第49話 水灯りの洞窟

 ヴィティアの服は、セントラル・シティで粗方揃えた。


「よし…………入るか」


 俺達は、トムディの言っていた『水灯りの洞窟』まで来ていた。

 セントラル・シティから南に一日半程移動した先にある洞窟、サウス・ノーブルヴィレッジよりも更に南だ。草原と荒野しか無いような荒れた土地の真ん中に、口を開けて地下へと誘う洞窟の入口がある。


 地図と写真で見る限りでは、大した事は無いように思えたが。実際には、驚くほど巨大だ。人工的に作られたと言われても信じてしまうような洞窟の入口は、大人が手を広げて横に十人は並べる程の幅と、肩車をしても天井には手が届かない程の高さがあった。

 俺は腕を組んで、洞窟の入口に立っていた。


「…………本当に居るんだろうな。ここに、例のドラゴンが」


 絶対に広い。……くまなく探して見付からなかったら、とんだお笑い種だ。


「オイラの勘からすれば、居ない可能性が四割」

「高いな」


 スケゾーが俺の不安を煽るべく、不吉な事を言った。


「間違いないよ。確かにそう言ってた」


 トムディが自身の記憶を肯定し、ハイボールキャンディーを舐めながら助言する。


「海の幸がいっぱい採れそうですね……今夜はアサリご飯にしましょう!!」


 リーシュが手を合わせて、晩飯に思いを馳せていたが。正直、場違いも良い所である。


「私は援護するから!! 皆、頑張って!!」


 既に前線で戦う気ゼロのヴィティアが、思わず殴りたくなる一言を口にした。

 横一列に並ぶ、凸凹も良い所の変則パーティー。


 …………大丈夫か、このチームで。生きて帰る事は出来るのか。魔物だって馬鹿じゃない、中に入れば俺達を喰おうと企む奴も絶対に居るだろう。

 むしろ、一人の方が心強い。中々に衝撃的な状況である。

 リーシュとトムディはいつも通りなので良いとして。……問題は、横で何故か得意気な顔をしているヴィティアである。


「…………お前、そんな装備で大丈夫か?」


 今日のヴィティアは、デニム生地のショートパンツに白い布のシャツ。毛皮のマントという組み合わせだ。太腿にナイフを刺している辺り、魔導士を廃業して盗賊にでもなったのかと思える格好だったが。

 一応鉄の胸当てはしているが、正直軽装も良い所だと思う。こんな装備で挑むと分かっていれば、俺が防御魔法を掛けてやったのに。


「大丈夫よ。問題ないわ」


 自信満々でそう言われると、何故か問題しか無いような気がして来る。一応、ヴィティアの装備に十セル程渡しているので、もっと高価な防具は買えた筈なのだが。

 まあ見た所、軽い装備で統一したという所なのだろう。何より靴に金を掛けている。『ウインドブーツ』と呼ばれるそれは、ステップの瞬間に風の魔法が使われる事で移動速度を上げるという、中々に便利な装備品だ。

 …………まさか、危なくなったら一人だけ逃げるつもりではあるまいな。


「ペナルティを喰らっても俺から離れ続けると、電撃の威力が上がって行くからな。気を付けろよ、動けなくなっても助けてやらないぞ」

「わわわわわ分かってるわよ!! ……魔法の効果範囲って、そんなに広いの?」

「残念だが、走って逃げられるような代物ではない」


 核心を突かれた、といった様子でヴィティアが俺から後退った。…………アホめ。

 とにかく!! そうして俺達は、『水灯りの洞窟』への一歩を踏み出した――――…………!!


「…………あれ? グレン様、あれを」


 あれ? …………って、何だ?

 リーシュが指を差した。その指の先に、自然と目が動く。洞窟の奥に、小さな緑色の影が見える。階段上になっている岩場の先で、奥へと進もうとしていた。

 思わずポケットから写真を取り出して、そのドラゴンの姿を確認する。

 緑色の体表に、タキシード。


 ……………………。



「お前、そこを動くなアァァァァァ――――――――ッ!!」



 一瞬だった。

 まさか、これから探そうという対象が入口付近に居るなんて思っていなかった俺は、思わずドラゴンに向かって叫んでいた。


「グレン!! 何叫んでんだよ!! ここは後ろから捕まえるとか、そういう所じゃないのか!!」


 一転して全員、ドラゴンに向かって走り出す。トムディが俺に文句を言っていたが――……俺はスケゾーと魔力を共有し、来たるドラゴンとの戦いに気合を入れた。


「馬鹿、ドラゴン相手に小細工なんか通用するかよ。どの道、殴り倒して連れ帰るしか無いに決まってるだろうが」

「でも、それにしたって、もう少し近付いてからの方が……」

「大丈夫だって、トムディ。ドラゴンは向かって来る敵から逃げたりなんかしねーんだよ。降り掛かる火の粉は払わねばならぬ、って性格してんの。プライドの高い連中だから、間違っても尻尾巻いて逃げたりしねえって」


 俺がそう言っている間に。緑色のドラゴンは俺達から背を向け、一目散に洞窟の奥目指して岩場を滑り降りて行った。


「全力で逃げてるじゃないかよオォォォォ!!」

「あれえ…………」


 おかしいな。こんな筈では無かったんだけど。

 ここから先は階段か。洞窟の深部へと続く、天然の崖にも似た階段……見た目は楽に降りられそうだが、近くに来るとそう簡単ではない事が分かる。……この石、結構滑るな。

 とにかく、あのドラゴンを捕まえないと……!! 奥に行かれたら、『水灯りの洞窟』は迷路のように入り組んでいるとの噂だ。探すのはきっと、困難を極めるぞ……!!


「ご主人、ご主人。……なんかアイツ、おかしいっスね」

「おかしい?」


 俺の肩で、スケゾーが腕を組んで座っていた。……くそ、お前は良いよな。走らなくても俺が運んでくれるんだから。使い魔なら、乗り物としてのモデルチェンジみたいな技、持っていてくれりゃ良いのに。足場が悪いから、降りるのも一苦労だ。

 地図によると、この下にさえ降りてしまえば、歩けるだけのスペースが広く続いているみたいなのだが。


「…………いえ、何でもねーです」


 珍しいな、スケゾーが言い淀むなんて。

 ……しかしさっきのドラゴン、恐ろしいスピードだったな。階段状になっているとは言え、一段の高さが人一人分はある。下が滑る可能性を考慮したら、そうホイホイ降りられるもんでも無いと思うが。

 ええい、面倒だ。足下を確認する事をを止め、俺は爪先付近に魔力を集中させた。炎が灯ると、下の様子がよく見える――……岩場がどれだけ不安定か分からない。これだけ広いスペースがあるなら、直接下降した方が速い。


「悪いけど、先に行くぞ!! あいつの行き先だけ確認して待ってるから、ゆっくり降りて来いよ!!」

「はいっ!! よろしくお願いします、グレン様!!」


 俺は空中で爆発魔法を使い、浮遊した。リーシュが俺のすぐ後ろを降りている。その先にヴィティア…………あれ? トムディは? さっきまで、俺の隣に居たはずなのに……。


「ああっ…………!? トームデーィ!!」

「グレーン!! こんな段差、降りられないよオォォォ!! 僕も連れてってエェェェェ!!」


 洞窟の入口で、トムディが泣き叫んでいた。

 …………前途多難だな。



 *



 延々と続く階段の下まで、一直線に降りて行く。背中にトムディを背負って。


「よっ…………と」


 着地した。すぐに灯りをと、炎の魔法を使おうとしたが――……踏み止まった。

 驚くべき事に、洞窟の中は奥に行くほど明るくなっていく。天井を見ると、入口から少し先に進んだ辺りから、岩が発光していた――……エメラルドのように光り輝く宝石が、周囲を照らしているんだ。確か、洞窟の情報が書かれた資料には、海の最深部に届く僅かな光を増幅している、とあった。これが噂の、『水灯り』か。

 まるで洞窟そのものが宝箱のようだ。俺は思わず、その美しさに魅入ってしまった。


「ふー。やっと、歩ける所まで来たね」

「お前は何もしてないがな」


 トムディが額の汗を拭い、笑みを浮かべた。


「僕の足りない所をグレンが補う。グレンの足りない所を、僕が補う。完璧な共闘関係じゃないか」

「お前は全く補えていないがな」

「まあ、安心してくれよ。帰りは僕の【フローティング・トムディ】で、地上までひとっとびさ!」


 …………ついにトムディは、【ヒール】と言い張る事を諦めたらしい。

 流石に直下降のスピードには敵わないだろうと踏んでいたが……参ったな。すっかり姿は見当たらない……見るからにかなり広い洞窟だが、先は三つに道が別れているように見える。選んだ道がドラゴンの逃げた道じゃなければ、引き返されて洞窟を出られたら、もうどこに逃げるか分からない。

 …………入口は一つしかない。さて、どうするべきか。


「トムディ。お前、どの道だと思う?」


 問い掛けると、トムディは地図を開いた。


「うーん……三つの道のうち、左は水が流れているから、とりあえず外しても良いんじゃないかな。ドラゴンって見た目的に、体温を奪われるのに弱そうだし」


 なるほど、そういう考え方もあるか。……確かに、俺達も水は体温を奪われるし、途中で水かさが増したりするかもしれない。中央か右を選んでおくのが無難か。

 ……意外と、頭が働くもんだな。


「グレン様、お待たせしましたっ!!」


 リーシュが降りて来た。思ったよりも、随分と早い到着だ。少し、肩で息をしているが――……大したものだ。これで近接戦闘の方がベテランなら、素晴らしい戦闘力になるんだけどなあ。


「わああ…………!! 綺麗ですね…………!!」

「発光石だな。光を蓄える性質があるらしい」

「記念に持って帰っても良いですかっ!?」

「小さいヤツにしとけよ」


 あと、緊張感。ピクニックに来てるんじゃ無いんだぞ。

 やれやれ……後は、ヴィティアが降りて来るのを待つばかりか。行き先が分からない以上、手分けして探すしか無い。リーシュが洞窟の奥に向かって行くのを見守りつつ、俺は入口側を確認した。


「きゃああああ!! どいてどいてどいて――――――――っ!!」


 上空から尻…………じゃない、ヴィティアが降って来る!!


「おおおっ…………!?」


 両手を広げて、それを抱きかかえるようにキャッチする俺。すっぽりと俺の胸におさまったヴィティアは未だ、目を白黒させている。


「痛っ――――!! …………くない」


 石に滑って、落ちて来たのか。確かに、滑り易い石だからな。そんな事もあるだろう。


「大丈夫かよ、お前…………」


 思わず、顔を覗き込んでしまった。だから、軽装では駄目だとあれ程言ったのに。盗賊のような格好で身軽に動くのだとすれば、盗賊らしく、いっそロープやトラップのような便利アイテムを一つ二つ持っておくべきだ。

 ヴィティアが何を揃えて来たのか、俺はよく知らないが。……俺の腕の中で、ヴィティアがもがく。


「おっ、降ろしてよバカ!! 助けてなんて誰も言ってないんだからねバカ!! このバカ!!」


 何故、こうまでにバカバカ言われなければならないのだろうか。…………あっ。


「きゃうっ!!」


 暴れるから、ヴィティアを落としてしまった。尻をさすりながら、ヴィティアが涙目で俺に抗議の眼差しを向ける。


「痛いじゃない!! 何するのよバカ!!」

「お前、理不尽も良い所だぞ……」

「もう、何で私がこんな目に遭わないといけないのよ…………!!」


 このミッションはお前が選んだものだという事を、俺は依頼書を出して突き付けたい。……とにかく、ヴィティアは何かに当たり散らしたいらしい。

 仕方無いな。ヴィティアは今、魔法を使えない状態にあるし。どうせ足を引っ張るのは目に見えているのだが、目を離すと何をするか分からんからな。

 味方でもあり、敵でもあるという状況。……どうにも、やり辛い。


「それで、ドラゴンは見付かったの?」

「残念だが、探し直しだ。奥に逃げられて、行き先が分からない」

「ほんと、使えないわね……」

「よしヴィティア、前に出ろ。俺の代わりに探せ」

「ごめんなさいっ!! この下等で低能なワタクシめに、どうかお慈悲を!!」


 ……この変わり身の速さである。戦闘スキルの無いヴィティアにとって、前線で探すなど恐怖以外の何者でもないだろうから、まあ仕方がないのだが。

 ふー。……まあ、とにかくこれでメンバーは揃った。石の成分を確認しているのか、トムディが発光石を触っている。

 ……モノは試しだ。また、トムディに聞いてみるか。


「トムディ、中央と右だったらどっちに行きたい?」

「そうだなあ。僕的には右かなー、と思うけど」

「して、その心は?」

「僕達の依頼主が女性だったから、一応ドラゴンは男性って事になるんだよね? 左と右の選択肢がある時、男性は右を、女性は左を選ぶ傾向にあるんだって」


 へええ…………そうなのか。

 もしかして、トムディってこういう所には使えるのか。あまり、頭が良いイメージは無かった……いや、全くと言って良い程無かった訳だが。やはり、王子としての教育を受けているからなのか。

 不意にトムディの目が、洞窟の奥を見て飛び出した。


「アアアアアアア!! リイイィィィィ――――――――シュ!!」


 リーシュ?

 俺も、洞窟の奥を見る。リーシュが小さな発光石を右手に持ち、俺達に向かって戻って来ていた。

 いや、それだけじゃない。それだけじゃないぞ…………!?


「グレン様!! 可愛い石を発見しましたっ!!」

「馬鹿お前、後ろを見ろォ――――!! そんな事言ってる場合かァ――――!!」


 辺り一面に、花畑のようなオーラが撒き散らされている。その後ろに、リーシュを狙う鋭い目が幾つも現れていた。

 どうして気付かないんだ…………!?




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