第104話 空の島の姫君

 俺達はリベットに導かれ、城の中へと入った。


「こちらですわ」

「あ、ああ…………」


 入ってしまったは良いが…………これは、直接王様に挨拶する事になりそうな気配だな。良いのか? 住民でさえ一発で見抜いたんだ。流石に、俺の魔力について気付いてないって事はないだろう。大丈夫なのだろうか。

 潔癖な国の、潔癖な国王…………もはや、そんなイメージしか湧いてこない。

 間もなく昼だ。ヴィティアとトムディと合流して事情を説明しなければならない、という事もある。……しかし、スケゾーを一人で街に繰り出させるのは……やっぱり、リスクが高いよな。

 話は長くなりそうだ。となると…………

 少し苦い顔になってしまったが、俺はラグナスを見た。


「…………ラグナス」

「なんだ」


 何でそんなに不機嫌なんだよ。唐突だな。

 ラグナスはいつになく仏頂面だった。睨み付けている訳では無いのだろうが、目つきが悪い。そんなんじゃ、折角の見た目イケメンが台無しだぞ。

 まあ、放っておいてもこいつは常に台無しだが……何か、あったんだろうか。


「悪いけど待ち合わせ場所に戻って、ヴィティアとトムディを連れて来てくれないか? こっちは、俺が話を聞いておくから」

「…………ああ、分かった」


 俺の言葉に文句の一つも言わず、ラグナスは背を向けて城を出て行く。いつもなら憎まれ口の一つや二つ、常識の範疇だと思って捉えているが…………城に入るまで、いつもと同じ様子だったのに。何があいつの機嫌を損ねたんだ…………?

 どこか呆けたような顔で、俺はラグナスの背中を見守ってしまった。ふとラグナスが振り返り、俺と視線を合わせる。


「おい、グレンオード」

「おう!?」


 ラグナスは何かを言おうとしていて、しかし言い難いような、そんな顔をしていた。

 なんで急に真剣なんだよ。ほんのついさっきまで、傷を舐めるとかどうとか言っていたのに。


「…………どうして、分かった?」

「分かったって、何が?」

「…………その、なんだ。…………彼女が、リーシュさんではないと」


 何を聞くのかと思えば。もしかして、自分が見間違えた事が悔しいんだろうか。…………まあ、かなり自慢気な顔で、『女の子の顔は間違えた事がない』って言っていたからな。

 そうか。ただのアホだと思っていたが、こいつもこんな顔をする時があるのか。


「あー、その、なんだ。まあ、間違える事もあるんじゃないか?」

「間違える云々ではないっ!! 『同じ』ではないかっ!? 完全に、『同じ』…………!!」


 あれ? ラグナスはまだ、リベットとリーシュの事について、見分けがついていないのか? 俺から違うと言われ、実際も違った訳だから。よく見てみりゃ、すぐ分かる事だと思うんだけどなあ。

 ラグナスの言葉の意味が分からず…………俺は、沈黙してしまった。ラグナスは俺の懐に歩み寄り、自身の胸に手を当てた。


「なあ、グレンオードよ。…………この件、何かあると思わないか?」

「何かって、なんだよ」

「こんなにも『同じ』人間が、この世に二人と居る訳が無いだろう。俺には、双子ですら無いように思えるのだが」


 …………ここまで自分の非を認められない奴も、俺は初めて見たが。

 少し、苦笑してしまった。


「さあ、少なくとも俺には、同じには見えないから…………よく、わかんねえな」


 ラグナスは、目を見開いて固まった。

 …………あれ。何か俺、悪い事を言ってしまったかな。でも、ラグナスが言っている事はまるで理解できない。リベットを一目見た時に、リーシュと似ているとは思わなかった。確かに、髪色や目の色なんかは同じだし、背格好や顔付きも似ているかもしれないが。

 全然、違うだろ。性格も雰囲気も、特によく見なくても、顔だって違うと思うのに。

 ラグナスは歯を食い縛り、俺に背を向ける。…………これ、謝った方が良いんだろうか。でも、何に対して。



「……………………こんなに悔しいのは、生まれて初めてだ」



 まるで捨て台詞のようにラグナスはそう言って、城を出て行った。

 な、なんだよ。…………そんなに怒るようなことか…………?

 俺にどうしろって言うんだ。


「ねえ、グレンオード? 様?」


 リベットはそう言って、振り返って俺に笑みを見せた。…………そうか、しまった。まだ自己紹介もしていなかったか。


「グレンオード・バーンズキッド。グレンでいいよ。さっきの金髪は、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。あと二人、仲間が居るんだ」

「そうですのね!! わたくしとお友達になってくださるのですわよね?」


 …………ん?

 リベットは、とても楽しそうにしているが…………。何だろう、この違和感は。何か、盛大な勘違いをされているような気がする。


「あ、ああ、まあな。そういう風にもなれたら嬉しいよ」

「やっぱり!! 街の方々ったら、酷いんですのよ。あなた方を『魔物の手先』だなんて言って、わたくしを魔界に連れて行くつもりなんだ、なんて言うんですから」


 魔界がどんな所なのかも知らねえくせに、よく言ったもんだぜ。つい、苦笑してしまった。

 最も、俺が魔物の魔力を抱えているという事は、やっぱり分かっているんだな。話をしなくても俺を遠ざけるのは、スケゾーと共に居るからなのか。

 それは、偏見というものだと思うが。


「そうなんだな。…………まあ、俺はあんたが快く接してくれているから、それでいいよ」

「当然ですわ。遠い辺境の地から、わざわざわたくしを尋ねに来て頂いたんですもの。ねえ、わたくしの噂はどこで聞きましたの?」


 おっと。…………そういうことか。リベットは、俺達がリベットに会いに来たんだと勘違いしているのか。


「あーいや、実はこれには訳があってな」


 リベットは俺の腕に、自身の身体を絡め…………って、おいおい。何だよ、この展開は。


「ふふふ。やっぱり信じていれば、どこからか王子様が私を連れ出してくださるものですわね」

「…………あー、えっと?」

「既にご存知かと思いますが、わたくしは中々、城から出られない身ですので。…………でも信じていましたわ、ちゃんと待っていれば、きっと――――わたくしを必要として、訪ねて来る殿方が居る筈だと」


 えっ、何これ。なんでこんな事になってんの?

 ちょっとこれは、まずくないか…………? そうか、スカイガーデンという箱庭から出られない一国の姫様とやらは、自分が閉じ込められている事に不満を抱えていた? …………それで、いつか自分を連れ出してくれる人が現れるんじゃないか、って?

 リベットは満面の笑みで、俺を見る。


「わたくしの王子様は、こんなへんぴな島の男ではありませんもの。グレン様のように、地上の激闘の中を生き抜いた、逞しい殿方でないと」

「…………あー? いや、そうじゃなくてな?」

「想像した通りのお方で、安心しましたわ。優しく、そして強い。その魔力、魔物をも従えているのでしょう?」


 どうしよう。…………なんか、ものすごい勘違いをされている。いや、一部は合っているっちゃ合っているんだが…………参ったな。こんな筈ではなかったんだけど。


「眠れる姫は、いつか白馬の王子様のキスで目覚めるのですわ…………!!」


 いや、ちょっと待ってよ。そんなメルヘンチックな夢物語に俺を巻き込まないでくれよ。…………も、ものすごく言い辛いぞこれ。この状況で『実は別の人を探しに来ました』なんて言ったら、どうなってしまうんだ、俺は。

 と言っても、言わないといけない事は言うしかないんだが…………この場にラグナスが居たら発狂しそうだな。外に出しておいて良かった。



 *



 長い廊下を抜けると、その先には大きな扉があった。リベットは俺の手を引いて、その扉へと俺を案内した。


「こちらですわ」


 城の入口から王室の前までなんて、あっという間だ。別に何を気後れする事も無いだろうに、俺は若干ながら、緊張を覚えていた。

 ……そういえば、どこぞの王様に会う事なんて、トムディの頃以来だ。あの時は王様と言うより、お父様という雰囲気だったし……。きちんとした場で国王と出会い話をするのは、これが初めてだという事に気が付いた。


 いや、きちんとした場って。別にトムディの父親と適当な場で会った訳ではないけども。


「お父様、入ります」


 リベットは数回ノックしてそう言うと、大きな扉を開いた。

 うおっ、眩しい…………!!



「――――――――どうしたんだい、リベット」



 俺は、目を開いた。暗い廊下が続いていたから、太陽の光に目が過敏になっているだけだ。

 地上では有り得ないような、部屋の全面に設置された窓。そこから光が差し込んでいるから、部屋の中がとても明るく見える。所謂『王座』へと続く赤い絨毯がある。だが、その先の王座に人は座っていなかった。

 すらりと背の高い長身。大きな窓から一杯に降り注ぐ光を全身に受けて、銀色の髪を持つ爽やかな男の人が立っている。

 …………すげえ。人差し指の上に鳥が乗っている。


「お父様!!」


 リベットは笑みを浮かべて、その『お父様』とやらに向かって走った。同時にその父親と思わしき男は――想像していたよりも、遥かに若く見えたが――俺の存在に気付いて、ふと笑みを浮かべる。

 包み込まれるような、暖かい笑顔だった。

 この人が、国王。


「メッセージバード、ですの?」

「ああ。……少し、凶報を受けてね」


 国王はそう言いながら、人差し指の上に乗っている鳥を持ち上げた。鳥は羽ばたいて、部屋の天井目掛けて一直線に飛んで行く。

 …………ああ、そうか。天井には円形の穴が開いている。あの穴から外に出られるのか。

 しかし何だ、この素敵空間は。…………俺、完全に場違いじゃないか。リベットも美人だし、その父親は親子とは思えない程に若く、美しい。ラグナスの事をイケメンだと思っていたが、これはまた別種の美しさだ。

 凛々しいと言うよりは、爽やかで…………表現のしようもないが、とにかく美しい。本当に男か、この人。


「その人が、噂の?」

「はいっ!! 聞いてくださいお父様、彼がわたくしの未来の旦那様ですわ!!」


 いや飛躍し過ぎだろ!!

 リベットは再び俺の下に駆け寄り、俺の腕を抱いた。…………くそ、リーシュと似たような体型だからなのか、童顔には不釣り合いな程に突き出た乳が俺の思考の邪魔をする。

 どうすれば良いんだ。何だかすっかり、俺はリベットを迎えに来た王子様みたいになっているじゃないか…………!!


「やめなさい、リベット。まだ、出会って幾らも経っていないんだろう?」

「だってわたくし、嬉しいんですもの!! あのヘタレ王子なんかより、百倍は格好良いですわ!!」

「オウル王子の事を悪く言うのはやめなさい」


 困った。…………すっかり、俺の事をこの城から連れ出してくれるステキな人だと勘違いをしている。

 そういえば昔、童話にそんな話があったなあ。しかし、出会って何分も経っていないような男を城に招き入れ、挙句『未来の旦那様』とは…………。メルヘンチックにも程がある。不審者だったらどうするんだよ。

 …………あ、そうだ。

 俺は背中からリベットの肩を叩いた。


「リベット。…………悪いんだが、少しお父様と二人きりで話させてくれないか?」

「あら、どうしてですの?」


 頭に疑問符を浮かべるリベット。俺は、胸を張ってリベットに言った。


「――――良いか、リベット。物事には、順序ってものがある。男同士で話さなければならない事があるんだ」


 瞬間、リベットの瞳がきらきらと輝いた。


「そ、そうですのね!! ごめんなさい、わたくし、意識もせずに…………そんなにわたくしとの事を考えてくれているとは、その…………思っていなかったので」


 大方、『両親に結婚の挨拶を』とか考えているんだろうなあ。


「また後でお話しましょう、グレン様。…………吉報を、期待しておりますわ」


 …………別に、嘘は言っていないぞ。リベットが勝手に勘違いしただけだ。

 リベットはそそくさと扉に向かって走り、最後に俺に投げキッスをしてから部屋を出て行った。…………訳も分からない内に、随分とまた好かれたもんだ。

 キララとはまた、別の意味で面倒な奴だな…………。


「それで、グレンサマ君。私に何か用事かな?」

「グレンオード・バーンズキッドだよ。グレン様は名前じゃねえって…………」

「おや、これは失礼。グレン様」

「頼むからグレンって呼んでくれないか?」


 そう言うと、国王は舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべた。…………やめろよ。それだけ美しくてイケメンで格好良い上にユーモアまであったら、いい加減に俺の立つ瀬が無い。

 国王は姿勢を正し、右手を前に出すと、俺に握手を求めた。


「先に名乗らせてしまって、すまなかったね。私は、ブレイヴァル・コフール。この『スカイガーデン』を統べる者だ」


 俺は少し気負いながらも、国王と握手を交わした。


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