第五・五章 幕間
第76話 あまりもの達の温泉旅行①
※ヴィティアが仲間に加わってから、結婚相手ミッションを受けるまでの出来事です。
「はいはいっ!! 私、温泉に行きたいです!!」
ある日のことだ。リーシュの提案があって、俺達は温泉に行く事になった。
温泉と言えば、西へ東へ様々な場所があるが……やっぱり、行くとしたらあれだろう。セントラル・シティから北に少し進んだ所にある、『ノース・ユウェッサン』。気候は涼しく夏でも快適で、温泉の温度も肌に優しく、避暑地にもなる観光地だ。
パーフェクトだ。
せっかく仲間も増えて、三人プラス一匹プラス一人になった所だ。ここらでパーティ旅行をしても良いのではないだろうか。
「そうだな。たまにはそういうのも良いか」
そう言って笑みを浮かべた俺に共感したのは、殆ど全員だった。
さて、セントラル・シティに居るうちから観光地でもある温泉街、ユウェッサンの宿を予約しておいて、俺達は馬車で一日程掛けて、その街を訪れていた。
「わあ…………!!」
街の入口に立つと、リーシュが感嘆に声を上げた。先進的に発展した街とは違って、古びた建物や優しそうな人柄が目立つ。所狭しと並んだ土産物は、一日そこらでは見切れないだろう。
これまでの歴史を見ても、魔物の襲来など殆ど無い。純粋に温泉を楽しむ街、ユウェッサン。……そういえば、ただの温泉じゃないものも幾つかあるって聞いたな。ウォータースライダーがどうとか……まあ、見てみれば分かる事だろうか。
しかし、この面子で温泉とは。……観光という目的で旅行なんてした事が無かったので、どうにも新鮮である。
リーシュも同じ事を思っていたのか、満面の笑みで俺の方を向いた。
「見てくださいグレン様!! 温泉と何の関係もないのに、『温泉まんじゅう』って面白いですね!!」
「そういうモンだから!! それ言っちゃ駄目なヤツだから!!」
前言撤回。相変わらず、リーシュはリーシュだった。……一応、昔は『温泉水を使って作る』っていう風習があったんだぞ。
「…………ねえ。付けて貰ったばっかりというのは、あるんだけど。……あんまり私のファッションには合わないから、これを外して貰えないかしら」
そう言うのは、つい先日整えたばかりの私服に首輪を着けたヴィティアである。
もじもじとして、俺の後ろに隠れるヴィティア。俺の着けた首輪が、余程気になるらしい……何がそんなに気になるんだろうか。俺は周囲を見回して、街の様子を確認した。
……おや。何名かの爺さん婆さんが、俺達の方を微笑ましい顔で見ている。
「最近の若いモンはやんちゃだねえ」
「そうそう、流行ってるらしいのよー。男の人が女の人をペットにするんですって」
そんなモンが流行ってたら、今頃世界は破滅に向かっているよ。
ヴィティアは顔を真っ赤にして、小さくなっていた。……確かに、これではあまり楽しめないというのはあるか。俺は苦笑して、ヴィティアの頭を撫でた。
「別に良いけどさ。『誓約の帽子』の存在を忘れるから着けてくれって、お前が言ったんじゃねえか」
「いや、そうじゃなくて、『誓約の帽子』の方。これ以上電流受けたら、ちょっとクセになっちゃいそうで…………」
「そっち!?」
婆さんの事はどうでも良かったのか。……というか、俺が知らない間に電流受けてたのかよ。クセになるほど。……ドMか。
あまりの衝撃に、思わず死んだ魚のような目でヴィティアを見てしまう俺だった。
「……な、何見てるのよ!! バカ!!」
恥ずかしさに顔を赤くしていたんじゃなくて、どうやら頬が上気していただけらしい。ヴィティアは身を捩らせて、俺の視線から逃れようとしていた。
「スケゾー。こいつは結構、ラグナスやキャメロンと並ぶアレかも知れんぞ」
「え? 気付いて無かったんスか?」
「ひでえな!!」
スケゾーは既に興味を無くしたようで、いつの間にやら買ってきたご湯治ビールを美味そうに飲んでいた。
フッ。まあ、俺の周りにまともな人間が集まって来ない事なんて、とうの昔に知っていたよ。俺は苦笑してヴィティアに背を向け、ようやく広大な温泉街へと足を踏み入れた。
…………あれ? 感傷に浸るのは良いけど、そういえばトムディが居ないな。どこに行ったんだろうか。
「ちょっと二人共、ここに居てくれるか?」
「あ、わかりましたっ!!」
「早く戻って来なさいよね」
リーシュとヴィティアに声を掛けて、俺は人混みの中へと入った。
観光地を見て回るのは全然構わないんだけど、先に宿へ向かってチェックインだけでも済ませておかないと。酔いどれのスケゾーを肩に乗せ、俺は土産物売り場を見て回った。トムディは…………居た、やっぱり土産物の菓子売り場だ。
「うまあ――――…………!!」
……既に餌付けされた後だったらしい。トムディはよく肥えた頬を擦りながら、温泉まんじゅうに舌鼓を打っていた。
「この洗練された餡と皮のバランス!! 個人的には粒餡の方が好きだったけど、これだけ丁寧に裏ごしされたこし餡なら、全然アリだなあ……!! 素晴らしいよ、まるで程良く甘い餡と皮が舌の上でダンスを踊るようだ!!」
お前はどこの菓子評論家だ。
「兄ちゃん、見る目があるね!! 沢山食べて回っていたみたいだけど、どうだい? 他との違いは分かったかな?」
「フフン、僕を甘く見ないでくれよご主人。僕は、サウス・マウンテンサイドでは『味覚の貴公子』とも呼ばれた男なのさ。ここが一番売上の良い店だ。そうだろう?」
「正解!! 組合でやっているから、そういうアピールはしないルールなんだけど、よく分かったね!!」
すげえな。聖職者として活動する時は正直、味覚の貴公子どころか、ただの未確認飛行物体(尻)でしか無いけどな。
トムディは懐から財布を取り出し、言った。
「じゃあ、この棚にあるやつ、全部ください」
「待て待て待て――――い!!」
思わず店に入ってしまった俺。トムディは俺の姿を発見すると、柔らかい笑顔を見せた。
「あ、グレン。来てたのか」
「来てたのか、じゃねえよ!! お前そんなに買ってどうするつもりだ!?」
リアルにそれを言う奴、初めて見たよ。トムディはさも当然のような顔で、首を傾げていたが。
「だって、マウンテンサイドの人達にも送らないとだし、ルミルにも……」
「にしたって、そんなに大量に送る事無いだろ!! 旅行する度にそんなん買ってたら、金が幾らあっても足りんわ!! 俺の給料からその金出てんだろ!?」
「大丈夫だよー、父上のお小遣いの方から出すからー」
あんのバカ親め…………!! 結局なんだかんだ言って、トムディに小遣い渡してんのかよ…………!! 子供が子供なら親も親だな!!
俺はトムディの財布を取り上げると、店主に向かって作り笑いを浮かべた。
「すいません、さっきの饅頭、三箱ください」
「あっ!! ちょっと!! グレン!!」
「うるせえ馬鹿野郎!! お前と、ルミルの分と、城の分と、三箱で充分なの!! ちょっとは自立して生活する事を考えなさい!!」
「あのさあグレン!! 父上じゃないんだからさあ!!」
「その父上の代わりに言ってやってんだよ!!」
これだからボンボンは困るんだ。自分で稼がなくても金がある奴は、金のありがたみというモノを知らない。
不意にスケゾーが俺の肩で、何杯目になるか分からないビールを飲みながら、言った。
「つーか、他に送る相手とか居るんスか?」
「えっ…………」
衝撃の一言に、トムディの動きが止まった。
「オイラには、トムディさんから送られて喜びそうな相手って、正直あんま思い付かねーんスよね」
ああっ…………!! トムディ…………!!
トムディは絶句して、その場に佇んでしまった。……さ、流石にそれは言い過ぎでは……スケゾーは既に酔っ払っているようで、特に気にもしていないようだったが。
下唇を噛んで、トムディは涙を堪えていた。
「おいスケゾー!! お前、デリカシーってもんをちょっとな……!!」
「いやでも、そんな何十箱も買ったとして、送る相手が居なかったら捨てられて終わりじゃないっスか。金だけじゃなく、作ってくれた人にも迷惑って言うんですかね」
ああ!! トムディがショックを受けている!!
……確かに、サウス・マウンテンサイドでのトムディの扱いって、思い返せばそんなに良くなかったかもしれない!! 子供にも小馬鹿にされる始末だし、あれはあれで愛されていたような気もするが……実際の所、どの程度信頼関係があったのかは、俺達には判断付かない所だと思う。……思うけどさ!! そういう問題じゃないだろ!?
「ぼっ…………僕…………」
「ああもう、分かった、四箱だ!! 四箱買っていこう、なっ!? それで、どっかのタイミングで直接渡しに行こうぜ!! そしたら皆、喜ぶぞ!? なっ!?」
さっきまでトムディを叱っていた筈なのに、気が付けばトムディのフォローに回っている俺だった。トムディは必死で涙を堪えて、ぶるぶると震えている。
「いやだから、多めに買った所で渡す相手が」
「もう少し黙れお前!!」
俺はスケゾーを殴った。
「よーし!! 分かった、この味の分かる少年に、おじさんちょっとサービスしちゃおう!! 一箱おまけだよ!!」
終いには、饅頭屋の店主までトムディに気を使う始末である。……こいつ、少年じゃないんだけどね。
スケゾーの心配をよそに、涙を浮かべたトムディは、通り掛かる色々な人からお菓子を貰っていた。……まあポンコツではあるかもしれないが、愛されるキャラクターだと思う。
だから大丈夫だ。……これ、多く買うべきなのか? いや、棚ごと全部は流石に……ああもう、分からーん!!
で。
俺達は遂に、宿へと到着した。ユウェッサンの一番奥にある、『ミスター・ユウェッサン』という宿…………は既に予約一杯で空いていなかったので、その隣にある『ホテル・ユウェッティ』という名前の宿をチョイスした。
事前情報を調べる限りでは、ミスターの次に大きな宿だ。手前に到着すると、その広い敷地に驚きもした。……普通に温泉宿だ。ホテルという雰囲気ではないが、まあ名前の問題だろうか。
平屋で……何と言うか、独特の造りだった。旅行も観光もした事が無かったから、不思議な雰囲気である。
「すげえ所だな、ユウェッサン……」
「ふん。旅行って言うからどんな凄い所かと思ったら、ただのボロ屋じゃない」
「ヴィティアお前な、そういう言い方無いだろ」
「本当の事でしょ、古いんだから。東の島国から伝わった、それはもう古い建築法らしいわよ。『カブキ』って名前の街から」
「それはそうかもしれないけど……って詳しいな、ヴィティア」
振り返って、俺はヴィティアを見た。あんまりそういった事情には精通していないと思ったけど、ヴィティアも意外と旅行をしていたのだろうか。
ヴィティアの両手には、本が握られている。本のタイトルは、『ユウェッサン公式ガイドブック』…………
「こ、ここは靴を脱いで部屋に上がるらしいわよ。……『タタミ』って言うんですって。あとね、晩御飯は海鮮がメインで、生魚がね」
楽しむ気満々じゃねえか!!
不満を持たれているのかと思ったら、逆にめちゃくちゃ期待されていた。ヴィティアは多少興奮した様子で、目を輝かせながら宿の敷地へと入って行く。
……まあ、リフレッシュするために来た訳だからな。楽しんで貰えるのは良いことだ。
「グレン様……こ、ここが噂のお宿なのですか?」
「そうだよ。馬車に乗って肩が凝ったし、さっさと中で休もうぜ」
勿論、ヴィティアの要望で男女二手に分かれて部屋を取ってある。俺もその方が気楽で良い。酒も飲めるみたいだし、ラムコーラも用意があるみたいだ。気が利いている。
リーシュは喉を鳴らして、多少緊張しているようだった……いや、普段泊まっている宿とは違うかもしれないが、ここだって普通の宿に違いは無いんだぜ。セントラル大陸にあるモンだし、そう差はないだろう。と、思うが。
「…………どうしたよ?」
「いえ…………」
リーシュは何やら恥ずかしそうに、内股を擦り合わせていた……見た目に刺激が強いからやめてくれ。
「あの、私、素足のままで居るというのが、少し落ち着かないみたいで……」
「ビキニアーマーはいいのか?」
*
「がーっはっはっは!! オイラの天下じゃ――――い!!」
晩飯は、大変に美味だった。色とりどりの新鮮な生魚は……始めは少し抵抗があったが、食べてみるとこれがどうして美味いのだ。今までに体験したことのない、未知の味だった。
普段、魔物を捕らえて喰ったりする時も、生でガブリとは行かないからな。すごい風習だと思う。……思うが。
何故か飯を食べ終えてからの俺達は、全員グロッキーで床に寝転んでいた。スケゾーを除いて。
「グレン。……僕の亡き後は、海に捨ててくれ」
「ああっ…………!! トームデーィ!!」
飲み過ぎて酔いの回ったトムディが、遂にダウンした。
そう…………飲み会。俺はサウス・ノーブルヴィレッジを出てから今まで、飲み会らしい飲み会をして来なかった。……だから、忘れていた。このスケゾーが、こと酒の事になると酷い暴走を始める魔物だったということに。
俺の知らない間に、宿に取り次いでいたらしい。俺達の手元に用意された酒は…………スピリット。しかも分からないように、ラムコーラとスピリットのカクテルになっていた。
殺す気か!!
「てめえコラ、スケゾー……後で覚えとけよ……」
「いやいやご主人、これでもオイラは気を遣ったんスよ? 皆が共通で飲める酒って、ラムコーラ位じゃないっスか。だから、オイラは考えたんです。『でも強い酒が飲みたい』と」
「それはお前だけだ!!」
「もう一杯いかがっスか?」
いや、流石にもう無理だ。ほら、ヴィティアだって頬を上気させて倒れているし、トムディも先程ダウンした。……俺も間もなくダウンする。
まだ温泉に入ってねえじゃねえか……。
「スケゾーさん、おかわりください!!」
リーシュ!?
「おおー!! 流石、リーシュさんは分かってるっスね!!」
「えへへ……これ、美味しいですねー。ほら、ヴィティアさんもトムディさんも、まだ寝ちゃ駄目ですよ」
鬼か…………!? まさかリーシュが酒強いなんて聞いてないぞ、俺。……そもそも飲みの席にあんまり同席してないから、知らなかった……!!
やばい。おかわりが継ぎ足される前に、俺だけでもさっさと離脱しなくては…………!!
リーシュが手を叩いて、言った。
「それじゃあ皆さん、王様ゲームをひましょう!!」
もう舌回って無いぞ、リーシュよ。
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