第173話 リーシュの受難
俺達は、キングデーモンの城を出た。
『それでもやっぱり、グレンにギルドを作って貰いたい』
クランは最後にそう言って、俺達と別れた。俺は検討するとだけ伝えているが……。さて、どうしたものか。
今の俺達に、ノース・ノックドゥを護るだけの戦力があるかと言われれば、正直かなり心許ない。何しろ、規模が違う。キングデーモンはギルドメンバーだけで国が作れる程の人数を抱えた、大型ギルドだ。その人数がやっぱり圧倒的で、背中を任せるに十分なギルドだと思う。
対する俺達は、精々八人かそこらの小型ギルドになる。同盟を組めば、キングデーモンの連中が協力してくれるという事はあるが。……それでも、指揮統率ができるメンバーなんて居ない。俺自身、未だ不安が絶えないというのに。
「グレン様。……ごめんなさい」
ふと、リーシュがそんな事を言った。
……恐らく、さっきの件だろうな。
『それと……、リーシュ・クライヌ。君は最近、猫の魔物を連れ回しているようだね』
話のついでと言うには少し重たい内容を、クランはリーシュに話した。
『住民は今、魔物に酷く過敏になっている。それがグレンの連れている彼のような、小型の魔物であれば……まあ一般的に、『使い魔』の範疇で扱われるだろうと思う。それでも嫌う人間は多いだろうが、それが冒険者としての力に関わると言うなら、セントラルの治安保護を司る者として、見逃すこともあろう』
『は、はい』
『だが、大型の魔物となれば話は変わってくる。勿論、小型の魔物が弱いなんてルールはどこにもない。……だが、魔物や魔力についてあまり詳しくない商人や農人などは、やはり大型の魔物に恐怖を持つものだ』
クランはかなり遠慮して言っていたが……あれは、リーシュに対する警告だ。
『今、君の存在は警戒されている。……どうしてもセントラル・シティの中を連れ歩くと言うのであれば、今後我々が動く事もあるかもしれない。唯でさえ君は――……』
俺は、思った。
クランは、リーシュが魔物の血を引いている事を、知っていたんじゃないか。
あの視線、その言葉。……正直、それ以外に思い付かなかった。どういう経緯かは知らないが、リーシュの情報はキングデーモンに伝わっているのかもしれない。
そう考えると、きっとタタマの件だけが問題なんじゃない。その長い台詞の後の『唯でさえ、君は』の先にあったであろう一言が、クランがリーシュを疑う要因になっている事は、容易に分かった。
クランは、その先を言わなかった。だけど、その先はきっとこうだ。
『唯でさえ君は、魔物の魔力を持っているのだから』……クランは、そう言いたかったんじゃないだろうか。
そう考えると、合点がいく。
クランの話はかなり控えめだったが。クランの警告は、リーシュに対してだけじゃない……俺に対してのものでもあった。
『……いや、いい。とにかく今だけは、大人しくしていて欲しい』
俺は項垂れているリーシュの頭を撫でた。
「気にすんな。……ひとまずタタマは、俺の昔の家に住んで貰おう。結界が張ってあるから安全だし、何かあれば俺が分かるようにするから」
「…………はい。ありがとう、ございます」
セントラル・シティの人々も、ある程度、気付いているんだろうか。
リーシュが、魔物の魔力を抱えていること。何度かリーシュも、セントラル・シティのミッションをこなしている――……タタマが現れた事で、リーシュに疑いを持つ人間は増えているだろうか。
……それは、分からないけれど。
ノース・ノックドゥに、魔物かどうかも分からない人型の敵が現れた。そいつは魔物を従えていた。仲間の死も経験したキングデーモンのギルドメンバーが今、連中の親玉は人間なんじゃないかと言う。
『魔物の魔力を先天的に持つ人間』。そんなものが居るなら、疑われて当然だ。
そして、リーシュの魔力は常識から考えれば有り得ない程に高い。少し戦いを見ていれば分かる。その事に目を付ける冒険者だって恐らく、ゼロじゃない。
という事は、リーシュはいつ疑われてもおかしくない状況に居るってことだ。
……そうか。タタマがリーシュに付き添うからと、セントラルまで連れて来たのは――……少し、安直過ぎたな。
クランが俺達をギルドにして信頼を持たせようとした事には、そういった背景もあるんじゃないか。
「大丈夫だ、リーシュ」
要するに、疑われているんだ。リーシュは――俺達は。
連中の親玉なんじゃないか、って具合に。
「何も起きてない。……俺、クランの提案を受けようと思うよ。ようやく、まともな拠点もできるしな」
「グレン様、私――……」
リーシュは俺を見て、師匠を見て。
「……いえ。……宿に、戻ります」
そんな言葉を呟いて、リーシュは一人、宿へと戻って行った。……師匠が居るから話せなかった、って所か。でも、リーシュの考えている事は何となく、分かる。
タタマがリーシュに付いて来るようになったのは多分、偶然じゃない。セントラルに戻ってから調べて、ネコベロスは悪魔に寄り添う習性がある、と書かれた文献を発見した。人間の書いた本だから、噂話の範疇に過ぎないかもしれないが――……あの短時間で、これだけリーシュに懐いている。
多分、リーシュは考えているんだろう。
今一度、自分の存在について。
「……ごめん師匠、なんか昼飯って空気じゃ無くなっちまったな」
俺がそう言うと、師匠は仕方ないと言わんばかりに苦笑した。
「良いよ、『赤い甘味』にはそのうち連れて行ってくれ。私も一度、ノース・ノックドゥに行ってみようと思う」
「分かった。俺、ギルドの打ち合わせをしないといけないからさ。今日は、これで」
俺は手を振り、師匠と別れる。師匠はそんな俺の背中を、暫く眺めていたようだったが。
「グレン」
少し歩いて立ち止まり、俺は振り返った。
不意に俺は、少しばかり驚く事になった。
「…………お前、大丈夫か?」
滅びの山に俺を置き去りにしても、顔色ひとつ変えなかった師匠。そんな師匠が、いつになく頼りない表情で俺を見ていた。
その、『大丈夫か』には、どのような意味があったのか。思い当たる事が多すぎて、はっきりとは分からなかったけれど。
「心配すんなよ。……俺は、あんたの弟子だぜ」
それだけ言って、俺は笑顔を見せる事にした。
「……ああ。信頼しているよ」
師匠は、苦笑していた。
様々な事情はあれど、俺が気にしなければいけない事は一つしかない。
冒険者として、グレンオード・バーンズキッドとして、信頼する仲間と、街の人々を護ることだ。
そうでなければ俺は、死んで行った母さんに顔向けできない。
「ご主人」
「どうした、スケゾー?」
「……いえ。何でもねーです」
……ギルド、か。糸が垂らされたのなら、俺は誠意を持ってそれに応えよう。
今はただ、頑張るんだ。
より良い、明日のために。
*
「ギルド…………!!」
翌日、赤い甘味。時刻も正午に差し掛かろうとしている最中。俺は皆に、キングデーモンから言われた内容を説明した。
「ああ。……もし皆が良ければ、だけど」
正直言うと、俺は期待よりも緊張が勝っている。この少人数で引き受けるべきではないような気もしている。
何しろ、キングデーモンの仕事を肩代わりしようと言うのだ。クランは出来ると思って頼んでいるのだろうから、頑張れば達成できる事なのかもしれないが――……そこは未知数なんだ。もし達成出来なかったとしたら、少なくとも俺達の株は下がるし、場合によっては魔物にやられて全滅なんて事も有り得る。
危険が迫っているからこその、代打。あまり手放しで喜ぶような事態ではない。
トムディがテーブルから身を乗り出して、目を輝かせていた。顔が近い。
「ってことは、お城の仕事を引き受けるっていうこと!?」
「あ、ああ、まあ……そうだが」
「よし来たアァァァァァ――――――――!!」
ヴィティアは手を合わせて、手の甲に頬擦りをしている。
「ゆ……夢のギルド成立……しかも幹部……!! えへへ……私もグレンとセレブに……!!」
……なんだ、この反応。
俺は呆気に取られてしまい、呆然と周囲の様子を見守っていた。
ミューが紅茶を飲みつつ、俺に鋭い視線を浴びせる。
「当然……私とキャメロンも参加していい……のよね?」
「ああ、勿論、それは……構わないが……」
キャメロンが握り拳を構えて、立ち上がった。
「つまり、魔法少女も戦隊ヒーローになる、って事だな!?」
お前は一体何を言っているんだ。
ミューは冷静に紅茶を飲んでいるが。
……いや、違う。手が震えている。
「私の席は……王座で構わないわ……」
「一応恐縮したつもりなのか、それは。っていうか王座とかねえから」
あまり、手放しで喜ぶような事態ではない。
……筈なんだけどなあ。
「やっと僕達にも拍が付く、って事だよね!! 世間が認めるって事だよね!!」
トムディは一応、状況を理解した上で喜んでいるようだが。
「お金持ちって何のことか分かる? お金を持っている人のことよ!」
ヴィティアは金の事しか目に入ってない。
「なあなあ!! ギルド名は『魔法少女筋』でどうだ」
「一人でやれ!!」
キャメロンの提案に、ヴィティアが躊躇なく頭を殴る。でも、俺もその名前は無いと思う。
ああだこうだと騒ぎながら、ギルドに想いを馳せる仲間達。……何だかいつもの光景だけど、相変わらずこいつら、事の重さを理解してんのかなあ……。
思わず、苦笑してしまった。
まあ、やる時はやるから良い、か?
……あれ? 普通はこの辺りで、「ギルドってどうやって作るんですか……!?」とか、冒険者も大概にしろって感じの質問が来る所だと思う……のだが……。
不意に、俺はリーシュに目が行ってしまった。
「…………リーシュ?」
何でそんなに、寂しそうな顔をしてるんだ。
「あっ、はい……!! ギルドってどうやって作るんですか!?」
気付けば俺の勘も、中々のレベルに達しているな……。
「……作る手順については、パーティと何ら変わりねえよ。冒険者依頼所に申請するんだ……ただ、ギルドはそれそのものが定義上、冒険者として独立している所が違うんだ。早い話が単なる集まりじゃなくて、ギルド用の財布が生まれるってイメージだな。まあ俺も初めての事だから、細かいことはよく分からないんだけどさ」
チェリアが手を広げて、リーシュに見せた。
「もっと具体的に言うと、冒険者依頼所にギルド用の金庫を持って、そこにギルド用の資金を貯蓄します。この資金の額がギルドとしての強さ、より大掛かりな仕事を受けるための担保になってます。勿論メンバーには人件費が掛かりますから、ギルドはお国から頼まれるギルド用のミッションを引き受けたり、お国の警備をしたりしてお金を大きく稼いで、ギルド用の資金からメンバーにお給料を払う流れになります」
「そうなんですね……最初の資金はどうするんですか?」
「皆で出し合うんですよ。親ギルドが居れば、お金を貸して貰ったりもしますけど……まあ、そこは半々くらいですね。お城の費用は殆どがお国持ちなんですけど、実際はギルド用のミッション報酬から引かれている場合が多いです」
俺は思わず、チェリアを見てしまった。……見れば、俺以外の人間も皆、チェリアの話を真剣に聞いている。
「…………詳しいな」
そう言うと、チェリアは少し驚いたような素振りを見せた。
「あっ、ああいやっ、以前ギルドについて調べた事があってですねっ!! すいません、ちょっと出しゃばっちゃいましたね、あははっ!!」
触りだけ説明しても、この理解度。ちょっと調べた程度の知識ではないように思えるんだが……俺の気のせいだろうか。
俺は咳払いをして、仕切り直した。
「……とりあえずメンバーが八人居るから、宿代が今後掛からなくなるとしても、ざっと見て年間二千セルは掛かると見ていい。本当はスタート時って、最低でも二掛けの四千セルくらいはあった方が良いんだけど、俺達は急な話で貯金もないから、ひとまず二千セルを目処に資金を集めて、足りない分をキングデーモンから借りる形にしようと思う。俺はとりあえず千セル、このギルドに投資する。他は?」
まあ、資金を集めるとは言っても、あんまりこいつらには期待してないけどな。特にヴィティア。この万年金欠女め……俺の話を聞いて、既に真っ青になっている。どうせ貯金も無いんだろう。ギャンブルばっかりやってるからだ。
「あっ、あのっ、お金が無くても、追放とかにはならないわよね? ……ねっ?」
「心配するな、ヴィティア」
俺は爽やかな笑顔で、ヴィティアに言った。
「お前には何も期待していない」
「けふぅっ……!!」
ヴィティアが胸を押さえて、テーブルに突っ伏した。
トムディが棒付きキャンディーを咥えて、少し得意気な顔をして言った。
「父上に頼めば、きっと一万セルくらい出してくれると思うよ!」
「なんでノックドゥを守るために、マウンテンサイドから金を出して貰うんだ。話の辻褄が合わないだろうが……」
いい加減にそろそろ自立しろと言いたいが、金を出す父親も父親なので、黙っている俺。……結局、あの父親も何だかんだでトムディが可愛くて仕方ないのだ。
この親子は本当に、もう。
金銭面に関しては、相変わらずのトムディだったが。
「まあ、確かにそれもそうかあ」
トムディは飴を外して、手を挙げた。
「じゃあ、僕もとりあえず千セル出すよ。これで、目標の二千セルに到達するね!」
ポケットマネーすらそのレベルか、トムディ……。ヴィティアがこの世のモノとは思えない顔で、トムディを見ていた。
「俺も千セル投資しよう」
そう言うと、ラグナスが立ち上がった。
「だが悪いな、グレン。俺は、今回の話からは手を引かせて貰おう」
……ラグナス?
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