第77話 あまりもの達の温泉旅行②
「王様ゲーム?」
意気揚々と鞄から棒を取り出すリーシュとは裏腹に、俺は思わず疑問の声を上げてしまった。王様ゲームって、確か……くじで王様と番号を決めて、王様が誰かに何でも一つ、命令できる……って、そんな内容だったよな。
いやいやいや。やった事ないぜ、そんなゲーム。仲の良い友達同士じゃないとやらないようなゲームに、元・ぼっちの俺が手を出せる訳がないだろう。
「王様ゲーム!?」
倒れた筈のトムディが起き上がり、驚愕に身を震わせていた。
な…………何だ? リーシュが『王様ゲーム』ワードを出した瞬間、トムディもヴィティアも起き上がって…………ついさっきまで瀕死も良い所だったじゃねえか!! 一体、王様ゲームのどこにそんな魅力があると言うんだ…………!?
トムディは僅かに身体を震わせて、丸い瞳でリーシュの事を見ていた。
「王様ゲーム……ま、まさか友達百人勢しかできないようなゲームを、この僕が……!!」
何だよ、友達百人勢って。一体何に感動してるんだよ。
ヴィティアは…………逆に、青褪めた顔をしていた。
「もう命令はイヤもう命令はイヤもう命令はイヤ…………」
なんだか分からないが、謎の驚異的なトラウマがあるように見えるが。本当に大丈夫なのか、これ。
王様ゲームを提案した当の本人は呆けた顔で、棒の塊を握り締めた。
「今日のために、予め作っておいたんですよ」
「随分と用意周到だな、リーシュ。前から考えていたのか?」
「はい、村に居た時からやってみたかったんです!!」
いや悲し過ぎるだろ!! 付き合ってやれよ、村の人達。
「ムフフ。ゲームと名の付くモノでオイラに張り合おうたあ、良い度胸っスわ」
お前は俺にチェスで勝った事ないだろ、スケゾー。一体その自信はどこから来るんだよ。
…………やれやれ。俺が拒否したせいで興が冷めても、それはそれで面白くないな。
まあ、旅行にはありがちなゲームってやつだ。ここはひとつ、付き合ってやろうじゃないか。所詮ゲームはゲームだ、負けた所で何かを失う訳じゃないんだし。
既にラムコーラに飽きて、直接スピリットを口にしているスケゾーが。何やら涎を垂らして、若干危ない顔をしているトムディが。既に虚ろな目をして、そこだけ漆黒の闇ゾーンが発生しているヴィティアが、それぞれ集まった。
「さー、皆さん、棒を持ってください!! 一斉に引きますよー!!」
全員、執念にも近い炎を燃やして、それぞれリーシュの握った棒に指を乗せた。
何だ…………? この危ない空気は。本当に大丈夫だよね…………?
「王様だーれだ!!」
*
「あ、私です!! やりました!!」
最初の王様はリーシュだ。……なるほど、まあビギナーズラックと言えばリーシュだよな。今回も例に漏れず、といった所か。
俺の番号は……二番。まあ、確かルールによれば、王様以外は特に関係ない……んだったよな。結局、命令する側の王様も番号で指定しないといけないから、誰が選ばれるかなんて分からない。
リーシュの事だから、またよく分からない命令をして、皆を混乱させるんだろう。今の内から警戒しておかなければ…………!!
「ええっとですね、それじゃあ四番の人がー」
ふう、危ない危ない。俺では無かったようだ。まあよく考えてみれば、俺達はスケゾーも含め、五人で王様ゲームをしている。一人が王様だったとして、自分が選ばれる確率は二十五%だ。大した確率じゃない。
そうか。ということは、四回やって一度当たる程度の確率な訳だ。俺が王様になる可能性も考えると、もっと低くなる。
何だ、心配して損したぜ。
「二番の人にキスをする!!」
…………あ、そういうのあるんだ。
いや、待てよ? リーシュはなんか面白そうに言っているが、これって結構やばい命令じゃないのか……!? よく考えてみろ、今この状況で『キス』命令が該当するメンバーって、スケゾー、トムディ、ヴィティアの三人なんだぞ……!?
誰とキスをしても、どちらかがトラウマを抱える事になり兼ねない…………!!
俺は、他三人の顔色を窺った。
「あっ…………、あっ…………」
…………ヴィティアだった。
言葉が詰まり、棒を祈るように両手で持ったまま、僅かに痙攣しているヴィティア。既に顔は元の肌の色がよく分からなくなる程に朱く染まり、目は宙を泳いでいた。
それでも、自分がキスをする相手が誰なのかは、気になる所らしい。震えながら、ヴィティアは俺と同じように、メンバーの顔色を窺う。
俺と、目が合った。
黙って、『二』の文字が入った棒をヴィティアに見せる俺。――――その瞬間、ヴィティアは立ち上がった。
「いいいいい嫌よ!! なんで私がこんなアホ魔導士とキスしなきゃいけないのっ!?」
そんなに嫌ならゲームに参加しなきゃ良かったのに…………。
「仕方ねえだろ、諦めろ。王様にならなかったお前が悪い」
「そ、そんな…………。私なら絶対、王様独占だと思ったのに…………」
こいつはどうして、自分の事を運が良い存在だと思っているんだろうか。……お世辞にも、ラッキーで人生駆け上がるようなタイプじゃないと思うんだけど。
「リーシュ!! あんた、命令変えなさいよっ!!」
事もあろうに、王様に命令する四番。もはや当初のルールぶち破りである。
「そ、そうですね。まさか私もこんな事になるとは……」
何故かリーシュの方も、少し辛辣な表情になっていた。対象がヴィティアと俺になると思っていなかったのだろうか。……どうなんだ、それも。
例えば俺とトムディなら良いとか、そういう事は無いだろう。
「何言ってんスか、途中で命令変えられたらかなわねーですよ。ナシナシ!!」
スケゾーが酔っ払いながらも、ド正論でヴィティアに詰め寄る。
「そうだ、やれー!! キース、キース」
トムディはなんか、子供みたいな煽り方をしていた。
唐突に発生したキスコールに、わなわなと震えるヴィティア。緊張した面持ちで状況を見守るリーシュ。既にどうでもいい俺。
ついに羞恥に耐え切れなくなったのか、ヴィティアは両手を握り締めて叫んだ。
「はじめてのキスがこんな状況はイヤ――――!!」
多分、場の誰もが思った。
『あ、初めてなんだ』と。
*
「はいはい!! 王様は僕だよ!!」
続いて手を挙げたのはトムディだ。やたらと得意気な顔をして、胸を張っている。……いや、くじで選ばれただけだろうに。
リーシュに続いて、トムディか。……なんとなく、リアルラックの数値を表しているような気がしてならない。……いや、別に王様がやりたいとか、そういう話では無いんだけども。
「もう!! 何で私が王様じゃないのよ!!」
だから、そろそろ現実を見ろよ、ヴィティア。
「まあ、当然の運命というモノだよ。僕は元々、王様だからね」
鼻高々といった様子で、トムディは頭の上の王冠を指差した。…………いや、お前は王様じゃなくて王子様だろ。どちらかと言うと七光り系の。
マウンテンサイドの次期国王は間違いなく弟の方だろうし……会った事はないが。トムディが王様なんて、ホラ吹きも良い所である。
「むむむっ……!! トムディさん!! やりますねっ……!!」
リーシュもすっかり、王様ゲームにハマっていた。
「僕の命令はキツいぞ…………!! 覚悟しろ!!」
無駄な所で独裁政権を発揮する頭の悪い王、トムディ。
「別に命令される方でも良いんで、オイラの出番はまだっスかねえ」
どちらかと言うと、あんまり王様の手足にはなりそうもない住民、スケゾー。
「当たりませんように当たりませんように当たりませんように」
もはやフラグにしか思えない言葉を連発する女、ヴィティア。
え、何、この空気。王様ゲームって、そんなに熱くなるようなゲームなのか……? なんか一人だけ、物凄い場違い感を覚えるんだが……。
まあいいや。ここはそれとなく流して、適当に温泉入りに行こう。まあ王様が一周すれば、皆満足するんじゃないだろうか。
この様子だと、どうせまた『キス』とか『抱き合う』とか、そんなレベルの内容なんだろうし。
「それじゃあ行くぞっ!!」
大した事はない。こんなもの、子供騙しに過ぎな――――――――
「一番は、全裸で四番に土下座して『この無様な私めにお慈悲を!!』と叫ぶ」
――――――――な、に?
俺は、手元の番号を確認した。……そこには、確かに『一』と書かれた棒が。
「ハアアァァァ!? 何だその命令!! お前何考えてんだトムディッ!!」
「あ、なんだーグレンだったのー? いやー、残念だったねー」
驚愕して、トムディに詰め寄る俺。トムディはどこか棒読みな空気で、俺に茶目っ気たっぷりのウインクをした。
「ふざけんなアァァァァ!! お前そんな命令、俺以外の誰が当たっても…………ハッ!?」
まさか――――――――王様になった時、俺の番号を盗み見ていたのか!?
俺はどうせ皆酔っ払っているだろうと思って、自分の番号を特別隠しもせずに持っていた。……というか、常識的に考えて王様ゲームで人の番号を見る事なんて無いだろう、と高を括っていた。
そんなマナー違反、あって良いはずが…………!!
「一人だけキョーミ無さそうだったからさァ…………ちょっと、本気になって貰おうと思ってね?」
バレル・ド・バランタインもびっくりの下衆顔で、俺に詰め寄るトムディ。俺は為す術もなく、ただトムディの言った事に従うしかない。
ふざけんな。全裸になって土下座だと…………!? この状況で、他の誰に当たってもとんでもない事に…………!!
誰だ…………四番…………誰だっ…………!!
「アホ魔道士が…………私の奴隷…………」
一番ノリの良さそうな奴が来たァァァァァ――――――――!!
いや、待て。落ち着いて考えるんだ。ヴィティアで良かった、ここはスケゾーに当たらなくて良かったと。さすがに、他の人の番号まで知っていた訳ではあるまい。恐らくトムディは、この命令をスケゾーに当てるつもりだったのではないか。俺は、そう考える。
俺は立ち上がり、腹を括った。ここは一瞬で終わらせて、次のゲームでトムディに復讐するしかない!!
一瞬で終わらせるんだ!! そうすれば、ヴィティアは何をされているのかも理解出来ずに終わるに違いない…………!!
俺は服を脱ぎ、光の速さで土下座した。
「オオオオオオ――――!! この無様な私めにお慈悲をオォォォォ――――!!」
土下座するにはあまりに場違いな気合だったが、そんな事は関係ない。言われた事を実行すれば良いのだから。
よ、よし、やったぞ!! すぐに服を着て、元の位置に戻ってゲーム続行だ!!
な、何だ!? …………土下座した状態のまま、頭が動かせない!! 何をされているんだ…………!?
後頭部に、足の裏の感触――――…………
「ハァッ…………ハァッ…………あ、足を舐めてもいいのよ…………?」
いや、やばいヤツだこれ一番ヤバいヤツだ!!
*
「あ、また私が王様です!!」
次の王様は、またリーシュ。
何故だ…………!! シャッフルする前に、王様がどの棒なのか、雰囲気をばっちり掴んだと思ったのに…………!!
よく考えてみたら、同じ種類の棒を使っているのだから、何か特徴でも無ければ分からないに違いない。…………仕方ない、ここは俺だけが分かる目印をどこかに付けておくとして…………よし。
俺はリーシュの肩を掴んで、瞳孔を剥き出しにして言った。
「よおリーシュ。その王、俺に譲る気はないか…………!?」
「え…………ええっ!? 駄目ですよ、そういうルールなんですから…………!!」
ちっ。駄目なものは駄目か。振り返ると、何処からかサングラスを持ち出したトムディが、吸えもしない煙草を咥えてほくそ笑んでいた。勿論、煙草に火は点いていない。
「見苦しいぞ、グレン。負け犬の遠吠えかい?」
「残念だな。俺が王になった暁には、まずお前を消し飛ばしてやる算段だったのに」
唾を吐くフリをして、トムディに向かって親指を下に向ける俺。トムディはサングラスを僅かに上へと持ち上げ、俺の事を鋭い眼差しで睨んだ。
「――――――――やってみな」
スケゾーが笑いながら、俺とトムディの様子を見ている。ヴィティアは…………先程の優越感で、恍惚状態になっていた。
「な、なんだか空気が変になって来ちゃいましたね」
流石のリーシュも、少し狼狽えているようだった。王様の棒と睨み合いながら、リーシュは命令を考えているようだった。
「むむむ…………ここは私が、皆を明るくさせる命令を何か、考えてみせます…………!!」
リーシュの言葉に、俺は振り返った。トムディがサングラスを外し、スケゾーが面白くなさそうな顔をして……ヴィティアが、我に返った。
「安心してください。私、今回はひどい命令をしませんから」
おお、リーシュ。
「トムディ。俺達…………子供だったな」
「そうだね。――――どうやら、間違っていたのは僕の方だったらしい」
場は、謎の和やかな空気に包まれた。リーシュの言葉にヴィティアは目尻に涙を浮かべ、俺は苦笑して目を閉じてしまった。――――そうだ、喧嘩なんて馬鹿らしいじゃないか。俺達は、王様ゲームの事を何も分かっちゃいなかった。
楽しい命令を最後にひとつやって、終わりにしよう。
「じゃあ、三番の人が…………三点倒立?」
「何でだアァァァァ――――――――!!」
俺はついに、ちゃぶ台をひっくり返した。
「きゃあっ!? グ、グレン様!?」
「何で三点倒立にしようと思ったの!? 何なの!? 三点倒立で場の空気が明るくなると何で思ったの!?」
「え、いや、えっと…………サーカスみたいで楽しいかと思って」
「やってる方は苦痛でしかないわアァァァ!!」
とは言え、三番は俺じゃない。既に皆、かなりの酒が入っている…………この状況で三点倒立なんかしたら、唯では済まないぞ…………!?
誰だ。三番…………誰…………!?
「……………………ぐすっ」
俺は、もはや嘆く事しかできなかった。
「なんか私に、恨みでもあんの…………?」
泣きながら立ち上がり、倒立の準備をするヴィティア。この王様ゲーム、今の所全ヒットのヴィティア…………不憫でしかない。
俺達は今、宿に備え付けの夜間着を着ている。一枚の羽織を腰の辺りで紐を使って縛り、形を整えるタイプのものだ。
当然、逆立ちなんかすれば…………捲れる事は避けられない。
「やってやるわよおぉぉぉぉ!!」
「もういいっ!! もう良いんだヴィティア!! そうだ、王様ゲームはもう終わりにしよう!! 目を覚ますんだ!! そんな状態で倒立なんかしたら…………あぁっ…………!!」
そういえば、ヴィティアの次に俺も全ヒットなんだよな。
あれ? 俺のリアルラック…………うーん?
「オイラ、まだゲームにすら参加できてないんスけど…………」
俺達の王様ゲームは、ヴィティアの痴態を最後にして、静かに幕を閉じた。
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