第159話 銀髪の天使!
リーシュは、強く息を吐き出した。
崖の上に居るべルスの姿が、次第に小さくなって行く。
ビキニアーマーが、淡く光る。貫いた筈の矢は、グレンの防御魔法によって弾かれた。あまりにも強い衝撃に、身体はくの字に折れ曲がったが……リーシュは、無事だった。
しかし、そんな事よりもリーシュは――……村の人達から貰った剣の事が、気に掛かっていた。
ようやく捕まえた、剣の柄。だが、その先に本来あるべき刀身は無かった。
リーシュは、涙を零した。
「ううっ……ごめんなさい。村長さん、村のみなさん……」
剣を握り締め、リーシュはサウス・ノーブルヴィレッジの人々に謝った。
『あっはっは!! 飲め飲め!!』
リーシュは、笑い転げている村の人々を思い出した。
今頃きっと、この剣を購入した事で、貧しい生活を送っているに違いない。
『うぇーい!! ほらほら、村長もぐいっと!!』
『ええ? いやー、悪いねえ』
魔物のせいで崩れてしまった、民家。今頃きっと、夜も眠れずに厳しい日々を過ごしているのだろう。
家を壊したのは、正確には魔物の仕業ではなく、リーシュ……などと突っ込む者は、そこには居なかった。
『いよっしゃあっ!! 腹踊りだァー!!』
リーシュは、顔を上げた。
悔しさを覚えた。あのいけ好かない四角い顔の男に、このまま良いようにされてなるものか。
あのベルスという男が、嘲笑に顔を歪めて、言った言葉を思い出す。
『ゲッヘッヘ、このクソ小娘がァ……!! ならば、共に逝くがいい……!!』
その想像は、かなり悪役らしさが強調されていたが。
ぐすん、と涙をすすり。リーシュは、刀身の無くなった剣の柄を握り締めた。
「……許せません……!!」
突っ込む者は、そこには居なかった。
一思いに、魔力は爆発した。リーシュの全身が光り、その秘めたる力が解放される。
元より、リーシュの魔力を制御しているのは『感情』だった。ベルスの不用意な動きによってそれは解放され、そして爆発的なエネルギーへと成長する。
リーシュの背中に、真っ白い天使のような翼が生えた。以前にもスカイガーデンで空を飛んでいたリーシュには、その翼の使い方はすぐに分かった。
……いや、怒りのあまり、頭は真っ白になっていたが。
空中で制止し、弾丸のような勢いで真上へと上昇する。あっという間にベルスの所まで戻り――……そして、リーシュは谷から飛び出した。
「な……お前……!?」
瞬時に現れたリーシュに、ベルスが呟いた。
サングラス越しにも、明らかに動揺しているのが伝わって来る。まだベルスは、覚醒したリーシュの姿を見た事が無かったからだろう。リーシュはぐ、と腹に力を込め――……涙ながらに、叫んだ。
「どうして剣を壊す必要があるんですかっ!?」
咄嗟の出来事に、全く対応出来ていない様子のベルスだったが。リーシュの頭上には黒雲が渦を巻き、その魔力に呼応している。金色に輝くオーラがリーシュを覆い、その影響を受けて銀色の長髪は金色の光を伴っていた。
リーシュの握り締めている剣の柄から、光の剣が伸びている。
「…………ええっ」
ベルスは、まるで付いて行く事が出来ない様子だった。
リーシュは、叫んだ。
「なんで私に攻撃しないんですかっ!? 私を谷底に突き落としたいなら、それだけで良いじゃないですか!!」
「え? ……いや、一応お前も攻撃して……」
「どうして剣を砕いたのかと、聞いているんですっ!! もしかしてサドなんですかっ!? そういう気質の持ち主ですか!!」
「……ン、ンン。まあお前、少し……落ち着け」
リーシュは、まるで聞く耳を持たなかった。ベルスの言葉を受けて、更に金色の輝きが増幅する。
「この剣は!! ノーブルヴィレッジの皆さんから受け継いた、大事な剣なんですよ!! 二つと代わりは無いものなんです!! 人の気持ちを大事に、って教わらなかったんですかっ!?」
それは、神の怒りだろうか。
黒雲から巨大な光の柱が落下し、谷底に凄まじい衝撃を与えた。雷のようにも見えたが、その巨大さは比較できるものではない――……。その中心に居るリーシュは、怒りに打ち震えた。
展開の読めないベルスは、崖際から一歩、下がった。逃げるべきかどうか、迷っているようにも見えた。
「悪魔のような人です……!!」
悪魔に悪魔と言われたべルスは、絶句していた。
あまりの緊張感の無さと、現実の恐怖とのギャップ。ベルスは莫大な魔力のエネルギーを感じつつも、その様子に見入っているようだった。
リーシュの剣は、巨大に。
その光は、遂にベルスの方を向いた。
「【キューピッド】ッ――――!! 【エンジェル】ッ――――!!」
そう叫び、リーシュは勢い良く背後から剣を突き出した。
莫大な光に包まれ、ベルスの姿が消える。リーシュの放った巨大な魔力の大砲は、曇り空を一瞬晴天に変えたかのような光を放ち、全力でベルスに襲い掛かった。
ベルスは、呆然とそれを見守り。
「……ああ、そうか……。天使だったか……」
ふと、呟いた。
瞬間、ベルスの居た場所を中心として、巨大な爆発が巻き起こった。ベルスは光に呑まれ、その場から姿を消した。
その次には、金色の建物に衝撃が走っていた。壁は割れ、その向こう側に下半身だけを見せた男の姿が。
ベルス・ロックオンである。
砂煙を前にして、リーシュは肩で息をしていた。激しい感情の通り過ぎたリーシュは、ふと、目を見開いた。
「……あれ? ……私……」
我を忘れている最中というのは、何をするか分からないものであるが。
ふらふらと翼を動かし、崖までリーシュは戻った。地面に着地すると翼は消え、リーシュの輝きは失われた。
呆然と、リーシュは金色の建物を見た。
頭から壁に突っ込んでいるベルスを見て、リーシュは呆然として――……呟いた。
「四角い顔……」
そうして、その場に倒れ込んだ。
リーシュの意識は深い眠りに落ちて行った。
*
キャメロン・ブリッツは、『カブキ』の墓地で一人、座り込んでいた。
身体中の傷が疼く。既に満身創痍で、指一本動かすのも億劫に感じられる状況だった。キャメロンはものを言わず、ただその場に座っていた。
辺り一帯に、音は無い。空気までも乾いていて、どこか物悲しく感じられる。キャメロンは虚ろな瞳で空を見上げ、呆然と、ただ、そうしていた。
『そうね。……あなたは昔から、いつもやる事が遅くて、手遅れになってばかりよね』
吐き捨てるようにそう言った、ミュー・ムーイッシュの顔が忘れられない。
本当に自分はいつも、鈍間で。人よりも、足並みが遅いのだ。それは他ならぬキャメロン自身が、一番よく理解していた。
遠い昔の事を、キャメロンは思い出した。遠い日のこと――……まだ、孤児院が生きていた時のこと。
『月夜に輝く、マテリアル・パワー!! イリュージョン!!』
そして、まだミューに表情があった時のことだ。
ミューがキャメロンの部屋に登場する時、いつもそうやって、ミューは派手に演出する。
『うまい、うまい』
キャメロンはミューのポージングに拍手をした。木造の古びた孤児院。床は所々軋んでいて、ミューが飛び跳ねるたび、悲鳴を上げる。そのような場所でも、ミューは満面の笑みを見せた。
埃っぽいベッドだったが、いつもキャメロンはそこにいた。
ベッドで横になっているキャメロンの所へと来て、ミューは絵本をキャメロンに渡す。セントラル・シティで購入した、一冊の絵本。いつも、キャメロンが読んで聞かせている本だ。ミューはその本が好きで、それを読んであげると喜ぶ。
『ご本、読んで』
『いいぞ』
そして、キャメロンはいつもその本を、どんな時でも、何度でも、ミューに読んで聞かせていた。
キャメロンは生まれつき身体が弱かった。どうやら、怪我や病気が治り難い体質らしい。それが分かったのは、キャメロンがそれなりに大きくなってからの事だったが。先天性のもので、治療するような事ではないと、医者に言われた。
だからキャメロンは何かあると、いつも部屋のベッドで横になっていた。
それが、キャメロンの日常だった。
『私、魔法少女になりたい!!』
本を読み終える頃、ミューがそう言った。キャメロンはその言葉に笑顔で返事をした。
『魔法少女になるのか?』
『そう!! ヒーローになるんだよ。ヒーローはいつも仲間の事を想っていて、どんな時も絶対に諦めないし、倒れないの。かっこいいでしょ?』
目をきらきらとさせてそう話すミューに、知らず、キャメロンは穏やかな気持ちにさせられていた。
『少女なんだから、ヒーローじゃなくて、ヒロインじゃないのか』
キャメロンがそう言うと、ミューは頬を膨らませて抗議した。
『違うよ!! ヒーローっていうのはね、誰かを助ける人のことなんだよ。ヒロインじゃ、助けられちゃうでしょ』
『うーん……? まあ、そうなんだな。わかった』
幼い日のミューは、とても表情豊かだった。
キャメロンの祖父の下でのびのびと育ったからか、すぐにころころと表情を変える。それが微笑ましく、キャメロンはミューや、他の子供達を眺めているのが好きだった。沢山の子供に囲まれて、その中でも少し年上だったキャメロンは、宛ら父親のようだった。
キャメロンがミューの頭を撫でると、いつもミューは少し照れたような顔をした。
『ミューは、笑顔がかわいいな』
そう言うと、いつもミューは口には出さずに喜ぶのだ。
『あー!! またミューが抜け駆けしてるー!!』
『お兄ちゃん、もう風邪はいいのー!?』
やがて、キャメロンの部屋に子供達が押し寄せて来る。
それは、この上ない幸せだった。いつまでもこんな時が続けば良いと、キャメロンは思っていた。
その時は、知らなかったのだ。
今幸せであるという事は、いつかは幸せに終わりが来るという事でもあると。そしてそれは、ふとした時、まるで天災のように訪れ、奪われる事があると。
『一週間ほど、入院しましょう』
ある日の事だ。どうしても熱が下がらないキャメロンの所に医師が来て、そのように伝えた。
キャメロンの病状は深刻だった。子供達を連れて、キャメロンの祖父が隣で聞いている。やがて、祖父は少し無理をして笑顔を作り、子供達を治療室の外に追い出した。
『ほら。私達は邪魔になるから、外に出ていよう』
本当は話を聞かなければならない存在であるはずの、祖父。子供達の面倒を見なければならず、外に出た。祖父の事情をよく理解していたキャメロンは、ただそれを見守っていた。
ただそれだけで、キャメロンは自分が今置かれている状況を理解した。
『まさか、こうまで抵抗力が弱まるとは思わなかった。成長すれば、身体は強くなる。それが当たり前だと思っていたが……それ所か、どんどん弱くなっている。まるで、何者かに邪魔されているみたいだ……』
まるで身動きの取れないキャメロンは、浅い呼吸をしながらも、医師に聞いた。
『……対処は、可能ですか』
すると、医師は困り果てた顔をして、言うのだ。
『君はね、生まれつき体内の病原菌と戦う仕組みが弱いんだよ。これを治すのは、簡単な話ではないんだ。……方法があるとすれば、それは魔法だが』
キャメロンは黙って、医師の話を聞いていた。
孤児院と同じ位には、古びた建物。明かりの少ない部屋。薬剤の匂いが染み込んだベッド。
『どこまで回復するか分からない。……しかし、回復の見込みはある。普通の人と同じ生活を送る分には問題ない。そこまでは行けるかもしれない』
矢継ぎ早に、医師はそう話した。
だが。医師は進んで、それを薦めはしなかった。長く診てもらっている医師だ。キャメロンの身体について熟知している。彼が薦めないという事は――……何か、裏があるという事だ。
キャメロンは朦朧とする意識の中、聞いた。
『……デメリットは?』
『人の魔法を受けるって事は、そんなに簡単な事じゃない。まして、身体を変化させようと言うんだ。今の弱った君の体力と魔力が、どこまで耐えられるか。……場合によっては、死ぬ恐れもある。いや、その可能性は高いだろう』
キャメロンは、目を閉じた。
『お願いします』
そして、ただ一言、そう言ったのだ。
どの道、このままでは身体が持たないだろう。ならば、余命幾ばくかを賭けて、未来を掴みに行くのも悪くはない。……キャメロンは、そう考えた。
医師はきっと、その方法がある事を言いたくなかったのだろう。医師はこれまで、キャメロンにその治療法についての話をして来なかった。という事は、元々のキャメロンが持つ体力でさえ、耐えられないだろうと思っていた、という事になる――……ならば、成功率は限りなくゼロに近い。
キャメロンには、それが分かっていた。
『……良いのか?』
普段は顰め面をしている医師が、心配そうな顔をしてそう言う。
キャメロンは、微笑んだ。
『はい』
進んで、手を伸ばす。
幸せになる道が、それしか無いという事であれば。
扉の向こう側で、バタン、と音が聞こえた。子供達の誰かが、聞き耳を立てていたのだろう。
キャメロンは、その胸に覚悟を秘めた。
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