第136話 ビッグ・ホワイトナガスの猛攻

 な、なんつーデカさだ……!! 軽く見て、そいつは激突すれば、マリンブリッジ・ホテルを軽く一撃で折りそうな程にデカい……!!

 別にこんなデカい魔物じゃなくても良いだろうが!! この辺りの主なのか!?


「スケゾー、ありゃ何だ!?」

「『ビッグ・ホワイトナガス』。……クジラの魔物っスね」

「クジラアァァァ!?」


 あまりの出来事に、スケゾーはもはや苦笑していた。

 いや、苦笑してる場合じゃねえって……!! このまま砂浜に落ちれば、宿泊客に絶大な被害が出る。しかも投げられたホワイトナガスは、真っ直ぐにマリンブリッジ・ホテル目掛けて突っ込んで行く。これを折ってしまったら、一体いくらの損害になるんだ……!? 想像しただけでもお先真っ暗だ!!

 なんでよりにもよってクジラなんだよ……!! もうちょっと何かあんだろ!! せめてマグロくらいにしとけよ!!

 水面に、俺の仲間の面々が次々と現れた。リーシュが両手を広げて、俺に笑顔を見せた。


「やりました、グレン様!! 超・大物です!!」

「やはりお前かアアァァァ!!」


 確かに、ルールは大物だが……このままでは、俺の人生的に色々とまずい……!! どうする!? どうやって、あのホテルに突っ込んで行くホワイトナガスを止めれば良いんだ……!!


「ブオ……」


 ……ん?

 ちょっと待て。今、投げられたビッグ・ホワイトナガスの目が、こちらを向いたような……。全身に魔力が集まり、光って……って、これはやばいっ!!


「ブオオオォォォォォ!!」


 海の魔物が反撃して来た……!!


「スケゾー!! 『十五%』!!」

「御意!!」


 刹那、ビッグ・ホワイトナガスから、無数の水弾が放たれた!!


「きゃあああああ!!」

「うわあああああ!!」


 叫ぶ宿泊客。放たれた水弾は、ざっと見ても二十発以上。それでいて、その一発はプールでも固めたかという程に大きい。

 悪夢だ……!! しかし、相手が魔法なら、俺の解除魔法が有効だ……!!


「ふっ!!」「はっ!!」「おりゃあ!!」「だありゃあ!!」「ナメんな!!」「ジーザス!!」


 放たれた水弾の手前に高速で移動し、宿泊客及び『フィッシング・バーベキュー』に参加している人々を巻き込まないように、直前で解除する。俺の方は必死だが……はたから見ていたら、ただの大道芸だ。

 しかし、やけにゆっくりとホテルに向かって行くと思ったら、どうもコイツ、空中で慣性を殺しているようだ。浮遊系の魔法か……? 何れにしても、どの道ホテルには突っ込んで行く。こいつの巨体なら、マリンブリッジ・ホテルを容易く折るだろう。

 一泊するだけで二十セルのホテルが、折れたらどうなるんだ。

 迸る寒気に、俺は心臓が凍るような想いだった。


「させるかアァァァァ――――――――!!」


 すぐに、ビッグ・ホワイトナガスとマリンブリッジ・ホテルの間に向かって跳躍する。その巨体を前にして、俺は全身に炎を纏った。

 絶対に、傷付けさせない。そんな事をしたら、俺は大罪人だ。まだ、女に騙されて大金を払った方がマシだ。

 ……一体何と比較しているんだ。


「往生しろよ……!! 【笑撃の】!! 【ゼロ・ブレイク】!!」


 その巨躯に、躊躇なく拳を叩き付けた。俺の身体を中心に、爆発が巻き起こる。


「まだまだアアァァァ!!」


 こんなものでは、勢いは止まらない。……無心だ。無心になれ、俺よ。

 背中のマリンブリッジ・ホテルが後何メートルかなんて、そんな事に気を取られるな……!!


「【ゼロ・ブレイク】!! 【ゼロ・ブレイク】!! 【ゼロ・ブレイク】!! 【ゼロ・ブレイク】!! 【ゼロ・ブレイク】!!」


 少し、ビッグ・ホワイトナガスの動きが弱まった。俺は歯を食い縛り、拳を唸らせる。

 ホテルの前で巨大なクジラと相対する、半裸の男が一人。


「止まれオラアアアァァァァアァ――――!! 【ゼロ・ブレイク】【ゼロ・ブレイク】【ゼロ・ブレイク】【ゼロ・ブレイク】【ゼロ・ブレイク】!!」


 動きが止まった……!! 後は、何処かに薙ぎ倒すだけだ……!! どっちだ!? 人の居ない方向……林か!!

 俺は、足元で爆発を起こす。ホテルの外壁は……良かった、まだまだ距離がある。大丈夫だ!!

 ビッグ・ホワイトナガスに向かって、俺は飛んだ。


「【怒涛の】ォォォ――――!! 【ゼロ・マグナム】――――!!」


 俺は向きを変え、林に向かって【怒涛のゼロ・マグナム】を放った。

 ビッグ・ホワイトナガスが、爆炎に包まれる。遂に勢いは死に、魔力は失われた。白目を剥いたビッグ・ホワイトナガスを弾き飛ばし、同じ方向――林に向かって、クジラと一緒に突っ込む俺。

 砂浜から、歓声が上がった。


「おおおおぉぉぉ――――!!」

「赤髪の武闘家が、ビッグ・ホワイトナガスを落としたぞ――――!!」


 俺は魔導士だ。

 まあ、良かった……。一時はどうなる事かと思ったが。こんな高級ホテルを壊してしまったら、宿泊客にも迷惑が掛かってしまう。幾ら俺達と言えど、そこまでの大ボケをかます訳には行かない。

 スケゾーとの共有を解除し、俺は空中を飛んだ。


「大分、『十五%』にも慣れてきたな。これなら、そろそろ『二十%』もいけるかな?」

「いやいや、油断は禁物っスよ、ご主人。確かにコントロールは上手くなるかもしれませんが、魔力が暴走すると大変っスからね……じっくり、焦らずに行きましょう」

「そうだな」


 俺とスケゾーは、互いに笑みを浮かべた。


「ところで、良いんスか?」

「……何が?」

「わりと真っ直ぐに、海に向かって飛んでますけど」


 ……何?

 林に向かっているのかと思っていたが……気が付けば、俺は海に向かって飛んでいた。どうやら、ビッグ・ホワイトナガスとは、方向に若干の違いがあったらしい。奴は林に向かって飛んで行く。

 仕方ない、爆発魔法で落下の方向を変えなければならないか。……ん? ちょっと待て。下に誰か居る。

 ちょうど、ビッグ・ホワイトナガスが林に倒れた瞬間だった。


「ミュー!?」


 海面に、ミュー・ムーイッシュが浮かんでいた。落下する俺を、ただ呆然と眺めていた。


「ちょっとそこ退いてくれ、ミュー!! 爆発魔法を使うから、そこは危険だ!!」


 ミューは両手を広げて……若干、目元が光ったような気がした。


「オーライ、オーライ」

「何このデジャヴ!?」


 そうして、俺は――――…………。

 真っ逆さまに、ミューに向かって突っ込んだ。抱き留めるようにして、そのままミューは俺と共に、水中へ――……息を止める。高さが高さだけに、水深が……!! どうにか両手両足を使って泳ぐが、全く浮上する様子がない!!

 スケゾーはどこだ……!? っくそ、もしかして着地前に逃げやがったなっ!?


「ぐごばっ……!!」


 誰かが、俺の腕を掴んだ。そのまま、真っ直ぐに上へと向かって行く――……。


「……っぶは!!」


 く、空気が……!! 空気が、ある、ぞ……!!

 俺は、引き上げた人物を見た。


「……驚いた。空は飛べるのに、海は泳げないのね」


 俺を抱き留めた、ミューだった。


「泳げねーよ!! 仕方ないだろ!?」

「空を飛べば良かったじゃない」

「浮遊する魔法は使えないんだよ!! 俺は足元で爆発を起こして空を移動するの!! だから退いてくれって言ったんだよ!!」

「……あら、そう。……それは、悪かったわね」


 ミューは、水着を着ている。

 良かった、リーシュみたいなラッキースケベ展開にならなくて。……よく考えてみれば、ミューはタンキニだった。そう簡単に、ビキニが脱げるって事も無い訳で。

 いや、結局ミューに向かって突っ込んだのは同じなんだが。俺が意識していないものはオーケーだ。何も気にする事はない。


「……まあでも、中々に立派だったわ」


 そう言って、ミューは俺の海パンを、人差し指で回す――……えっ? 俺の海パン?

 俺の…………俺のをオォォォォォ!?


「うおおおぉぉぉぉい!! 返せよ!! それは俺の……っぶば!!」


 手を伸ばすと、ミューが俺の腕を離す。すると、俺が溺れる。ミューは上手く俺が海パンを奪えないようにしながら、しかし無表情でいた。

 心なしか、妙に楽しそうだった。


「『返せよ』じゃないわ……『返してください』でしょ……」

「汚えぞ、お前この野郎!!」

「私は……野郎じゃないわ」

「ああ言えばこう言うか!! 良いから返せっ……!! いや、返してください……!!」


 ミューは、堪え切れずに吹き出していた。


「んっ、ふふふ……」


 ……呆れてしまった。

 そうやって笑われると、何も言えなくなってしまう。

 ひとしきり笑うと、ミューは俺の海パンを返した。片手でどうにか、それを海中で履く俺。こいつが笑うというのは、中々に貴重だ。若干のサドッ気はあるようだが、まあ許してやろうじゃないか。

 寛大にな。俺は寛大なんだ。決して、その手の趣味がある訳じゃないからな。


「じゃあ、後は……リーシュに任せるわ」


 そう言って、ミューは俺の背後を指さした。俺が振り返ると、そこにはリーシュが――……耳まで真っ赤になって、口元を押さえていた。


「……どうしたんだ、リーシュ」

「ななななな何も見てないですよっ!? 私は何も見てないですからっ!!」


 どうしよう。

 俺、もうお婿に行けないかもしれない。

 真っ赤になったリーシュの手を握り、俺は砂浜を目指した。リーシュは無言で、俺を牽引する。

 なんだ、この摩訶不思議羞恥心ワールドは……!!



「きゃああああぁぁぁぁ――――――――っ!!」



 悲鳴がして、俺は我に返った。

 何だ……!? どこからの悲鳴……ああっ!? 『ギルド・ストロベリーガールズ』の連中が……捕まっている……!!


「リーシュ、急げるかっ!? さっさと走れる場所に行きたい!!」

「は、はいっ!? では、失礼します!! 息を大きく吸い込んでくださいっ!!」


 そう言って、リーシュは俺の腰を掴んで引き寄せる。

 言われた通り、俺は息を吸い込んだ。リーシュは水中に沈み、合わせて俺も海の中へ――……は、速い……!! これが、海育ちの力なのか……!?

 そんな事より、胸が当たるのが気になって仕方がないが……!!

 砂浜に出ると、リーシュから離れる。俺は振り返って、リーシュに手を振った。


「すまん、ありがとう!!」


 そのまま、真っ直ぐに『ギルド・ストロベリーガールズ』の所を目指す。


「ご主人、やっと上がって来たんスか」

「てめえ逃げやがったなスケゾーてめえっ!!」

「てめえって二回言ってるじゃないっスか」


 俺は海中から突き出た巨大な白い生物を指さして、スケゾーに言った。


「良いから教えろ!! あいつは何だ!!」

「えっと……『スルメ』っスね」

「スルメェ!?」


 確かに白い足のようなものは、本体から伸びているが……その本体は、どちらかと言えば丸い球体だ。イカらしき姿が全く見当たらないが……!!


「いや、『スルメ』って名前の魔物なんスよ。イカの足だけみたいな魔物っスね」

「紛らわしいな!! なんか違う名前付けとけよ!!」


 走っていると、隣にラグナスが現れた。海パンだが、自身のライジング恥ずかしい名前ソードを握っている。

 ラグナスは、俺に笑みを浮かべた。


「……貴様に殴れるのか? 足以外、随分と硬そうだが?」


 思わず、俺もラグナスに笑い返す。


「お前こそ、そのナマクラで斬れんのかよ」

「笑止!!」


 再び、俺はスケゾーと共有する。ラグナスもまた、自身の剣に魔力を集中させているようだった。

 ……丁度良い機会だ。ちょっと、やってみるか。


「スケゾー、『二十%』」

「マジッスか!? ……大丈夫っスか!?」

「何事も経験だろ。一瞬なら大丈夫だって」

「……分かりました、気を付けて下さいね」


 全身に、魔力が迸る。同時に、俺の身体に莫大な負荷が掛かった。

 だが……これくらいなら、まだ許容範囲だ。一分程度なら、どうにかなるだろうか。

 長い時間、スケゾーと共に過ごす事で。俺とスケゾーの魔力は、互いにうまく混ざり合うように、少しずつ変化しているのかもしれない。

 以前、『二十%』はヒューマン・カジノ・コロシアムの時に経験した。だが、あの時は魔力を解放した上、【悲壮のゼロ・バースト】を使って身体能力を底上げしていた。あれは、魔力を大量に消費する魔法だ。そんなに無茶な使い方をすれば、暴走するに決まっている。


 俺の手段は、唯一つ。――――殴ることだ。


「【笑撃の】…………!!」


『十五%』の時とは比べ物にならない、魔力の量。俺は全身を炎に包まれた。拳には、竜巻のような炎が渦を巻いている。

 ラグナスも、人間一人でやっているのが信じられない程の魔力を、剣に込めた。


「この剣は――……山よりも沈黙を守り……岩よりも逞しい――……!!」


 スルメとやらの足にはまだ、ノアのパーティーメンバーが捕まっている。……傷付けないようにしないとな。

 俺とラグナスは、動いた。


「【ゼロ・ブレイク】!!」

「【ヘビーブレイド】!!」

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