた事の方が嬉しい。


「たった一日、セントラルを離れただけでこうなるのかと、身に染みる思いだったよ」


 クランはそう言って、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 キングデーモンが護っている土地で、これまで危険に晒されるような出来事は起きた事が無かった。だから、これは余程の偶然なんだろう。

 クランはセントラルを離れていた。師匠はノックドゥに行っていた。……元々、俺は負傷していた。

 可能なものなのか。こんなにも都合良く、戦える人間が居ないタイミングを狙って……。


 ……狙って、いたのか?


 連中は、巧妙に俺達が油断する瞬間を狙って来ているように感じる。こうも先手先手と取られてしまうと、まるで内側にスパイが潜り込んでいるような気持ちにもさせられる。

 師匠がノックドゥに行ったのは、本当につい最近の話だ。もし師匠がセントラルに居る時に同じ事が起これば、全く事情は違っていた。師匠は龍を呼べるし、その気になれば一人で戦争を起こす事もできる存在だ。この奇襲は、師匠が居ない時にしか成立しなかった。

 クランが居る場合も同じだ。キングデーモンの人間が満足に動く為には、クランの存在は必要不可欠だろう。

 ……巧妙……か。


「ラグナスは、『赤い甘味』を出てから、どこに行っていたんだ?」

「少し用事でな。セントラルを離れていた」


 まさか……な。


 どの道、今の段階で内側に疑いを持った所で、名乗り出る奴なんて居ないだろうし。場合によっては、全く関係の無い人間が祭り上げられる事になるかもしれない。

 今はまだ、探りようもない。


「それより、ラグナス。……俺の見間違いだとしたら、気にしないで欲しいんだが。あの、黒い翼の剣士はさ……」


 俺が問い掛けると、ラグナスは頷いた。


「――ああ。『滅びの山』のジジイだ」


 やっぱり、か。……少し、見間違いである事を期待したけれど。

 あの爺さん、ダンジョンで見た時は普通の人間だった。それが今、一言も喋らずに戦っていて……明らかに操られているような雰囲気だった。戦力としても師匠の友人だと言うだけあって、かなりの手練だった。


「ラグナスがノックドゥで戦った時も、あの位の強さだったのか」

「いや。戦った相手が違うという事もあるだろうが、今回とはまるで比較にならん。……尋常ではない程に強くなっている」


 そうだろう。やっぱり、一人でどうにかなるような相手ではなかったらしい。

 滅びの山で出会った時、リーシュだけではなく、ラグナスの剣技に対しても意見を出していた。それだけ、本人に実力がある事は明白だった。

 ……これから、あんなのを相手に戦っていかないといけないのか。

 師匠が苦い顔をして、腕を組んだ。


「ラフロイグンは、そう簡単に乗せられるような奴ではない。……絶対に、何かあった筈だ」


 それは、そうだろう。俺もそう思う。

 簡単に乗せられるような人間ではない奴が動かされているからこそ、『操られている』なんて思う訳であって。

 だけど、今は答えなんて出ない。

 俺は申し訳程度に笑顔を添えて、皆に言った。


「……俺はもう、大丈夫だから。ここを出よう」



 *



 辺りはもう、暗くなっていた。……そうか。丸一日眠っていたらしいから、時間の感覚がよく分からない。


「一旦、解散だな。俺も宿に戻るよ」


 そう言って、俺は皆と離れた。自分達の宿に向かって歩き出す。キャメロンは自分の病室に戻り、師匠とクランとラグナスはそれぞれ、別の場所へ。思えばチェリアは何故か居なかったが――……どこかに行っているんだろうか。

 残ったのは、いつものメンバー。リーシュとトムディ、それにヴィティアだった。


「ねえ、グレン。……本当にもう、大丈夫なの?」


 ヴィティアは相変わらず、俺の事を心配しているようだったが。

 俺は、ヴィティアの肩を叩いた。


「気にすんなって、大丈夫だよ。そのうち復活するさ」


 正直、俺にも分からない。……でも、俺はヴィティアにそう言った。

 今は、安心させてやる事が何よりも大事だ。……東門での俺の戦いは、やっぱり皆、気にしている事だろうから。

 しかし、何でこんなに身体が痛いんだろう。後で、鏡で見てみる必要があるだろうか。


「……グレン」


 呼ばれて、振り返った。トムディが付いて来ていない。……敢えて、気付かないフリをしていたんだけどな。俺は苦笑して、トムディを見た。


「おー、どした?」


 先の戦闘で、まるで役に立たなかった事を後悔しているように見えたからだ。……でも、仕方ない。あれは普通の人間には太刀打ち不可能な相手だったし、そんなものと渡り合おうとするのが間違っている。

 俺だって、過剰にスケゾーの力を求めた結果、反動でこんな事になってしまっているし……。

 だから、トムディが落ち込む必要は無い、んだけどな。


「グレン。……なんで……」

「気にするなよ、トムディ。……ただ、もう少し相手の強さを見極められるようにならないとな」


 俺がそう言うと、ヴィティアが腰に手を当てて、言った。


「そうよ。グレンじゃないとどうしようもない相手だったんだから、仕方ないじゃない」

「行こうぜ。……今日はさっさと寝て、明日に備えよう」


 俺はトムディに背を向け、歩き出した――――…………



「なんで、僕が助けようとするのを止めたんだよ」



 …………足を、止めた。





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