第141話 違う。『本体』でしょう
俺は、漠然とした不安を抱えたまま、『マナの大木』まで来てしまった。
セントラル・シティでは結構有名な場所だけど、あまり人が訪れる事はない。『マナ』というのは古い言葉で、大地や世界の源となるエネルギーみたいな意味があるらしい。セントラル・シティがこの場所にあるのも、この大木があったから、という話らしいが……一般的には神聖な場所だという認識があるようで、祭事なんかの時にしか人が訪れる事はない。
まあ待ち合わせ場所としちゃ、この上ない程分かり易いが……正直な所、実際にこの場所を待ち合わせに使ったのは初めてだ。
『マナの大木』まで辿り着くと、既にミューは待っていた。俺は軽く手を挙げて、ミューに挨拶した。
「おう、早いな。待ったか?」
問い掛けると、ミューは首を横に振った。
「いいえ……今……来た所よ……」
「そうか。それなら良かったよ」
「昨日の今頃……」
「めちゃくちゃ待ってるんだが!?」
いや、間違いない。ミューは『明日の昼頃』って言っていたぞ。昨日ミューと街を歩いていた時にはもう昼は過ぎていたし、一体どういう事だよ。
まあ、こいつの無表情から繰り出される冗談に付き合っても仕方がない。俺は溜息をついて、ミューに言った。
「……それで、捜し物ってのは、一体何なんだ? お前、魔力の無いモノだったら、あの……ダウジングなんとかってアイテムで見付けられるんだよな。ってことは、やっぱり魔力のあるものなのか?」
あんまり無駄に時間を掛けると、不安に思ったリーシュが探しに来るかもしれない。ここはさっさと手伝って見付けてやり、事を終えるべきだろう。
ミューは相変わらず無表情のままで、俺とは目を合わせなかったが。
「そう……でも……ただ闇雲に探すより……ひとつ、提案があるわ」
そう言うと、ミューは俺を指さした。……いや、俺じゃない。指さされているのは……スケゾー?
唐突に指をさされたスケゾーが、戸惑いを見せた。
「……オイラっスか?」
「ええ。あなたの魔力があれば……私のアイテムで、見付けられるかも……」
スケゾーの? ……魔物の魔力、という事か?
魔物の魔力を使って、何らかのアイテムを見付ける。そんなアイテムもまた、あるという事なのか。先のダウジングなんとかもそうだが、こいつは一風変わったアイテムを沢山持っているものだ。
さすがはメカニック、といった所だろうか。
「あなたは……私が知る限り、群を抜いて……強い、悪魔だから……」
「いやあ。まあ、それ程でもあるっスけど」
ミューの言葉に、スケゾーは少し照れている様子だった。魔物だから滅多に褒められている所を見ないが、スケゾーは割と褒められるのに弱い。
「そのオイラの魔力を使えば、向かう所敵なしって事なんスね?」
「そう。悪いけれど……協力、してくれる……?」
「まあ、そこまで言われちゃ仕方ねえっスねえ」
スケゾーが、ミューの肩に飛び移った。
なんだ。俺の手を借りなくてもスケゾーだけでどうにかなるなら、俺は黙って見ていれば良いのか。俺は少し苦笑して、近くの木の根に腰掛けた。
しかし、マナの大木はでかいな……。こうして木の根に腰掛けられる程だ。木の葉からは魔力の光が絶えず落ちていて、ちょっとやそっとの傷なら、あっという間にこの木は治ってしまう。
その再生力によって、何百年も昔から、この木は成長を続けて来た。
マナの大木の下で、ミューはスケゾーを見ている。アイテムは……どこにあるのか分からないが。ミューは何処からかアイテムを取り出すからな。そういう事なんだろうか。
……そう、だよな。
「随分と……大切に、扱われているのね」
そのミューの笑顔は、目に焼き付くようで。
俺は思わず、引き攣った笑みを浮かべた。
「……ああ。まあ、俺の半身みたいなもんだからな」
何だ。
この違和感は、一体、何だ。
ミューはスケゾーの背中を撫でている。その毛並みを確認するかのように――……。さっきから、何一つ事情は変わっていない。ミューはこれから捜し物を見付けるんだろうし、スケゾーはそれに協力しようとしている。
たったそれだけ。危機感を覚えるような事は、何も無いはずなのに。
何かが、おかしい。俺の中にある警鐘が、得体の知れない危機を呼び掛けている。
「ま、魔物に慣れてるよな、ミューは」
どうしてだ?
どうして今、俺は、こんなにもミュー・ムーイッシュに不安を抱いているんだ。
マリンブリッジ・ホテルでは、別に何も無かった。ミューは単なるいち冒険者だったし、行き場をなくしていただけだったし、俺はそれに協力しただけだ。
何も変わらない。今までに仲良くなってきた人間と、何も。
『魔力が無いんだから、使い魔なんて居ないっスよね。……その割には、魔物に慣れてるなあ、と思いまして』
今朝、あんなことをスケゾーに言われたから。それで、俺は警戒してしまっているんだろうか?
ミューがどうして、魔物に慣れているのか、って。
そんな事もあるだろうさ。別に、大した話じゃない。一般的じゃないって、それはただ、大多数とは違うってだけだ。小さな魔物を警戒しない人間だって居るだろうさ。そんな事を言ったら、そもそも俺達なんてイレギュラーだらけじゃないか。
心臓の鼓動が聞こえる。スケゾーを見ているミューの瞳に、何かいつもとは違う……気迫というのか、覚悟のようなものを、感じる。
いや、俺の勘違いだ。
「半身…………」
それは、俺の、勘違いで。
「――――――――違うわ。『本体』でしょう?」
瞬間、俺は堰を切ったように走り出した。地面を蹴り、ミューに飛び掛かる。
スケゾーに向かって、手を伸ばした。ミューは俺の行動を見越していたかのように、スケゾーを両手で隠し、俺に背中を向ける。スケゾーを捕まえ損ねた左手は滑り、そのまま俺はバランスを失って、マナの大木の下を転がる。
すぐに起き上がり、俺はミューを見た。衝撃に目を見開いているスケゾーが、何か……半透明の箱のようなアイテムの中に、いる。
ミューが手を離すと、それは宙に浮き。ミューの周囲に、静止した。
「『トラップボックス』……名前だけ、教えてあげるわ。外からも内からも、一切の魔力による干渉を無効化する……どう作っているのかは……企業秘密……」
そう言って、ミューが微笑んだ。
自然な笑みだ。俺は、ミューのこんな顔を見た事がない。……マリンブリッジでは、見せなかった。
明らかな、『殺意』のある、笑み。
「ご主人!!」
スケゾーの声が聞こえる。半透明な箱の中で、拳を叩き付けている。
魔力が使えないのか。スケゾーを俺の前に『再召喚』しようとしているが、まるで効く気配がない。
質の悪い冗談だ。
「おい、ミュー。……また、俺をからかってんのか? スケゾーは生き物だぞ。離してやってくれ」
スケゾーが捕まった? ……そんな事をして、こいつに一体何の得がある。きっとまた、ふざけているだけだ。最後は無表情になって、知らずのうちにスケゾーを解放するだけ。
そうだろう。……そうだと言ってくれ。
ミューは、目を細めた。
「嘘を付くのが下手ね」
スケゾーの顔が青い。……きっと俺も、スケゾーと同じ位には、青くなっている。
「あなたの体力と、回復力。あまりに、異常だわ……矢でお腹を貫かれて、『大丈夫、全然大したことない』。そんな人間……居ると思う……?」
俺とスケゾーの関係が、今まで誰かにばれた事は無かった。
せいぜい俺は、回復力が高い。その程度のものだと思われている。確かに不自然と言えばそうかもしれないが、不自然な事を平気でやってのける冒険者なんて、世の中には腐るほど居る。俺も、その中の一人だと思われる。
それが、自然だ。人間、他人の事には興味がないもんだ。『そこに秘密がある』なんて、わざわざ考える奴はいない。
俺は、喉を鳴らした。
「『不死身の契約』……名前はなんと言ったかしら……魔物使いや魔導士がよく使う手よね。使い魔の命を預かって……魔力ある限り、何度でも再生させる事ができる……」
一度も。……一度だって、誰かに推理された事は無かった。
『きゃあああああ――――――――っ!! 魔導士様――――――――っ!!』
当然、リーシュは気付かなかった。
『グレンオード・バーンズキッド。まさか、お前が残るとはな…………左腕が、飛んだと思ったが?』
ギルデンスト・オールドパーも、あの『ヒューマン・カジノ・コロシアム』という緊迫した状況で、それ程には意識を向けなかった。
ミューは、言った。
「考えたわね。…………契約上は、使い魔がマスターだなんて」
文字通り。俺は、心臓を握られた。
歯の根が合わない。身が凍るような思いで、俺はどうにか、次の言葉を紡いだ。
「何……言ってるんだ。……さすがに……やらねえよ、そんな事は」
人間と使い魔の関係なんて、本来そこまで親密度の高いものじゃない。どれだけ表面上は仲良く見えていたとしても、内側では『種族の違い』という恐怖が前に立って、実行なんて出来ないもんだ。
だから、誰も気付かない。可能性から外す。
その、本来であれば明らかに不自然な、『限りなく速い肉体の再生』という事実を。
「試してみましょうか? あの契約は……再生力を手に入れる代わり、術者が死ぬと……二人共、死ぬのよね……」
俺はもう、何も言えなかった。
ミューはぞっとするような冷たい微笑みを浮かべ、その手に銃を出現させた。確かあれはマリンブリッジ・ホテルでも見せた、『アップルシード・ダブルピストル』という名前の二丁拳銃。
それをミューは、スケゾーのこめかみに向ける。
「昨日……矢が放たれた時、あなたは咄嗟に……何をしたと思う……? この子を隠して、自分で攻撃を受けたのよ……。そんな事、『主人』と『使い魔』の契約では、有り得ないわ……」
まるで思考が追い付かない。……どうして唐突に俺が、こんな窮地に陥っているのか。何故、ミューが俺とスケゾーに向けて、銃を構えているのか。
『うっ、ふふ…………笑って言ってちゃ駄目でしょ、それは…………』
嘘だったのか?
『もし、良かったら……また、会いたいのだけれど……』
あれが?
『目から砂糖水が出たかしら……』
全部――――…………
「スケゾーさんを、離してください!!」
俺は振り返り、ミューは視線を向けた。
肩で息をしているリーシュが、ミューに向かって剣を構える。ビキニアーマー、戦闘装備……リーシュは、買い出しに行ったんじゃ無かったのか? どうして、こんな所に。
リーシュが、ミューを睨む。ミューは舌打ちをして、俺を睨んだ。
「一人で来て、と……言ったはずだけど……」
「すいません、グレン様。勝手に来てしまいました。……グレン様は、隠すのが下手ですから」
この場合、喜ぶべきなのか、どうなのか。だが――……リーシュが加勢した所で、スケゾーを人質に取られているのは変わらない。……一体、どうしたら良いんだ。
「良いわ……やってみたら、どう……? あなたが動けば、この使い魔を撃つわ……」
リーシュの頬を、一筋の汗が伝う。
ミューは、もう笑みを浮かべてはいなかった。心まで凍るような冷徹な瞳で、リーシュを無表情に見詰めていた。
……本気だ。そうでなければ、こんな事はしない。
「リーシュ・クライヌ。……あなたには、できないわ」
胃の辺りが、握り潰されたかのように痛い。
「【エレガント】!! 【スティール】ッ!!」
ミューの真横から、眩い光が発された。ミューは目を閉じるでもなく、その光を受ける。
この魔法は、ヴィティア。だが、スケゾーは今、全く魔力を通さない場所に居る。スティールは無意味だ。
「うそ……!? 成功したのに……!!」
言いながら、ヴィティアがナイフを抜いた。同時に、反対側からはラグナスが現れる。ラグナスもまた、剣を抜いていた。
ヴィティアとラグナスが、殆ど同時にそれぞれの武器を、ミューに向かって構えた。
そうか。リーシュは仲間を呼ぶために、一度宿に戻って。
「あんた、正気……? 今、自分がやってる事、分かってる?」
ヴィティアはどこか緊張した様子だったが、ラグナスに苦い笑みを見せた。
「いえ……流石の俺も、この状況では……」
ラグナスはどこか躊躇しながらも、ミューに剣を向けていた。
心強い。一対三だ。セントラル・シティから近いというのが、俺にとって有利に働いただろうか。ミューは三人に睨まれている状況でも、全く狼狽えている様子では無かったが。
この状況なら、スケゾーを解放する以外に無いか。それとも、捨て身で攻撃するか……?
「見過ごせないわよ、ミュー。……大人しく、スケゾーを離しなさい」
いや、待て。
ミューは……笑っている……!!
「出て来てくれると思ったわ。……そう……ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルが……一番、厄介だものね……」
今の今まで手にしていた『アップルシード・ダブルピストル』が消え、ミューは不思議な長い銃を出現させた。
今までの武器と比べると、明らかに大きい。引き金が二つ……銃口も、二つ……!?
「ソウルスワップ……」
ミューは左右に付いた銃口の片方をヴィティアに向け、もう片方をラグナスに向け。
「バナナバズーカ」
引き金を、引いた。
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