第83話 メサイアって誰

 俺達は再び集まり、これからの行動について相談する事にした。

 喫茶店『赤い甘味』別店に集まった俺達。俺は丸テーブルに置かれた地図を叩いて、一同に場所を指し示した。


「という訳で!! …………俺達が行かなければならない場所は、二つあるらしい。折角人数が居るので、今回は二手に分かれてアイテムを採集しに行こうと思います!!」


 俺の言葉に、キャメロンが下顎を撫でながら、笑みを浮かべた。


「なるほど。そうなると、戦力的に俺とグレンは分かれていた方が良いだろうな」

「そうだな。俺は北に行こうと思うから、キャメロンは南の方を頼むよ」

「了解した。こっちは任せておけ」


 何しろ、北と南じゃ人柄に大分違いがあるみたいだからな。協力してくれるキャメロンには、楽な方を渡さなければ。

 ヴィティアとトムディが、殆ど同時に手を挙げた。


「じゃあ、私はグレンと行くわ!!」

「じゃあ、僕がグレンの方に付くよ!!」


 二人、顔を見合わせる。


「ちょっとあんた、空気読みなさいよ。何であんたがこっちに来るのよ」


 昔、俺に見せていたような――――凶悪な顔をして、ヴィティアがトムディを威嚇していた。トムディは僅かに怯えながらも、ヴィティアに正面から対抗するつもりのようだった。


「ぼ、僕はあんまり、南に行きたくないんだよ。二手に分かれるならヴィティアが南に行ってくれよ」

「はあ? 冗談じゃないわよ、何で私がこんなキモ少女趣味なマッチョと二人で行動しなきゃいけないのよ」

「キモ少女趣味…………」


 キャメロンが一人、完全にとばっちりを受けて愕然としていた。…………可哀想に。


「だって、サウス・ローズウッドに行くんだろ? …………あそこの国王、あんまり得意じゃないんだよ」


 そうか、トムディはローズウッド三世とやらに会ったことがあるのか。元々、マウンテンサイドの王族だからな。まだ城に居た時代に、交流があったのだろう。

 …………だけど、それを今言うのは逆効果だ。キャメロンが笑顔になって、両手を広げてトムディを迎え入れる。


「そうか、向こうの人物を知っているなら話が早い。トムディ、苦手なのは悪いが、こっちに来てくれないか?」

「えええええっ!? 嫌だよ――――!!」


 それみろ。いつも思うが、トムディは迂闊な発言が多過ぎる。

 ヴィティアがしめたとばかりに胸を張り、トムディを指差した。


「ほらね。あんたはそういう運命なのよ」

「ヴィティア、お前!! 僕だってお前を助けるために、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に参加したんだぞ!? ちょっとは感謝しろよ!!」

「ありがとう!! トムディ、大好きっ!! 愛してる!! だから行って来てっ!!」

「気持ちが全然伝わって来ないよオォォォォ!!」


 ヴィティアがあざとい笑顔を浮かべて、トムディに向かって両手を合わせていたが。…………しかし、あんまり拒み過ぎるとキャメロンが可哀想だぞ、本当に。

 当のキャメロンは…………良かった、まるで気にしていないみたいだ。こいつの精神の強さには、本当に頭が上がらないな…………。

 チェリアは…………? 何やら、皆を見て重たい空気が漂っていた。


「おい、チェリア?」

「どうしよう…………このままじゃ、僕だけ影がすごく薄い人になってしまう…………」


 心底どうでもいい事を考えていた。


「あー……チェリアは、どうするんだ?」

「あっ、はいっ? …………僕は、どっちでも大丈夫ですよ」


 どうして、この空気にチェリアは合わせようとするんだろうか。俺としては、自然なままのお前で居て欲しいんだが。


「じゃあ、どっちかと言えば俺達の方に来て貰うのが良いかな。俺とヴィティアとチェリアと、三人で向かおうか」


 ヴィティアは…………少し、不満そうな顔を見せているが。まあ相手がトムディではなくチェリアでは、ヴィティアも言い辛い所があるのだろう。ぶすっとして、俺から目を背けてしまった。

 許せ、ヴィティア。話によれば、北の方は結構破天荒の香りがするんだよ。お前がチェリアと居ると、女子力で全く勝てる要素が無い、というのはよく分かっているが。


「北にグレン、ヴィティア、チェリア。南は俺とトムディ、だな」

「そうだな。悪いけど、頼む」

「なに。この魔法少女に任せておけ。行こう、トムディ」


 やたらと頼もしい二の腕を持つ魔法少女は、自分よりは少しだけ魔法少女に近そうなトムディを担ぎ上げると、『赤い甘味』を出て行った。


「いやだあ――――!! 離して、キャメロン!! ローズウッド三世に会うのだけはいやだあ――――!!」


 トムディは駄々っ子のように、キャメロンの逞しい二の腕の中で暴れていた。

 …………何がお前にそこまでさせるんだ、トムディ。リーシュの婆さんは、そこまでローズウッドの事を悪く言ってなかったけどなあ。



 *



 セントラル・シティから、馬車で三日。北の城に拠点を構える『ギルド・グランドスネイク』は、また随分と遠い所に城を構えていた。

 強そうな白い馬が引く馬車の中で、俺は今一度地図を広げ、今回の目的地を確認していた。


「どうしたんスか、ご主人?」


 スケゾーが俺の様子に気付いて、寝惚け眼を擦りながら目を覚ました。


「いや…………何だか奇妙な場所でなあ」


 今は夜だ。揺れる馬車の中では眠り辛そうだが、ヴィティアとチェリアもどうにか眠っている。本当は野宿でも良いから静かな所で寝かせてやりたいが、これだけ遠い場所だと、そうも言っていられない。

 …………とは言ってもな。さすがに三日連続で馬車の中じゃ、疲れてしまうだろう。どこかで寝る場所を確保してやりたいが、道中に街も無いみたいだし…………仕方ない。今日はこれで良いとして、明日は馬車を止めて野宿にするか。

 俺は炎の魔法で明かりを確保し、地図を見ていた。


 城はあるが、街がない。城の近くにないどころか、当分先まで無い。これでは、仮にどこかの街の所属ギルドだったとしても、街を護り切れないだろう。

 最も近いのは、北の炭鉱街、『ノース・ロッククライム』だろうが…………それにしたって、遠すぎる。


 セントラル・シティにある、『ギルド・キングデーモン』の城のように、基本的にギルドの為の城っていうのは、国や街を護る目的で用意されるものだ。城だけが存在するってのは、中々ある事じゃない。街を護る、という業務がないからギルドは暇だし、報酬も入って来ない。そんな場所、わざわざ拠点として構えていても仕方がない。

 何か、からくりのようなものがあるのか――――…………


「お、『ギルド・グランドスネイク』の話かい?」

「あ、ああ」

「あんた達、そこに向かってるんだもんなあ」


 不意に、馬車を操縦している男が声を掛けて来た。こんな夜中だというのに、元気なものだ。

 ヴィティアとチェリアの二人は、あまり起こしたくない。俺は場所を移動して、男の近くに寄った。寝られるようにと、少し広めの馬車を選んで正解だったか。

 夜風が当たる位置まで移動すると、こんな夜中でも涼しさを感じる。…………よく、この視界で走れるものだな。障害物は気にならないのだろうか。

 こんな平地なら、大した問題でも無いのかもしれない。


「セントラル・シティから金が出てるんだよ。ちょいと危険な洞窟があってな、そこの専属でやってるらしい」

「洞窟?」


 問い掛けると、男はにやりと笑みを浮かべた。


「『大蛇穴の洞窟』って言ってな、蛇って言っても唯の蛇じゃねえ。一度噛まれれば三日ともたないと言われる猛毒を持つ、『レッドスネイク』って魔物がうじゃうじゃいやがるんだ」

「レッドスネイク…………でもさ、蛇の毒って言ったらもっとヤバい奴居るだろ? 正直、城を構えて護る程じゃ…………」

「これがよ。ただの毒蛇じゃなくて、魔力を奪って強くなる蛇なんだ」


 当然のように、男は言った。…………他者の魔力を吸う? 確かに、魔物の中にはそんな事をする奴も居るらしいが…………俺が見たのはサキュバス位だな。誰かの魔力を使うというのは、想像以上に難しいことだ。人間は勿論、魔物だってできる種類はかなり限られる。

 そうか。魔力を喰らって強くなるのなら、人を喰えば喰う程手に負えなくなる。簡単に人類が絶滅できるな。


「性格もかなり好戦的で、原始的だ。人間的な思考能力は持っていない。レッドスネイクの毒にやられると、三日かけてじわじわと魔力を吸い取られる、どこに居てもだ。まあ、そーいう訳なのよ」

「解毒剤は無いのか?」

「あるにはあるけど、作るのに『レッドスネイクの毒』が必要だ。まあ、グランドスネイクなんて蛇専門の退治部隊が出来たお蔭で、最近じゃやられて死ぬ人もかなり減ったがね」


 随分、変わった仕事に従事している奴等だな。人里離れた山奥で、そんな仕事をしていると言うのか。…………確かに、偏屈な奴なのかもしれない。


「って訳であんちゃん、『大蛇穴の洞窟』には近付かない方が良いぜ。後ろの美女二人がどうなるか分かんねえ」


 悪いが、片方は男だ。


「なるほどな。ありがとう、肝に銘じておくよ」

「ちなみに、この『ギルド・グランドスネイク』のギルドリーダーってのが…………おっと、あんちゃん知り合いかい?」

「いや、俺は会った事がある訳じゃなくてさ。これから会わないといけないんだけど」


 そう言うと、馬車の男はヒュウ、と口笛を吹いた。


「あぶねえあぶねえ、知り合いだったら俺が殺されてたかもな。…………気を付けろよ、おっかねえぞー」


 …………何だよ。そんな事言われたら、ちょっと警戒しちゃうじゃないか。



 *



 そうこうしているうちに俺達は、無事に城の前まで辿り着いた。


「…………なんか、不気味な場所ね」


 城の外観を見るなり、ヴィティアはそう呟いた。

 セントラル・シティにある、『ギルド・キングデーモン』のそれとはまた違う。全体的に曲線で構成された城は、城と言うより宮殿と呼んだ方がしっくりくる雰囲気だ。豪華な装飾…………は良いんだが、こう山奥にぽつんとあると、一体何なのかよく分からなくなってくる。

 そうだ、『滅びの山』に行った時の、エロジジイが住んでいた洋館の時のような…………得体の知れない空気を感じる。

 まあ、黙っていても仕方がない。とにかく、中に入ってみよう。城門は閉まっているから、人を呼ぶしか無さそうだが。城門の隣に魔法陣があるから、おそらくこれで呼び出すんだろう。


「…………って、俺の後ろに隠れんな」


 気が付けば、ヴィティアとチェリアは二人して、俺を盾にして様子を窺っていた。


「な、なんで城門に門番が居ないのよ…………おかしいでしょ」

「まあ、来客が少ないからじゃないか? こんな場所じゃ、敵襲なんてのも中々無さそうだしな」


 ヴィティアはどちらかと言うと、城の存在そのものにビビッているようだったが。


「これじゃ、日々の買い出しも一苦労ですよ…………」


 チェリアはなんか、庶民的な事を考えていた。

 俺は魔法陣の前に立って、右手を翳した。ゆっくりと、魔力を込める…………やっぱり、これは意思伝達の為の仕掛けだな。これを通して、俺が何者であるのかを話せば良い、って事か。

 魔法陣の向こう側に、人が出るのを待つ――――…………お、声が聞こえて来たぞ。



『お引き取りください』



 なんか、いきなり新聞勧誘みたいな対応をされたんだが。


「グレン? …………どうしたの?」


 思わず、苦い顔になってしまった俺。声が聞こえていない二人には、俺の事情など分かる筈もない。…………しかし、来てしまったんだ。今更、引き返す事はできない。

 俺は、魔法陣の向こう側に念じた。


『すいません、こちらのギルドリーダーに用事があって、参った者ですが』

『申し訳ありませんが、ギルドリーダーは今、イカちゃんを食べて眠りに就く所です。お引き取りください』


 俺は魔法陣を指差して、スケゾーに言った。


「今から殴り込む作戦に変えても良いかな?」

「落ち着いてください、ご主人」


 これ、魔法陣の向こう側に居るの、リーシュの婆さんじゃないか。大丈夫か。

 くっ…………最近はこんな事ばっかりじゃないか。


『そうも行かない事情があるんです。どうか、お会いできませんか』

『お引き取り…………えっ、ちょっと待ってください!!』


 何だよ。


『貴方はまさか、メサイア様ですか!?』


 誰だよ。


「グレンさん? …………大丈夫ですか?」


 駄目だ。頭が混乱してきた。…………これ、俺が喋らない方が良いんじゃないか。俺は振り返り、ヴィティアに見えるように魔法陣を指差した。


「向こう、女の人だよ。ヴィティア、話してくれよ」

「ええっ!? 私!?」


 渋々、ヴィティアは魔法陣に向かって手を翳す。もう、話が繋がらなさすぎて、よく分からなくなってきた。

 …………ん? 何やら、城門の向こう側が騒がしいな。バタバタ、バタバタと…………。


「あ、ヴィティア、ちょっと待ってくれ」

「何よ、もう話し始めたところで――――」


 不意に、城門が開いた。

 …………が、誰も出て来ない。…………いや、待て。違う。出て来ていないんじゃなくて、登場した人物の背が低すぎるだけだ。

 視線を下にずらすと、やたらと髪の毛を豪華に結った、桃色の髪の少女が現れた。


「メ、メサイア…………?」


 いや、だから誰だよ。



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